第19話_3尾目_講座の後に拗ねた人
~講座の後に拗ねた人~
そんなこんなで和気あいあいとした雰囲気の中、全員がボトルアクアリウムを作り終えた。
「それじゃ、撮りますね~、三、二、一――」
それぞれの参加者とその作品を写真に収める。
みんな、どこか誇らしげな雰囲気。使っている水草や生体は一緒なのに、一つひとつ個性が出ていて面白い。選ぶとしたら、枝状の流木を重ねるようにしたマングローブの水中風のレイアウトや、ロタラインディカで森を作ったレイアウトが個人的には大好きだ。
最後の一人の写真を撮り終えたら、次は全員で集合写真。指宿店長の指示のもと、全員がホワイトボード前に集まる。
「それじゃ、撮りますね~、三、二、一――ありがとうございます」
「「「ありがとうございました♪」」」
思わず笑顔になっていた。
そして何故か、そのまま解散みたいな流れに……ちょっと待って下さいっ。指宿店長が、〆る予定なんです。
「あ、最後に!」
指宿店長が声を発した。そして言葉を続ける。
「今日作ったボトルアクアリウムは、忘れずに持って帰って下さいね。家に帰るまでの間に揺れたりして水がこぼれないように、これから大きな袋を配りますから。ちなみに全体で六キロくらいの重さなので、重たいな~っていう人は、スタッフに声をかけて下さい。水を抜きますので」
「水を抜いても大丈夫なんですか?」
東の言葉に、店長が頷く。
「全部は抜きませんよ? 三センチくらい残しておくんです。そうすれば、家に帰るまで魚も水草も大丈夫ですし、軽くなりますし、水もこぼれにくくなりますし。どうでしょう?」
「あ、それじゃ、私、お願いします」
「わたしも~、わたしも~♪」
「私もお願いします」
――って、参加者全員が水抜きを希望していた。
指宿店長が小さく苦笑いを浮かべる。
「それじゃ、順番にやっていきますね。――桜島ちゃん、小型モーターの排水ポンプ三台持ってきて。佐藤ちゃんと中島ちゃんはバケツをいくつか持ってきて。鼎君は……とりあえず待機。バケツに水が溜まったら捨てに行ってもらうから、カメラは前の机の上に置いておいて」
「了解です」「はい」「取りに行きます」
「分かりました」
桜島さん達スタッフ三人と僕の声が重なる。
それに頷いてから、指宿店長が参加者に声をかける。
「ボトルアクアリウムは生きているインテリアですから、もし、何か困ったり悩んだりした時には、いつでも気軽に相談に来て下さいね。というわけで……現時点で、何か質問はありますか?」
「あ、はいっ!」
猫のお姉さんが小さく手を挙げた。
「どうぞ」
「はい。えっと、ボトルアクアリウムに直接関係は無いんですが――今日の『レポート』はいつ頃見ることが出来ますか?」
指宿店長が隣にいる僕の方を向いたから、参加者全員の視線が僕に集まった。
何だか、少し緊張する。
「どう? 鼎君と桜島ちゃん次第だけれど?」
「え、えっと……三日くらいで出来上がったものを指宿店長に最終チェックしてもらってまた修正するので、来週の土曜日にはお店とホームページで見られるようになっていると思います。桜島さんも、そんな感じで大丈夫ですよね?」
「うん、私は大丈夫よ♪」
僕らの言葉に、指宿店長がうんうんと頷く。
「――ということで、大体、来週の土曜日には公開予定になります」
「そうなんですね、楽しみにしています」
「「「楽しみにしていま~す♪」」」
参加者全員の声が重なった。ちょっと、引く――なんて言ったら失礼なのだろうか? 女性だらけの空間は、やっぱり、苦手だ。
でも、頑張ってレポート、良いものに仕上げよう。
◇
水が減った容器を大きなビニール袋に入れて輪ゴムで封をする。そして運びやすいように持ち手のついた紙袋に入れて完成。
「割れ物ですから、落したり固いものにぶつけたりしないように気を付けて下さい。それと、大きく揺らしてしまうと植えた水草が底砂から抜けてしまいますから、なるべく揺らさないように気をつけて持って帰って下さいね」
僕の言葉に、参加者のお姉さんが笑顔になる。
「はい、ありがとうございます」
「それでは――今日は、グリーンファンタジストのイベントに参加いただき、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
そんなやり取りを繰り返しながら、少しずつ参加者が帰っていく。
すでに咲希と三人娘と成瀬さんの五人は、指宿店長に許可をもらった桜島さんと一緒に、店内散策に行っている。後で成瀬さんのお父さんが、咲希以外の四人を車で迎えに来てくれるらしい。
「……ふぅ」
色々とあったけれど、無事に今日のバイトも終わりそうだ。
と思った瞬間――
「レポートのお兄さん、またね~♪」
「今日のイベントのレポート、出来上がるのを楽しみにしています」
紙袋を大事そうに両手で持った、猫のお姉さんと眼鏡のお姉さんに声を掛けられた。二人の顔はとても嬉しそう。なんだか、僕の方も嬉しくなる。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう」「楽しかったです」
そう言って二人は微笑むと、猫のお姉さんが口を開いた。
「あ、そうだ。もし可能なら、レポートが出来上がり次第、早く読みたいから郵送してもらいたいんだけれど――お願いできるかな?」
多分、出来ると思うけれど――いや、コレは指宿店長に確認しないといけない質問だ。
「出来るかどうか、店長に確認してみますね」
そう猫のお姉さんに答えておいて、僕の隣で他のお客さんの質問攻めにあっている、指宿店長に声をかける。
「指宿店長、お話し中ちょっとすみません。今日のレポートを参加者の方に郵送することって可能でしょうか? こちらの方が、出来上がり次第、早く送って欲しいというご要望なのですが」
僕の言葉に指宿店長が笑顔で頷く。
「二、三日くらい早くなる分には大丈夫よ♪ 連絡先を間違えないように、聞いておいてね」
「はい、分かりました。――ということで、大丈夫みたいです。連絡先をお聞きしても良いですか?」
僕の言葉に、猫のお姉さんが名刺を差し出してきた。
「ここの所在地に、私の名前宛で送って下さいな♪」
名刺を見ると大学の近くにある女性向け雑誌の会社だった。猫のお姉さんの名前は、若宮さつきさん。編集企画部に所属しているらしい。
「はい、若宮さつき様宛で送りますね。ちなみにですが、この会社、大学の近くなので知っていますよ。雑誌も、読んだことあります」
「あれ? お兄さん、学生さんだったの?」
「え?」
「いや、同い年くらいかな~、って思っていたんだけれど」
「あはは、まだ一年生です」
「そっか~、可愛いなぁ~♪」
女の人に可愛いと言われるのは、なんだかくすぐったい気持ちになる。でも、とりあえず営業スマイル。
「こほん。えっと、何部くらいお送りしたら良いですか?」
「二人分+αで合計五部くらいあると嬉しいかも。会社で回し読みしたいし」
「ありがとうございます。五部、確かに入れて送りますね」
「んじゃ、よろしく♪ ――っと、そうだ♪ 西郷楓ちゃんは、聞きたいことがあるんじゃないの?」
「ちょ、え、えぇ~、いきなり無茶振りされても、わたし特に無いよぉ!? っていうか、お外でフルネームで呼ぶのは止めてよ!」
「そっか。つまんないの~」
……何だろう? 眼鏡のお姉さんに親近感が湧いた。気持ちがほっこりするというか……いじられキャラなのだろうか?
「それじゃ、お兄さん、レポートよろしくね♪」
「はい」
「今日はありがと♪」「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございます」
僕の言葉に、にこっと笑うと二人のお姉さん達は帰って行った。
――あ、振り向いて、猫のお姉さんと眼鏡のお姉さんが小さく手を振ってくれる。それに手を振り返す。
「うふっ。良いモノ見ちゃったぁ~♪」
振り向くと、質問攻めから解放された指宿店長がにやにやしていた。
「良いモノって、何を見たんですか?」
「あら、とぼけるのが上手ね~。女性恐怖症は治ったのかな~?」
「……そんな突っ込み、しないで下さいよ。『参加者全員に声をかけろ』って言ったのは、指宿店長と桜島さんですよね?」
「質問の答えになっていないわよ?」
「……まだまだ全然ですが、一応、営業スマイル&そこそこの会話を維持できる程度には頑張れたと自分では思います」
最初の方と最後の方、結構ギリギリだったと思うけれど、それは勘の良い指宿店長にはバレているだろう。事実、指宿店長がにこっと笑って頷いた。
「そうね。今日は横から見ていたけれど、きちんとカメラマン出来ていたし、頑張っていたと思うよ♪」
「ありがとうございます」
「でも、桜島ちゃんには、忘れずにフォローしておきなさいよ?」
ちょっと真面目な声で指宿店長が言った。すっと背筋が寒くなる。
「あの……もしかして、僕、やり過ぎていましたか?」
「ううん、全然。でも、君に恋する女の子から見たら、平常心でいられるかは、また別の話よ」
「そう、ですか――いいえ、そうですよね」
「そう。乙女心は複雑なのですよ♪」
もう一度、にっと笑うと、指宿店長は人差し指を唇に当てた。
黙って行動しろというサインだろう。
◇
「それじゃ、沙織お姉さん、咲希ちゃん、大明丘せんせい、またね♪」「またね~」「さようなら、です」
「大明丘先生、また明日会いましょうね!」
成瀬さんのお父さんが運転する車に乗った三人娘と成瀬さん。四人とも、ガラスの下がった窓越しに、こっちに小さく手を振っている。
「明日は、全国模試だから、帰ったらきちんと復習しておいて下さいね」
「分かりました~」「もちろんです」「です~、です~」
「了解です」
「それじゃ、気を付けて」
僕の言葉に続けて、桜島さんと咲希が口を開く。
「四人とも、またね」「お姉ちゃん達、今日はありがとうございました。明日のテスト、頑張って下さいっ!」
二人の言葉に四人が返事をした後に、車が動き出す。
小さく手を振ってお見送り。
「――さて、みんな行っちゃったね~」
桜島さんが、一仕事やり終えたという感じに呟いた。
「この後、鼎と咲希ちゃんはどうするの? 私は一五時まで――残り一時間、仕事だけれど」
「咲希は、とりあえず他のお店に敵情視察に行きます! せっかく与次郎まで来ましたので」
「了解。鼎もそれについて行く?」
「そうですね、保護者がいないことには――といきたいですが、今日撮った写真をまずは整理しておこうと思います。結構、大量に撮りましたから。咲希も、一緒で良いかな? 他のお店には帰りに寄る方向で良い?」
「「あぁ~、そうだよね~」」
桜島さんと咲希の言葉が重なった。それは良い。それは良いけれど――何故、二人とも視線がじとっとしているのだろう?
「えっと、何か?」
「今日の鼎は、楽しそうだったね~」
「沙織お姉ちゃんも、そう思いました? 咲希も、同じこと考えました~」
……うん、指宿店長が言っていた通り、フォローが必要っぽい。
しかも相手は二人。
でも、どうすれば良い? とりあえず――
「て、店内に戻りましょうか♪」
エアコンの効いているお店の中に、逃げることを決めた。
◇
「もうっ、こんな所で『こんなコト』されたら怒れなくなっちゃうじゃない……ずるいよぉ」
桜島さんの小さな呟きが、耳に聞こえた。
現在、僕は何をしているのか?
答え。
桜島さんを抱きしめています、お店のバックヤードの片隅で。
気付いたら、即行動。即フォロー。それが鉄則だと、こっそり教えてくれて、チャンスも作ってくれた指宿店長には、感謝してもし切れない。
具体的には、指宿店長が「売り場の新着熱帯魚の紹介」という口実で咲希を僕らから引き離してくれた上に、「二人でレポートまとめて来てよ?」と笑顔で送り出してくれたのだ。視線で「頑張れよ?」と訴えた上で。
「それじゃ、頭を切り替えてレポート作りましょうか♪」
いつまでも抱きしめている訳にはいかないから、桜島さんを解放する。
桃色モードは三〇秒でお終い。
「うん、分かった♪」
ご機嫌な声の桜島さん。前みたいなことは繰り返さない。
僕達は、少しずつだけれど――成長出来ているみたいだ。
それが何だか、とても嬉しい。
(第20話に続く)




