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※14 落ち者系ヒロイン(遺体)



 ドラゴン。


 種類も形も呼び名も様々ながら多くの創作物のなかに登場するその存在は、多くの場合その世界で最大級の強さを持つものとして描かれる。


 巨大で、強大で、凶悪で、カッコイイ存在。


 それはきっと、この世界でも同じだろう。多分。


 体表を覆う白い鱗は赤光を放ちながら紫電を纏い、手足は大地と巨木を掴みへし折り潰し其処に起立する。尾がもどかしげに振られればそれ以上の太さを誇った木々は場所を空け渡した。皮膜のついた巨人の手のような二対四枚の翼はその掌から雷を放ち、触れることなく側にある物を破壊し続ける。文字通り髑髏虫を飲み込んだ顎と太く大きな二本角を持ち上げれば、黄金に輝き敵意に濡れる瞳が周囲を睥睨した。


 遙か遠くから放たれた咆吼が衝撃となって幻影をかき消した。


(この辺りの木って四〇メートル級なんですけど、ここから樹幹を抜けて頭部が見える不具合)


(スーパーサウルスどころの騒ぎじゃないな)


(あれも体長であって、体高じゃないですからね。首からしっぱまで余裕で一〇〇越えるサイズですよあれ)


(草食というわけでもなさそうだ。髑髏虫をあんなに口いっぱい頬張っているぞ)


(どうやってか知らないですけど、あのドラゴン呼ぶのが目的だったんでしょうね。

 残った髑髏虫どもがこっちに寄ってきてます。一緒にエサなってもらおうって魂胆だったっぽいですね)


(それで、ウルくんの見立てではどうだい、私たち(・・)はアレに勝てそうかい?)


(そうですねぇ……)


 ドラゴンは空から強襲を駆けてきた。俺でもそうとわかったときには髑髏虫をハムハムしちゃっていた速度で、である。

 出現場所は上空に浮かぶ巨大な入道雲――積乱雲だ。あそこに住んでいるのかどうかしらないが、そこからやってきたのは確かだろう。

 彼の雲の底面に穴が空き、そこから伸びる赤く白い魔力がちょうどドラゴンと繋がっていたからだ。

 考えてみれば近くに山もないのに積乱雲がそこにだけあるというのは異常だ。そしてあの雲は歩き始めのころは存在せず、いつの間にか遠くからこちらへ寄ってきていた。髑髏虫が誘導していたのはタマではなく、あの雲だったのだ。


 そしてドラゴンの周囲で起きている放電現象などを見れば雷を操ることぐらいは嫌でもわかる。

 さらにあれほどの大質量が急降下してきたにしては足下の状況が綺麗すぎた。それこそ隕石が落ちたように大爆発を起こしてもおかしくないはずなのにそれがない。


 考えられるパターンはいくつかあるが。


(ダメですね。とりあえず今は逃げましょう。っと――)


 ログを流すなり、タマに有無を言わせずさっさと逃げだした。安心安全安定の三安緊急『押し入れ』である。


 なにせ、まだなにもしてきていなかったが、金色の双眸が確かにタマを捕らえていたからだ。


「姿消したままだったのに目があったよ。退避ありがとう」


(やっぱりですか。なんか後が怖いですねぇ)


「髑髏虫は確実に『押し入れ』の緊急回避には気付いている。それを考慮にいれずあのドラゴンを呼んだと楽観視するのは拙いだろうな」


(例の置き土産は一応設置してきたんですが、それもどうなっているやら)


 幻影はかき消されたが、一緒にあった魔力の残りを使って『水冷・氷結華4』を発動させておいたのだ。

 使った魔力も残りでしかないし、あの状況で使えば単に幻影の居た場所に数人人が入るくらいの氷の薔薇が生じるだけだが、髑髏虫はタマの出現位置を勘違いしてくれるかもしれないし、それを見たドラゴンがどういった行動をとるかもわかるかもしれない。


「さすがにあのドラゴンでも『押し入れ』内部は大丈夫だと思うが、外に出た途端なにがあるかわかったものじゃないな」


(ですねぇ。今更ですが、あの宗教国家ぽいところの話じゃ神子ってそこそこ強そうなイメージでしたけど、この大樹海の生物おかしくないですか? 魔力とか見た具合、髑髏虫ですら一匹あたりがあそこにいた騎士一人分ですよ。それが数千単位で統率取れたバンザイアタックしてくるし、そのうえドラゴンとか、明らかに終盤のステージか下手すると隠しステージですね)


「実際どうなんだ? 今の私たちとあのドラゴンの戦力差は」


 少し考えて整理し、見たままを感想に出す。


(体格は見ての通りです。まさにゾウとアリの差です。純粋な膂力もそれに準ずるでしょう。

 ですが魔力量の差はそれほどでもありませんでした。とはいえゾウとアリではなかったというだけで、十倍ぐらいはあると思います。

 逆に、魔力の濃さ、つまり質にかんしてはタマさんと同等だと思いました)


 高STRやVIT、そしてAGIなどによりタマが繰り出す拳の威力は物理法則をとっくのとうに置き去りにしている。だがあのドラゴンは根本的な差として質量が桁違いである。例え各種筋力値を計った際に同じ値が出ようと、拳を合わせれば質量差で押し負けるのは必然だ。いや、逆に拳が突き刺さるかもしれないけど。


「体格はどうしようもないな。

 魔力量の差はウルくんに描いてもらった絵を使えば逆転可能だろう。

 濃さ、質に関しては置いておくとして、問題は別にある」


(あの雷ですね)


 うむ。と彼女も頷いた。


 白い体表を紫電が駆け巡り、二対計四枚の羽らしきものからは四方八方へと雷を落とし続けていた。羽から伸びる雷電の飛距離は少なくとも二〇〇メートルはあったように見え、範囲内にあった木々は通電の衝撃に折れ、火が付いていた。あんな巨木を折るほどの衝撃を生み出すとなると、電圧がどれほどなのか想像したくもない。

 あれがもっと飛距離のあるものなのかわからないが、俺たちに都合が悪い方向で考えていた方がいいだろう。


「雷の威力がどういった質のものか、魔法で防げるのかどうかはわからないが、少なくともこちらの攻撃を通すにはあの雷をくぐり抜けて接近するしかない。

 必殺を望むなら五〇メートル以内に入り、そこからウルくんによる体内魔法が最善だと思うが、どうだろう」


 タマはドラゴンに対し「私たちは勝てそうか」と最初に問いかけた。それはつまり、髑髏虫とも初戦以外ではずっと彼女の練習と称して不参加としていた俺も戦力にいれているということである。

 俺が対象の魔力を使い体内で使う攻撃性の魔法は、おそらくはほとんどの生物への必殺の一撃となる。隠密性も高く、気付いても防ぐのは難しい。俺が移動可能な五〇メートルという距離は十分すぎるほどの移動半径であろう。

 だがあのドラゴンの体長は一〇〇メートルを超え、さらに二〇〇メートル以上の攻撃半径を持つ高速攻撃手段を有している。

 電撃というのは多くの生物にとって致命的な攻撃である。

 頭上の雲の中や地中深くに存在する電気は、ただそれに触れるだけで人間が生きることを許さない。動く事も思考することも強制的に止めてしまい、そのまま心臓を眠らせる。もし生物の定義が脳の生存であるとすれば、細胞を一瞬で死滅させる恐れがある高圧電流の直撃は脳を破壊するに等しく、胸に大穴を開けられたときは間に合ったが、そうなった場合に『押し入れ』で回復可能かどうかが不明であった。

 そして、今のところ髑髏虫が使ってきていた魔法のような攻撃はゲーム的な意味では物理寄りの攻撃だったらしく、死霊兵スズキの鎧によって完全に防がれてが、あの神子の光の槍のような魔法寄りのものだと防ぎきれない可能性が高い。

 生物が雷と見間違うほどの電気を長時間身に纏うなど、それこそ魔法のような特殊な方法でなければ不可能だろう。地球上にも存在した攻撃的に電気を扱う生物群は瞬間的に使うからこその芸当であり、常時となると体が保たない。まああの巨体で存在できる時点で魔法しか考えられないわけだが。

 そう考えるとあの雷は魔法性が高いものである可能性が高いとなるが、いくら魔法に耐性があるタマでも、少しの電流で命の危機があることを思えば不用意に近付くのは少々どころではない問題があった。


(『水冷・氷結華』がどうなっているか次第ですね)


 魔法耐性が高いあの氷の薔薇の壊れ方如何によっては、雷の質がわかるかもしれないからだ。


「危うい攻撃とはいえ『押し入れ』に入ることさえ出来れば問題ないと思うが、スズキくん鎧が壊れたりした場合がどうなるかわからないしな。鎧さえ大丈夫であれば突っ込んでいって勝負を賭けた方がいいとは思うのだが」


(壊れたらステータス補正がなくなりますからね。防御力どころか速度もなくなってしまうことを考えると、危なすぎます)


「それもだが、レベルが上がったことで以前よりも多くなっても、スズキくんはあのときの攻撃で最大HPが減ったままだ。

 死霊術士としての直感なんだが、これ以上スズキくんが最大HPを減らすような事態になった場合、スズキくんがスズキくんではなくなるような気がするんだ」


(え、そうなんですか)


 最大HPが減る欠損の項目が消えていないのはわかっていたし、これ以上欠損が進めば戦闘不能になるかもしれないとは思っていたが、どうやら死霊兵自体が瓦解する恐れがあるらしい。


「まだ多少は余裕があるんだけどね。

 白レオタードで髑髏虫から攻撃を受けたときはヒヤヒヤものだった。損壊を少なくすればいいというのもあって、あんなに薄くしていたんだ」


 あっさり防いでくれたから杞憂で終わったけどね。と言葉は続いた。


 初耳であった。だがそうなると今のように骨粉になるほど細かくして大丈夫だったのかと疑問に思ったが、術者である彼女には大丈夫だという直感、確信があったからやったのだろう。現に未だに鎧は死霊兵スズキの名前であるし、一度解除して骨だけに戻れるかどうかの実験も成功している。

 術者以外による外的な力によって変形させられるのがダメということなのかもしれない。


「今スズキくんの元の骨は私の血と一緒に巡らせたり内部補強に使っているけれど、電撃はこういった液体にどういうダメージを与えてくるか計れない。だからなるべくなら雷そのものを全て回避したいと思っている」


 骨粉にして血と混ぜたのはそのためだったのだと今更ながら理解した。


「それで、雷対策といえば避雷針だが、魔法でそういったものはないかな?」


(精霊魔法の雷撃属性に対する耐性付与はあります。あの雷がどういった性質のものであれ、それを使えば魔法物理関係なくある程度は防御できると思います。ただこれはあくまで耐性であって、電気ショックや電熱による被害は防げない可能性がありまし、もしかすると全く効果がない可能性もあります。

 まあ今のところ『RPGシステム』が利かせてくれる融通の感じだと、全く効果がないということはないと思うのですが。

 それに漫画やラノベですと避雷針で雷余裕でしたがテンプレですが、あのドラゴンに関しては無理だと思いますよ)


「何故無理なんだい?」


(あのドラゴンが通った跡や羽から雷が放たれる前に、魔力の道が出来ていたように見えました)


「先行放電という現象か」


(いえ、似てますが魔力の道でしたので、正確には先行放電とも違うと思います。

 おそらくは雷の指向性を誘導するための道で、これがある限り避雷針代わりを即席で立てたところで道を逸れないと考えた方が良いでしょう)


 避雷針の範囲というのは思いのほか狭く、さらに導電による避雷性能は絶対ではない。


「ん? それならウルくんが魔力の道を修正することで電撃は防げるのではないか?」


(はい。可能です。先ほど見た限り、魔力の道が出来てからのタイムラグも十分に俺が対処できる時間だったと思います)


「……いや、もしやそうなると私の側を離れられなくなるのか?」


 察しがいい。

 俺がこれを提案しなかった理由をすぐに理解してくれる。


(そうです。こちらに向かってくる分は対処可能だと思いますが、あのサイズの羽四枚から無数に放たれる電撃を、放たれる前に全て対処するのは少々どころではなく無理がありますね)


「そうなるとウルくんが防御にかかりきりになり、攻撃が出来なくなる。

 さらに向こうから接近された場合には全く対処出来ない可能性もあるか」


(ヤツの移動速度が不明ですが、出現時の状況を考えるに、物理法則を半ば無視した動きが出来ると思った方がいいでしょう。

 通った跡などに魔力の道が出来ていたことから考えて、ヤツが放つ電撃と同じような速度で動けるというのがテンプレですね)


 俺の使う攻撃性の魔法は当たり所如何では一撃必殺であるが、あの巨体に対しそれをやるには頭部や心臓などの主要臓器を狙わないと難しいだろう。

 そして魔法陣を仕込んでも、発動までにはキャストタイムが発生する。発動の早い極小の魔法では倒しきれない可能性も高く、確実に殺しきるために頭部を破壊する場合でも発動までに五秒弱は必要になる。いくつかの時空魔法による時間短縮は『描画』魔法には適用されないため、この時間は変えられない。

 相手から来るにせよなんにせよ、例え接近出来たとしてもタマが危険に曝されることになるわけだ。


「身に纏っていた電気が弱いわけもないだろうしな。むしろ接近される方が危険度が高いか。

 となれば距離をとりつつ、ウルくんに魔力の道を修正してもらいながら再度相対し、探りを入れるしかない」


(そうなりますね)


「対話は可能だろうか?」


(髑髏虫は対話どころじゃなかったですしねぇ。戦闘中に声をかけたりしてたみたいですけど、全く反応在りませんでしたし)


「あっても、一度の問答もなく殺しに来た存在を許すつもりはなかったけどね」


 エルフ耳達を容赦なく殺した時点で修羅の道を進んでいるのだから、そこは仕方がないだろう。

 容易く殺してくる存在は、圧倒的に殺せるならそうした方がこちらは平和になれる。

 対話が可能であればそうでもないが、対話が不可能であれば同族でもそれは変わらない。


(ドラゴンさんからはまだ(・・)攻撃を受けていませんし、古今東西龍種といえば知性が高いものです。もしかするともしかするかもですね。

 まず距離取りながら声かけしてみますか?)


 あれほど敵意と食欲を滾らせた視線を向けられててきておきながら、何もないとは思えない。ただでさえ今のタマは髑髏虫の外殻で出来た鎧を着込み、髑髏の面当てで顔を隠している。声をかけたところでどういった反応が返ってくるか未知数であった。


「ウルくんは容赦がない」


(考えなしなだけですよ。だから今幸せです)


「それは重畳。――人が幸せになるには愚かであることが一番重要、か」


 タマが呟くと同時に『押し入れ』から退出する。


 途端に視界は切り替わり、青い空、高く積もった積乱雲、そこから伸びる白く赤い魔力、そして――


「……あれは対話は可能だと思うかい?」


(……あー、どうでしょう? ああいう手合いは日本だとダメなことがパターンが多いですけど、アメコミ的には結構イケルんですよね……)


 はじき散らされた雷撃が、タマからほど近い巨木を抉る。

 茫然としながらもタマは自身に出来るバフ魔法を重ねがけしていき、万全の準備を整える。そうするだけの時間的猶予が生じていた。


「……すごいな、あの刀捌き、相当な使い手だ」


(……すっげ、雷撃もなんもかも効いてないみたいですね。どうやってるんだろ)


 再度、弾かれた雷撃が散る。だが今度はこちらには飛んでこなかった。

 俺には直前にソイツがタマを見て、こちらには来ないようにしたように見えた。


(対話、可能かも――)


 黒が舞う。

 見知らぬ正体不明の黒一色の人型のなにかが、またドラゴンの放った紫電のブレスを両手に持った黒い刀に似た何かで切り弾く。


 空を舞う人のような何かと、ドラゴンが戦っていた。


 不思議とその黒い人型に親近感が湧いていた。


 だがドラゴンもさるもの。ブレスを弾かれると予期していたのか、ブレスをはきながら雷の速度で黒い人型に接近し、巨体と羽で小さな影を包み込むように覆ってしまう。

 なんとなく、人型が焦っているように見えた。


「拙い」


 羽の内側で、空気が、光が弾ける。


 轟音と閃光。


 俺には目眩ましにもならないが生者にとっては致命的な環境の中、タマが数歩前に出て腕を広げた。

 狙ったようにそこに飛び込んできたのは、黒い人型。


 腕に収まると同時に、体表に付着していた黒いタールのようななにかと鮮やかな赤い血が飛び散った。

 黒い液体は酷く高温化していたようで、煙を上げ、肉が焼ける異様な臭いが漂う。

 さらに下腹部がひどく大きく抉られており、かろうじて背骨で上半身と下半身が繋がっているだけの状態だ。

 一目見て助かりようがないのは明白だった。


 彼女(・・)は、焼けただれたピンク色の右半分とは違い、チョコレート色の素顔を除かせ未だライトグリーンに輝く右目に涙を浮かべながら、タマの髑髏面を優しく撫でた。


「……見つけた。わたしの運命」


 知らないが故に音で聞けば意味のわからない言葉の羅列が、ログを介することで翻訳される。

 それでも意図不明な内容を問う間もなく、彼女は微笑みながら息を引き取った。

 彼女の物だろう太刀が、遅れて側の木に突き刺さる。


(うっわ、後のストーリー進行を決める圧倒的な死にヒロイン感)


 俺はその胸部装甲の厚さと安産型臀部を確認し、ログを流した。


「あっちとの対話は無理そうだ」


 タマが眉を顰めながら呟く。


 血を流し、先に見たものとは比べものにならないほどの敵意と殺意に滾った瞳で、ドラゴンがタマとその腕に抱かれた少女を睨みつけていた。




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