肆
彼女を探し続けて、また幾多もの時が流れた。
思った通り、人々の心から俺のことは徐々に消えていき、もう人界を眺めて彼女を探すことはできなくなっていた。
「堕ちなかったのが、せめてもの救い、か?」
一人自嘲気味に笑っていると、ガランガランと珍しく本坪鈴が鳴った。
あまりにも必死に呼ぶその音に、応えなければと心が動く。
ありったけの神気を纏い、人界へ降りれば、そこには永きに渡って求めていた彼女の姿があった。
「お願い、応えて!」
懐かしい声に、何かを想うよりも早く体が動いた。
戸を開け、彼女を抱きしめて中へと戻る。
愛しい者がここに居るのだと、温もりが伝えていた。
「会いたかった……」
涙に濡れた声が聞こえる。
それに答えるように少しだけ腕に力をいれれば、彼女の体が大きく震えた。
なにか言わねば。と思うが、どの言葉も想いを伝えるには足りない。
「もうどこにも行かないで」
彼女の言葉に、瞠目する。
それは、俺の台詞だ。
そんな言葉を飲み込めば、つっと彼女が顔を上げた。
あの時と変わらない、黒曜石のような瞳が俺を映す。
その瞬間、神気が増した。
生き存えた
本能的にそう思った。
「どうやら……」
「え?」
「どうやら、俺はもう一度、お前を愛せるようだ」
どうする?
そう問えば、彼女の瞳が大きく見開かれた。
時代は変わり、一度死した彼女は彼女であって、彼女ではない。
記憶があろうと、彼女の魂であろうと、再び生を受けた彼女は別の道を歩む事もできる。
もう「神に愛された」という言葉に、意味は無い。
選ばせるべきだ。というのは、彼女を失ってからずっと考えていたことだ。
敢えて彼女から視線を外し、腕の力をを抜く。
人間のように考え、退路を用意する。
それが、今の俺が彼女にしてやれることだった。
どんな答えを出そうと、俺はそれを受け入れるだけだ。