※15 ドラゴン危機一髪
黒い少女を受け止めたタマへ、ドラゴンの翼から雷が飛び、殺到した。
もちろん対話も何もあったものではない。いきなりの全力全開攻撃。
だが予想通り伸びていた魔力のラインを俺が筆で描き変えねじ曲げ、Uターンさせてドラゴンの口内へ。そこで本命ブレス攻撃っぽくチャージしていたプラズマ球のような何かにぶつけてやれば、大爆発が起こってドラゴンの頭が消し飛んだ。
(――やったか!?)
巨体が司令塔を失い崩れ落ちる。
(……ふぅ、どうやら予想外に上手くいきすぎて開始コンマ数秒でドラゴン討伐――出来ていない!?)
俺がテンプレートフラグをやりつつも『押し入れ』から出てすぐから始めていた複数のバフ発動のログを流していく中に、経験値取得のログが存在していなかった。
上空の雲から、ドラゴンの死体に向けて連続して魔力を伴った無数の雷が落ちる。
それほど離れていないため非常に眩しく煩いが、防御術ツリーのパッシブ状態異常軽減に加え、外に出ると同時にかけたいくつかの状態異常耐性強化魔法がすでにかかっているタマには目眩ましや騒音など効果がない。
タマが褐色の少女を抉れた地面に寝かせ、『祝福・神の寵愛』などの復活魔法をかけていくが、やはりこちらも効果はないようだった。
「無理か。彼女の遺体の損壊を防ぎたい。頼めるかな?」
(了解)
俺がそこに、タマ二人分の魔力を使って氷の薔薇を咲かせた。
先ほどの雷撃を一本だけドラゴンにではなく、まだ壊れていなかった『押し入れ』に入る前に作った『水冷・氷結華』に当ててみたのだが、小さなヒビが入るだけだったからだ。おそらくだが余波だけであれば十分に耐えられるだろう。
もちろん地中から咲くようにして全身を氷で守っているので、地面から電流が流れてあぼんなんてこともないはずだ。
ドラゴンに落ちた雷は全て吸収された。
このあと何が起きるかなんて大体予想できることだ。自爆パターンは見飽きたので、次は当然、
「……再生か。大方、本体はあの雲なのだろうな」
どうやらアニメでよくある泡立って再生するタイプではないらしい。
恐ろしいほどの速度で骨と血管と筋肉が同時に伸び、失われたはずの頭部を形成していく。ついでに少女に切られて出来たのであろう刀傷も塞がっているようだ。
どちらかというとハリウッド映画型だ、などと無駄な感想を抱く。
とはいえ演出としてはゲーム的で、さながら今のこれはボス第一段階撃破後の第二段階へ至るムービーシーンといったところか。
(お待たせしました)
予定されていた全バフをかけ終える。タマも彼女にしかできないか、彼女が使った方が効果が高いバフを使用し終わった。
「では、いくぞ」
そしてもちろん、敵の変身を待ってやるヒーローなどここにはいない。
一気に駆け寄りつつ、魔法陣をドラゴンに向けて幾つも始動していく。
低位の発動が早いものからドラゴンに飛んでいき、炎、氷、カマイタチ、石、毒やらなにやらと再生途中の頭部へあたり、潰し、突き刺さり、爆発し、犯していく。
だがそれも、バチンッという音と共に消えていた紫電が体表を巡ってからは完全に弾かれるようになってしまった。
(やっぱり効かないですか)
(バフかけている余裕があっただけ運が良かったんだ)
先の攻撃の影響か、未だ皮膚と筋肉が張り終わらずむき出しとなっていた眼孔に瞬時に眼球が生じ、タマを見た。
翼からだけではなく、ドラゴンの全身至る所から発生した雷撃が纏まってタマを襲う。
(こいつの電気の性質もわかりましたしね)
『防御術・螺旋流し』
その電撃を、タマが光を帯びた両腕の回転によってノーダメージで受け流し、はじき返した。
ゲーム中で使えた全ての魔法が使える俺によって魔法ツリー五大系統である時空・精霊・祝福・呪怨・錬金、の全ての重複できる魔法防御上昇バフと、精霊ツリーに含まれる電撃系統への耐性強化を施されたタマが、さらに魔法攻撃を物理防御力値とAGIに比例して受け流す技スキル『防御術・螺旋流し』に成功したからだ。
懸念材料であったこのドラゴンが使う電撃を『RPGシステム』で捉えた際の属性は、先のいくつかの情報から魔法属性偏重であることがほぼ確定していた。『水冷・氷結華』の氷が耐えられることが判明したことが大きい。
とはいえ『防御術・螺旋流し』はリキャスト、つまり再使用のためのクールタイムが一〇分と長めであるという欠点が存在する。それに今回は纏まって一つになった電撃を放ってきたので上手く返せたが、バラで来た場合はそうもいかなかっただろう。
そして、先ほど自分の電撃を返されていたドラゴンは、今回の電撃もまた返されるとわかっていたようだ。
螺旋流しは対象へ返す技ではないが、再度ばらけた雷撃の一部がたまたまドラゴンを襲い、逆に開かれていたその口内へ吸収された。『描画』の視点で見れば、無数の魔力のラインが口内へ向かって伸び、周囲一体から同質の魔力を吸収しているのがわかった。
吸収するだけしたドラゴンの口が閉じられる。
どうやらブレス攻撃も無いらしい。
代わりに、一帯に向けて魔力のラインが無数に伸びる。
すわ全方向雷撃か、あたる分だけ軌道を変えてやろう。と思ったところでドラゴンの体が消え、小さな光になると、タマへ伸びるラインが太くなった。何が起きるのか知らないが、そのまま手が届く範囲のラインをかき消してやる。
途中まで消えていたライン上を、ドラゴンが変じた光が通る。ラインが消えたところでドラゴンが瞬時に肉体を取り戻し、そこからでも十分に届く長い首と牙と顎でもって、近付こうと高速で走り寄っていた彼女に襲いかかる。
『防御術・矢理返し・拳の型』
『拳武術・正拳突き』
タマの身長ほどはある牙が鮫のように三列に渡って生えそろう口に、彼女の半身が入り込んだか否かといったところでそのログが流れた。
見た目は、正面から牙がぶつかるよう位置を調整し仁王立ち。そこから輝く拳を繰り出しただけ。
しかして結果は拳が直撃した上あごと牙が砕けて散り、飛び散った牙が口内を蹂躙し、衝撃でドラゴンの頭部がタマから離れることとなった。
ステータスから攻撃力を算出する計算式を変更することで攻撃力そのものを増強し一撃を放つ正拳突きに、術者の攻撃力が敵の攻撃力を上回ればノーダメージでその一撃を跳ね返す矢理返しという防御術を合わせた、物理法則無視の脳筋向けロマン防御である。
本来であればもっと体術ツリーを進めて習得できる上位の技などを使わなければ、格下相手でもない限り成功しないコンボである。
だがそれも、事前に出来る限りの最高位バフで強化出来ていたことにより無理やり成功させることができた。
攻撃行動により解除されるステータス上昇効果などもあったため一度限りだが、今はそれで十分である。
(はは、本当に攻撃を返したし。
それに電撃返されたのを警戒しすぎて、こいつ体に纏ってた電撃解除してやがんの)
タマにぶつかる際、ドラゴンは身に纏っていた電撃を解除していた。これは運が良かった。
もし今のが返せなくても単純な一撃であれば『防御術・身挺庇護』に強制『押し入れ』で確実にタマは生き残れるが、同時に複数の致死攻撃となるとさすがにまずい。今のは肝が冷えた。
(――いやっ、衝突時微量の電流を直接流し、探りを入れてきた。私まで届かずスズキくんにもダメージはないが、やはりある程度以上の知性があると見た方がいい)
気付かなかった。ログにもないので、おそらくは微弱すぎて攻撃として認識されなかったのだろう。
雷雲を上回るような大出力も、人体に影響がないレベルの低出力も操る。
事実であれば、遠距離から姿も匂いも音も魔力すらも隠匿していたタマを正確に捉えた知覚能力の正体は、やはり電流から派生する電磁波か何かだったのだと考えられた。
これほどの幅の電力を操作し、知覚する。
さらに、怒り狂っているように見えて冷静に探りをいれる知性もある。
(なるほど厄介な相手です。とはいえ)
流石に完全には衝突そのものの威力を殺しきれず、大きく吹き飛ばされている途中のタマと死霊兵鎧に回復魔法の発動がかかると同時、強烈な爆発がドラゴンの頭部から生じた。
もちろん髑髏虫のような自爆ではない。俺が仕込んだ魔法が発動したのだ。
再度首から上が消失するドラゴン。少し遅れてその傷口が凍り付いてく。
だがこれではさっきとあまり変わらない。
凍らせたから多少は再生が遅れると思うが、また雷が落ちてきたら氷を破壊し再生するだけだろう。
巨体過ぎる上に今の攻防も一瞬の出来事で、早すぎたのだ。タマが接触した頭部から首元まで仕込むだけで精一杯だった。
(だからその前に)
タマが心得た物とわざと体を広げ木にぶつかり急制動をかけると、再接近のために態勢を整えようとした。それでもすでに一〇〇メートル以上跳ばされている。木が巨大な分間隔が広いのだ。
最初の時もだったが、頭が飛ぶと身に纏っていた電撃が完全に消える。再生するといっても頭部が司令塔であることには変わりがないということかもしれない。ならば今ならタマも近寄ることが出来て、俺もまた魔法を仕込むことが出来るということ。
あの神子にもやったように完全に全てを凍り付かせれば、もしかするかもしれない。
しかし、
(――あ、)
タマが移動を開始する前に、ドラゴンの体が閃光と爆音、そして魔力を放った。
今回も自爆などではなかった。
いや、一応自爆なのだが、実質的に髑髏虫のそれよりもしょぼかった。
俺にはドラゴンの動きが、魔力のラインがしっかりと見えていたので何が起こったのかはわかっていた。
閃光が治まった後には何もない。
ドラゴンの姿は影も形もなく、痕跡と言えば周囲一帯の破壊され尽くされ轟々と燃え上がる樹海の姿だけだろう。
魔力が見える俺であればあのドラゴン特有の赤く白い魔力の残滓もヤツがいた証拠だと言えるが、それははるか上空の積乱雲へ伸びるばかりである。そこには同じような魔力が渦を巻き、ここからではドラゴンの姿を見つけることは出来なかった。
「逃げた」
タマが呟く。
自爆に見せかけた行動のとき、ドラゴンはその背中に繋がる魔力のラインを太くしていた。
そして光を放ち、自身もまた小さな光球になると、爆音と多少の魔力を残してあの雲へ昇っていった。
巨大な入道雲が徐々に離れていく。
そう、ドラゴンは尻尾巻いてお家に逃げ帰ったのである。




