※4 一日の終わりに
「のど渇いたし、お腹空きすぎたから寝る」
タマはそう言うと、水を大量に飲んで倒れるように寝てしまった。
先の言動からわかってはいたけれど、『押し入れ』に入っても傷や体調不良は治れどもお腹の中身の状況は変わらないらしい。
まあトイレ使ってたしね。
空腹だけではない。
生死をかけた極度の緊張の連続に、俺という他者の消えることがない視線。
どうやら元ヒッキーだったらしい彼女にとって、現在の環境は最悪としか言いようがないだろう。
帰る手段のない知らない場所に誘拐されて、人を意に沿わず殺して、被害者幽霊に憑かれて、犯されかけて、大量殺戮して、また知らない場所に転移して、わけもわからないまままた殺されかけたのだ。
どれ一つとっても、現代日本で普通の日常を歩んでいた人間からすれば最悪じゃないかと思う。
あの黒い一撃がトドメになったのだろう。
きっと、彼女は一度死んだと認識している。大穴が空き、胸から上がちぎれ飛びかけたのだ。
故にだろう。その後の集中の仕方から見て、かなり参ってしまっているだろうことはわかっていた。
適度な空腹は思考を冴えさせるが、同時に余裕も失いやすくなる。
幸い、わずかとはいえタマにはまだ余力がありそうではあるが、本人が漏らしているとおり食事がないというのは相当にキテいるはずだ。寝て起きてしまえば、あと半日も保たないかもしれない。
いくつかの情報から俺はタマが空腹で死ぬことはないと思っているが、感覚として空腹を感じるということは、完全に馴れるまでその苦痛に煩わされることに変わりない。
出来ればタマが起きてすぐに食料を確保したいところである。最悪、木の皮や葉っぱだけでもはぎ取ってきて、煮込んで無理やり腹に詰め込むしかないかもしれないが。
でも毒がなあ。
その手のことがさっぱりわかんないんだよねこの世界。
というか、他世界から召喚された神子という存在自体、この世界に対する免疫系統がどうなっているのか謎だ。
あの城にもそこそこの人数がいたし、よくある風邪みたいな感染症では重篤になることは少ないのだろうと考えているのだが。
やはり魔力さんががんばって何とかしているのだろうか?
それとも最初から奴らの言葉分かったように、なにかしらの免疫情報のインストールと体内改良か、改造がされているとか? すでに人間ではない体になっている可能性は非常に高い。
病気にかかっても『押し入れ』や回復魔法で治ればいいのだけど。
『RPGシステム』が優先されれば全ての状態異常が回復するはずであるが、魅了にはあったようなアイコンの存在しない、ゲーム中には存在しなかった空腹という現在の状況はそのままだ。
毒や病気という状態異常はゲーム中にもあったが、それが適応されない可能性もある。毒も病気も単語としての適用範囲が広すぎるんだよね。毒物による身体異常って一種のアレルギー反応であることが多いし、小麦どころか水なんかでもアレルギー反応起きてしまうことがあるとか聞いたし。極論すれば全ての食物が病毒の元となりえる。
その点、死霊兵スズキを身に纏うという発想はいい。
ゲームでペットとは斯くあるべきという認識が前提にあった俺だと、思いついたとしてもだいぶ時間がかかっただろう。
しかもそれを彼女は『死霊術』の異能によって制御しきっていた。彼女自身が持つ『RPGシステム』外の異能だからこそだろうが、同時にステータスの恩恵も得られているだろうことから、今後の発展性も素晴らしいものだと言えるだろう。
これであの黒い攻撃も防げるようであれば、物理的な脅威には対処方が決まったようなものだ。
そんなことを考えながら寝ているタマの絵を魔力たっぷり盛り込んで描き込んでいく。
すでに考えつく限りの『RPGシステム』で使うことが出来る魔法陣は描き上げた。攻撃防御共に考え得る流れを想定し、次に『押し入れ』を出た瞬間には敵対者を殲滅する準備は整っている。
あとはタマの許可を得て各種ツリーを操作するだけだ。
ツリーの操作権はプレイヤーである俺のもののようだけど、流石に勝手に操作するのはそろそろ止めた方がいいだろうと思ってである。タマが寝ちゃって確認出来なかったけど、あのとき止められたのは何かしら考えがあってのことかもしれないからね。
タマのステータス自由値は逃げるときに全て素早さに直結するステータスに割り振ってしまったが、死霊兵スズキは自動割り振り分の残りである自由値はそのままだ。死霊兵スズキの鱗タイツはさらに強化可能ということであるし、ポイントが貯まったお陰で習得可能なスキルもあれからさらに増えている。
むしろスキルツリーに関してはタマも死霊兵スズキもあまり手を出していないのだ。
以前いじったときは隠れたり逃げたりするために一部の補助系統魔法や体術などを主に覚えさせただけだ。元が最終的には戦うことが主体のゲームだったので、逃げたり隠れたりするためのスキル群は比較的初期に覚えることが出来るように調整されていた。
つまりまだまだ大量にスキルポイントは残っており、どこか一本に絞ればツリーを一つ最上級まで進めることが出来るほどである。
敵の正体や割り振りの仕方によっては正面から戦いを挑むことも不可能ではないかもしれない。
敵が何者であるのかはわからない。
わかっているのは殺意をもってタマを攻撃したことだけだ。
慈悲はない攻撃だった。であれば、どんな理由があろうとこちらからも慈悲は不要だろう。エルフ耳のとき同様、全力をもって俺はやるつもりである。
なんにせよそのためには魔力が大量に必要になる。
タマの魔力が無くなり次第『押し入れ』に入ればいいだけだが、そうもいかない場面やそのまま攻撃したい状況もあり得るだろう。
今描いているタマの寝顔はそういった状況の時に魔力を回復出来るよう、魔力に満ちあふれた彼女のイメージで描いている。もしかすればこれでタマの魔力がその場で回復するかもしれない。
実際のところこの絵自体彼女の魔力の塊なのだから、今まで出来たことを思い出せばこの企みが失敗するとは考えていない。さらに言うと先に描いた絵に魔力を込め治しただけで良かった気もする。
でもほら、ぐうぐうとお腹鳴らしながらよだれ垂らして寝てる同年代少女とか、描かないわけにもいかないでしょ?
ぐーぐーとか寝息をかくんじゃなくてお腹の音だからねこれ。
実情を考えなければちょっとハラペコロリ属性少女のあどけない姿でしかない。
実情思い出すとちょっと悲壮だけど。
とか考えながら各種角度で描いていたら突然タマが起き上がった。
寝ぼけ眼のまま危なげなく自分の身長以上の高さにあるベッドから飛び降り、トイレで用をたして手を洗うと水をがぶ飲みして、ひょいとベッドに飛び乗ってまた寝てしまった。
なんだろう。すごいこういう状況に馴れてる感がある。
なにか味がするのか、死霊兵スズキを舐めたり口に含もうとしたりし始めたし。うっすら笑顔だし。
この娘、案外大丈夫かもしれない。




