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夢の唄

作者: 夢積 涼香
掲載日:2015/08/21

 「やっぱり知らないか……」


 たった今自分が口ずさんだ唄を、友人たちが知らないことにちょっとだけ落胆する。

 (そう簡単にわかったりしないよねぇ)

 前途多難だなぁと思いながら、わたしは「そっか」と呟いた。


 「え? 何? その歌有名な歌なの?」

 落ち込んだわたしに、気を取り直させるかのように、向かいに座った優希が口を開く。

 「ううん。そうじゃないと思うんだけど……中学の頃、お昼の時間によくかかってた歌なんだけど、誰の歌なのかずっと気になってて」

 だから、誰か知ってたら教えて欲しいなって思ってて。そう言いながら、お弁当のご飯を口の中に放り込む。

 「あー。そういうのってあるよねぇ。あたし、この前メロディーは思い出せるんだけど、歌詞が思い出せない歌があってさ、知り合いに片っ端から聞かせたもん」

 「ちょっと待って、瑠奈、それは、もしかしてこの前延々と聞かせてくれた某アニメのエンディングの話?」

 「そうそう! 優希が目の前で歌詞付きで歌ってくれたときには感動したよ。ああ、それそれ! って」


 目の前で他愛もない会話に話題が流れた友人たちを見ながら、わたしはちょっと昔を思い出していた。

 (あの頃は、こんな風に誰かとお昼が出来るなんて思いもしなかったもんなぁ)




 『お昼の放送の時間です。皆さん、給食の前に手洗い、うがいは忘れてませんか? 食べる前にはきちんと手を洗いましょう。では、……』


 給食時間。

 それは、中学生だったわたしにとって、毎日訪れる憂鬱な時間のひとつだった。

 別に「いじめ」なんてわかりやすい「弱いものいじめ」を受けていたわけじゃない。

 ただなんとなく、クラスから「浮いた」存在だったわたしは、休み時間も誰と過ごすこともなく次の授業の準備をしたり、放課後もまっすぐ家に帰るような生活を送っていたのだ。


 (別に、独りでいたいわけじゃないんだけどな)


 気が付いたら独りになってしまっていただけで、特に話をする友達を作れないまま、いつの間にか自分から声をかけることすら諦めてしまった影の薄い同級生。もしかしたら、クラスの中には、わたしが一人で居るのが好きなのだと思っていた子も多かったんじゃないかと思う。

 そんな奴に、クラスの女子たちは、今思えばかなり大人だったなと思う。イベントのグループ分けのときは、嫌な顔ひとつせずにわたしを輪の中に入れていたし、近くの席の人と話し合う、なんていう拷問のような授業のときも「香坂さんは? どう思う?」と話を振ってくれたりしていたのだから。

 けれど、その気遣いが給食の時間にあることは少なかった。

 たぶん、自分たちのお喋りに花が咲くの給食時間には忘れてしまうくらいわたしの存在が薄かったんだろう。決して、悪気がないのがわかるだけに、独りでいることに被害妄想を抱いてしまう自分が情けなくて、それでも誰とも話が出来ないのは辛いなぁと思いながら、毎日味のわからない食べ物を、とりあえず胃の中に押し込めていたあの頃。


 (自分から話しかける勇気は持てなかった)


 声をかけた瞬間、きっと訪れるだろう気まずい空気に耐えられる自信がなかった。

 盛り上がってる話の中に、盛り下げるとわかっていながら口を挟むなんて、怖くて出来なかった。


 『それではこれで、お昼の放送を終わります。今日の放送は、3年2組と3組の放送委員が担当しました。BGMは、夢の唄でした』


 そんな給食時間が変わったのは、中学校三年の秋だった。

 後期の放送委員になってから、毎月第2水曜日と第4水曜日に流れるBGMが変わったのだ。

 ギターのアルペジオで始まるイントロの唄に、わたしは耳を塞がれた。

 

 その唄の歌詞が、まるで自分のことを唄ってるように思えたのだ。


 『自分自身を護ること覚えようとして

  気付けば世界中を敵に回してたんだ』


 敵、とまではいかないけれど、当時のわたしが軽度の人間不信だったのは、わたしが一番よく知っている。人の行動の裏の裏まで読もうとして、でも上手くいかなくて、結局自己嫌悪に陥る。そんな繰り返しだったから。


 『いつの間に僕は

  孤独を身に纏い

  逃げることだけ繰り返す


  未来に希望なんて見えなくて

  灰みがかった青空と

  明日を重ねてため息ついては

  苦笑いを浮かべる』


 美術の資料集の、色彩表。


 その中に「灰みがかった」という表現を見つけたときに、まるで自分の人生みたいだと思ったことがある。

 鮮やかな赤も青も黄も緑も、灰色が加わると、鈍い落ち着いた色になる。

 味わいがあるといえば聞こえはいい。けれど、結局それ以上変わらない世界を示しているようだった。

 低く穏やかな男の人の歌声は、その不条理さを優しく包み込むように言葉を紡ぐ。

 それに聞き惚れているうちに、あんなに長かった給食時間はあっという間に過ぎるようになった。


 (けど、誰が歌ってるのかわからなかったんだよね)


 誰の歌なのか知りたくて、パソコンを検索してみたり、CD屋やカラオケでそれらしい歌を探したけれど、見つからなくて。

 その歌を聴くことが出来たのは、唯一給食時間の放送だけで、同級生たちの会話に聞き耳を立てても、誰もその歌のことを話しているのを聴いたこともなかった。


 (放送委員なら知ってるかも、と思ったんだけど)


 「え? あの歌を誰が歌ってるかって?」

 なけなしの勇気を振り絞れたのは、どうしても歌ってる人が知りたかったからだった。

 こんなにも共感した歌はなくて、どうしても2番を聴きたいと思い始めてようやくわたしは放送委員の坂上君を呼び出した。

 「うん。坂上君、あの曲が流れるときの放送担当だったよね?」

 「あー……。うん、そうだけど」

 いきなり声をかけられた坂上君は、拍子抜けしたようにため息をついて、頭を掻いた。

 「わたし、あの歌が大好きなの。だから、もしCDとかあるなら買いたいなぁと思って」

 「え? いやー、無理じゃないかな?」

 そんな彼に熱烈にあの歌が好きなことをアピールしようとすると、初っ端からそんな言葉で切り捨てられた。

 (だから、今から聞こうとしてたんじゃない?!)

 あまりにも自信満々に切り捨てられたので、さすがに頭に来たことも覚えてる。

 「どうして? 独り占めなんてずるいよ? わたし、本当にファンなのに」

 そう言いながら。膨れると、目の前の少年は大きく吹き出した。

 「あははっ、香坂のそういう顔初めてみた。なんだ、普通に普通なんじゃん」

 「教えてくれないならいい。時間とらせてごめんね」

 「あ、待って! 待ってってば! なんで? なんでそんなにあの歌を歌ってる人が知りたいの?」


 「そんなの、好きだからに決まってるじゃない!」


 「え?」

 「好きだから、毎日聴きたいの。それこそ、飽きるまで」


 そう言うと、坂上君は黙り込んだ。

 わたしは教えてくれないのなら意味がないと、足早に踵を返す。

 と、その足を坂上君の小さな一言が遮った。


 「……どうして、そんなにあの歌を聴きたいのさ?」


 「聞きたいと思った。それだけじゃ駄目?」


 本当はたくさんの理由がある。

 放送では1番しか流れない歌詞の2番を知りたいとか。

 サビに向かうまでのバイオリンの音色をよく聞きたいとか。

 エンドレスでベッドにもぐりながら歌の世界観に浸りたいとか。

 それを全部合わせると、単純に「もっとあの歌を聴きたいだけ」だったのだ。


 結局、その後ものらりくらりとかわされ、坂上君からあの歌の情報を聞くことが出来なかった。

 「まぁ、私たちも気付いたら教えてあげるよ。翠、いっつも口ずさんでるから覚えちゃったし」

 高校に入って、新しく出来た友人を笑いあう時間を持てるようになっても、あの歌をことは忘れられなかった。


 

 その歌をわたしがもう一度耳にしたのは、20歳になった冬だった。


 『未来に希望なんて見えなくて 灰みがかった青空と 明日を重ねてため息ついては苦笑いを浮かべる』


 不意に耳を掠めた歌詞と旋律に、思わずわたしは足を止めた。

 (え? どこから??)

 振り返ると、巨大な街頭ディスプレイに一人の男の人がギターを持って映っていた。


 『進めないのは 許せない自分への罰

  離せないのは誰かの隣という居場所

  扉開く鍵持ってるのに何故か

  握ったままで立ち尽くす


  そんな僕に君がくれたのは

  なりふりかまわずの言葉

  扉を開けない僕を責め立てる

  夢にまでみた一言』

 

 ずっと聞きたいと思っていた2番の歌詞や、エンディングまで画面に釘付けになりながら、わたしは歌っている男の人から目が離せなかった。

 だって、その顔は、ものすごく見覚えのある顔立ちをしていたのだ。

 

 (坂上君……?!)


 気付いた瞬間、ものすごい悔しさに襲われる。

 あの、とても憂鬱で嫌だった中学校の、それも特に苦手だった時間だというのに忘れられなかったぐらい、あの歌が救いだったのだ。

 それを歌っていたのが、彼だったなんて。


 画面は、歌が終わると坂上君のインタビューに切り替わった。

 『いや、最近リクエスト急上昇中の歌を歌っていただきましたが今の心境はどうですか?』

 『やー、実感ないですよ。ずっと昔から歌っていたので、そんな歌が皆さまに愛されて光栄です』

 『昔から、というと、この歌のファンも多いんでしょうねぇ』

 『そうですねぇ。……一番最初に、この歌を好きだと言ってくれたのは、中学校時代のクラスメイトなんですよ』

 ドキッとした。

 まさか、と思いながら、彼と仲の良かった子たちを思い出す。わたしが知らなかっただけで、他のクラスメイトは彼が音楽をやっていたことを知っていたのかもしれないし。

 けれど、それが自分のことだと思わざるを得ない話が次に飛び出してきた。

 『あらー、いいですねぇ。ちょっと青春?』

 『青春、なんていい響きじゃないですよ。当時、僕、放送委員をやってまして。この歌もかけさせてもらってたんですよ。放送委員の特権で。そしたら、ある日その子から呼び出されて。ちょうど受験直前で、普段話をあまりしたことがない子だったんで、もしや告白か?! なんて期待して行ったんです』

 『ほうほう』

 『そしたら、坂上君が放送してる日に流れてる曲、誰が歌ってるの? って。でもってかなり熱烈にこの歌が好きなことを語ってくれて』

 『じゃぁ、喜んでるんじゃないですか?』

 『ところが、僕、ちょっと期待した自分をごまかすために、知らないって言っちゃったんですよねぇ。のらりくらりとかわして卒業しちゃいまして』

 『それじゃぁ……』

 『びっくりしてる、というより怒ってるんじゃないですか? あ、もしまだこの歌を好きだったらの話ですけど。年末に同窓会があるので、彼女も来るのであれば、それがちょっと怖いです』


 へらへらと画面で笑う坂上君を見て、ぎゅっと拳を握りしめる。

 そういえば、20歳記念で中学校の同窓会の葉書が来ていた。全然、行くつもりなんかなかったんだけど。

 (一言、文句言ってやりたい)

 そして、目の前であの歌をギターで最後まで歌ってもらうのだ。


 だって、悔しいけど、まだ好きなのだ。


<END>

 ある意味、唄に恋しているというか。

 今だったら、Twitterとかですぐに曲名わかちゃったりするんだろうなぁ。

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