SS_西郷さん編_パイロットフィッシュ
19話に出てきた、「眼鏡のお姉さん」こと西郷楓の視点です。
アカヒレの飼育方法をノートパソコンで調べていると――
“水槽の水質が安定するまでに先行して入れる魚のことを、「パイロットフィッシュ」と言います。安価で綺麗で丈夫な魚が選ばれることが多く、淡水ではアカヒレやネオンテトラ、海水ではスズメダイの仲間が選ばれることが多いです。なお、水草やライブロックを大量に入れた水槽では不要と考えて大丈夫です”
――と、インターネットのホームページに書いてあった。
◇
数日前に、熱帯魚屋さんで作ったボトルアクアリウムは、リビングのローボードの上においてある。お店の店長さんに言われたとおり、直射日光が当たらない明るい場所を選んだ。ガラス容器の中では、黄色のアカヒレが元気に泳いで、小さな赤い貝がマイペースにガラスを掃除してくれている。
「るふふんっ♪」
仕事から帰って来て水の中を覗くのが、最近の楽しい習慣になっている。一日過ぎるごとに、中に入っている水草が少しずつ伸びているのだ。夜に寝ぼけているアカヒレを見るのも、何だか心が癒される。
ああ、何というのか、ちょっぴり幸せ。
◇
翌日。
若宮ちゃんとお外でランチをしてからデスクに戻ってくると――若宮ちゃん宛に可愛い封筒が届いていた。確か「ネオンテトラ」だったかな? 葉っぱの細かい水草の束と、赤と青の綺麗な魚の群れのイラストが描かれている。
発送元を見るまでも無く、この間の熱帯魚屋さんからの郵便物だと解った。
「若宮ちゃん、可愛い封筒だね」
「お金掛かっている感じだなぁ~。ペットショップって儲かるんだね」
「もう、そんなこと言っちゃダメだよ」
「そう? 西郷ちゃんはそう言うけれど、うちの雑誌に広告出してくれそうじゃない?」
「それは……そうかもしれないけれど……ううん、とりあえず、中を見てみようよ。この間のレポートが入っていると思うから」
「了解♪」
若宮ちゃんが、中学生の頃から使っているというお気に入りの和製ナイフで封を切る。
キンキンに研がれたソレは、小気味良い音を立てて紙を切り裂いた。
「きっかり五部入っているね。一部、西郷ちゃんにも渡しておくよ」
「ありがと」
五枚綴りになっているレポートを、まずはパラパラとめくってみる。
ざっと全体を把握してから、細かいところを見ていくのは職業病なのかもしれない。――っと、そんなのはどうでも良い。文章と写真のレポートが一枚目と二枚目、参加者が制作したボトルアクアリウムの写真が三枚目以降に掲載されている。
私や若宮ちゃんが作った作品も、四枚目に載っていた。
「若宮ちゃん、こうやって形になると、何だか嬉しいね」
「うん。いつも雑誌を作っている私達がいうのも何だけれど、形になると嬉しいな」
お互いに口では会話をしているけれど、目線は文章を追っていた。
一ページ目を読み終わる。そして二枚目へ。
「何というのか、ボトルアクアリウムを、また作ってみたくなる文章が書かれているね~。このレポートを書いたあのお兄さんは、人を楽しませるサービス精神があるよ。中身も良くまとめられているし」
若宮ちゃんの言葉に、目線はそのままで頷きを返す。
「これを読んでいたら、またお店に行きたくなるね。事実、私、水槽が欲しくなっているもん。アカヒレだけじゃなくて他の魚も飼ってみたいって感じるから。確か、『あべにーぱっふぁー』だったかな? 小さなフグが小さな水槽で飼えるって楽しそうじゃない?」
「フグが家で飼えるの? まじで!?」
「うん。大まじめ」
「へ~、ざっとしか読んでなかったけれど、今度、本屋で熱帯魚雑誌をちゃんと読んでみようかな?」
「うん、それが良いよ。何か、記事のネタになることが書かれているかもしれないし。――ん? あれ?」
私の視線が、二枚目の最後の部分で止まる。
「西郷ちゃん、どうかした?」
若宮ちゃんがレポートから目線を上げて私の方を見た。必然的に、視線が交差する。
「えっとね……レポートを書いたのは、大明丘さん――多分、あのお兄さん――と桜島さんっていう人になっているの。このレポート、二人で作ったものみたい」
「あ~、私、何となく覚えている。あのお兄さんが『もう一人のスタッフと作っています』みたいなことを笑顔で言っていたから」
「そうだったかな? 私、あのお兄さんが一人で作っているのかと思っていたよ」
「え? 私、覚えているよ? 確かに、他のもう一人と作っているって言ってたよ。――っていうか事実、連名で書かれているから間違いないんじゃない?」
「それもそっか。私、何を勘違いしていたんだろう。――にしても、毎回、面白いレポート書いているよね。ちょっとその才能が羨ましいな」
「熱帯魚料理に蛍の観察、オオクワガタの採集記だったっけ? ……ねぇ、今、私良いこと思い付いたんだけれど?」
若宮ちゃんが悪戯っぽい笑顔に変わる。
でも、多分、私も同じような顔をしているだろう。
「私も、良いこと思い付いた♪」
「それじゃ、せーので言ってみる?」
頷くことで返事をして、若宮ちゃんとタイミングを合わせる。
「「せーの♪」」
私達の声が重なる。
「うちの雑誌のペットコーナーに熱帯魚の記事を載せたら面白いと思わない?」「記事を寄稿してもらえないかお願いしてみようか?」
思わず二人で笑っていた。
「それじゃ、社内での打ち合わせからしようか♪ 掲載スペースは三分の一から半ページ位で良いよね?」
「うん。でも、原稿料を払うのか、それとも広告料を出してもらう形にするのか、お互いに無料にするのか――決めないといけないよ?」
「うちが原稿料を払うのは厳しいな~。でも、こっちから話を振っておいて、初回からお金取りますっていうのも言い辛いな」
「そういうところも含めて、何か良い方法が無いか考えよ?」
「了解♪」
若宮ちゃんと話をしながら――気が付いた。
ちょっぴりワクワクしている私がいる。昨日よりも今日という日に。




