SS_桜島さん編_奄美大島での最終日
~SS_桜島さん編_奄美大島での最終日~
今日は奄美大島旅行の最終日。現在、朝の九時ちょっと過ぎ。
「あははっ、連絡くれてありがとうね。私、みんなに忘れられているのかと思ったよ♪」
そう言ってスマホの画面越しに笑っているのは、鼎のお姉さんの大明丘亜希さん。小さい頃から奄美の芸術家、田中一村の絵に憧れていて、絵の勉強を熊本県でしている女子大生。
「えっと、亜希さんと、お話できて嬉しいです」
私の笑顔は引きつっていないだろうか? 本気で忘れていただなんて、口が裂けても言えない。っていうか、鼎も、咲希ちゃんも、美希さんも、利通さんも、鼎の親戚や知人の人達も……亜希さんのことを忘れていた、あるいは私達がもう連絡を入れたと思っていた、というのだから、何と言うのか本当に申し訳ない。
最初、悪意や隔意があるのかなって思ったけれど、そういう雰囲気では全然無かった。ただ、単純に、忘れられていただけという悲しい事実。
「もし良かったら、今度、沙織ちゃんに何か一枚、絵を描いてあげるよ」
「良いんですか?」
「人物、風景、生き物――って、やっぱり、熱帯魚が良いのかな?」
「はいっ、魚が良いです。べたですけれど、アロワナとかでも良いですか?」
「アロワナ? 良いよ。アジアが良い? シルバーが良い? それとも、ブラック?」
「アジアが良いです。でも、詳しいんですね?」
「アジアね、了解。熱帯魚は、一通り父親と弟の影響で知っているんだよ♪」
「ああ、道理で――」
「っと、ごめん。そろそろ時間が無くなっちゃった。これからバイトに行くんだ」
「ごめんなさい、朝の忙しい時間に」
「ううん、連絡くれてありがと。鼎も咲希も元気にしているみたいだし」
「咲希は元気だよ、お姉ちゃん♪」
「連絡、全然よこさないくせにぃ~♪」
「お姉ちゃんの方こそ。連絡くれないと、そのうち本当にお姉ちゃんのこと忘れちゃうぞ?」
……本気で忘れていた、とは流石に言わないのか。いや、言えないか。
っていうか、言わないで!
「ということだから、沙織ちゃん、また連絡頂戴な。奄美の鶏飯は、まじでお勧めだから必ず食べて帰ってね!」
「はい。もちろんです」
「あと、熊本に来ることがあったら連絡してよ」
そう言うと、亜希さんが画面の向こうで手を振った。
「それじゃぁ、またね~♪」
「はい、失礼します」「姉さん、またね」「お姉ちゃん、ばいばい♪」
通話画面が消える。
そして小さな沈黙。
「はぅぁ~。ミッションコンプリートです」
咲希ちゃんが、溜息をつきながら呟いた。
「最後の方、少しひやひやしちゃった」
私の言葉に咲希ちゃんが首を横に振る。
「いえ、あのくらい言っておかないと、忘れていたことを勘ぐられます」
「姉さん、ああ見えて根に持つタイプだから――」
「危なかったってことね」
私の言葉に鼎が頷く。
「はい。でも、連絡を入れられたから大丈夫だと思います」
「そうね。気持ちの良さそうなお姉さんだったわ」
「ありがとうございます」「えへへ、ありがとうございます、沙織お姉ちゃん」
何だか幸せな空気。気が付くと、三人で笑い合っていた。
「それじゃ、今日は奄美旅行の最終日。いっぱい観光できるように、鼎、咲希ちゃん、よろしくね♪」
「咲希、頑張ります」「桜島さんが楽しめるように努力しますよ」
◇
お仕事がある利通さんの代わりに、美希さんが今日は車を運転してくれる。
私達――私と鼎と咲希ちゃんと美希さんの四人――が最初に向かったのは、奄美海洋展示館。いわゆる水族館。円柱形の可愛い外観の建物に入ってすぐの場所にある巨大水槽が印象的。カラフルな海水の熱帯魚が泳いでいて、シュノーケリングをした時のことを思い出す。
一時間くらいかけて館内を巡った後に、お土産コーナーで咲希ちゃんとお揃いのウミガメと熱帯魚の蒔絵シールを購入した。後で咲希ちゃんと一緒に、スマホのケースに張って、オリジナルの海水熱帯魚スマホケースを作るのだ。
次に向かったのは奄美パーク。奄美の歴史や文化を学べる「奄美の郷」と、奄美の画家である田中一村を記念した「田中一村記念美術館」が併設されている。
奄美の郷は、大島紬の泥染め体験が出来る田んぼや敷地内の森に、大量のシリケンイモリが生息していた。捕まえることは出来なかったけれど色彩変異っぽいイモリがいて、三人で大興奮していたから、ちょっと他のお客さんや職員さん達に引かれたかもしれない。
田中一村記念美術館の方は、南国特有のカラフルな生き物の絵画がどれも迫力があってとても奇麗。有名なアカショウビンとアダンの木の絵も展示されていて、しんみりと「本物は、筆使いも質感も断然違うわね」って格好付けて言ったら、美希さんと鼎に微妙な笑顔を返されてしまったけれど。
鼎いわく「これ、美術館用に作られた印刷品ですよ?」とのこと。どうやら本物は、例外もあるけれど、期間限定で展示されるらしく、それ以外の季節には展示用の精巧なレプリカを飾ってあると教えてくれた。
……言われるまで全然気付かないなんて、かなり恥ずかしい。
というか、多分、今まで生きてきた中で、他の美術館でも同じようなことをやらかしてしまった自分がいる。その事実に気付いた瞬間、過去の記憶が黒歴史に塗り替えられた。中学でも高校でも、友達相手に格好付けたことを言った記憶があるっ。アレも、コレも、ソレも、アッチも、私が絶賛した過去のあの作品やこの作品は、もしかして全部レプリカだった? ……ああぁっ、穴があったら入りたいっ! むちゃくちゃ顔が熱いよぉっ! 何だか、涙目になってきたし。
「鼎ぇ~、美術館の展示品って、大抵はレプリカなの?」
弱々しい私の反応に、若干、鼎が引いている。でも笑顔で答えてくれた。
「そんなことはありませんよ。ケースに入っているのは大抵本物ですし、普通に展示してあるモノも半分以上は本物のはずです。桜島さんが落ち込んでいるのは分かりますが、最近は間違えちゃうくらい精巧ですよね」
「あ、ありがとう。ちょっと、立ち直れたかもしれない」
そんな私の耳に、ガラスケースに入った絵を見ている咲希ちゃんの声が聞こえてきた。
「沙織お姉ちゃんの言う通り、本物は筆使いも質感も断然違うみたいですっ!」
「あぐぅ!」
き、傷口を、抉られた!?
咲希、恐ろしい娘っ!
「あれ、沙織お姉ちゃん、どうかしましたか?」
新しい言い回しを覚えたから褒めて欲しい、そんな純粋な瞳で咲希ちゃんがこっちを見ている。……理解した。咲希ちゃんは悪気なくやっている。うん、私に意地悪するような娘じゃないと知っているから、再確認できたという表現が正しいのかもしれない。
咲希ちゃんは天然の天使だ。この恥ずかしい状況は身から出た錆。甘んじて受けとめよ――って、恥ずかし過ぎて、受け止めきれない!
「……ぅうぅっ」
「? 沙織お姉ちゃん?」
不思議そうな表情の咲希ちゃん。ごめんね、お姉ちゃんは、ちょっとライフが足りないの。
「そうねぇ……咲希、ちょっとあっちの方を見に行こうか~。確か、もっと綺麗な絵があったはずよ~」
「うんっ、見に行く♪」
美希さんがそれとなく咲希ちゃんを誘導してくれた優しさが、心にしみる。
「……。桜島さん、咲希が、すみません」
「ううん、大丈夫。……でも、立ち直るまで……少し時間を頂戴」
「……」
「……えぅっ」
「……」
なんていうトラブルもあったけれど、食欲には勝てない。
昼食は奄美パークの二階にあるレストランで食べることになった。料理が色々あって悩むけれど、今朝の亜希さんのお勧め通りに鶏飯を注文する。メニューにあるヤギ料理にも興味が湧いたけれど、鼎いわくクセが強い――というか、食べると体臭がヤギ風味になる――と言われたから手を出すのが躊躇われた。
ちょっともったいなかったかも、と思ったのは鶏飯を注文した後の正直な感想。今後、鼎の里帰りに一緒について来るから、次回はチャレンジしてみたいと思う。ちなみに、本場の鶏飯はとても美味しかった。
食後に向かったのは、鼎の実家――ではなく、その近くを通り過ぎて「あやまる岬」にやって来た。この岬の名前の由来は、「謝る」という意味ではない。岬の地形が「あや」という模様が入った手毬のようだから、あやまる岬と付けられたらしい。碧い海とサンゴ礁が一望できて、ゆっくりとした時間が流れる、とても素敵な場所だった。
あやまる岬でのんびりした後に、道を戻って、鼎の家に向かう。「ここが我が家よ~♪」と美希さんに言われた建物は、一階が法律事務所で二階と三階が住居のビルだった。
◇
鼎の実家で、お茶をしたり、咲希ちゃんの飼育している生き物を見たり、鼎の昔の写真を見たり、スマホケースを作ったりしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。
私と鼎が乗る飛行機は一九時の最終便だけれど、時間に余裕をもって、お仕事を早めに切り上げてくれた利通さんに空港に送ってもらう。もちろん咲希ちゃんと美希さんも見送りについてきてくれた。
飛行場でもあっという間に時間が過ぎる。もう、お別れの時間だ。
咲希ちゃんが、私の方を向いて口を開く。
「沙織お姉ちゃん。咲希、来週、鹿児島市に遊びに行きますから。よろしくお願いします!」
咲希ちゃんが鹿児島に遊びに来ることは夏休み前に聞いていた。それをグリーンファンタジストの店長以下全員が、とても楽しみにしていることも私は知っている。
「ええ、楽しみにしているわ。店長やみんなも会いたがっているし」
「咲希も、指宿店長に会いたいです! もちろん、他のお姉さんやお兄さん達にも」
「うん、私の方からも伝えておくわ」
「ありがとうございます。お願いします」
にこっと笑う咲希ちゃん。――を、思わず抱きしめていた。
「……? 沙織お姉ちゃん?」
「ごめんね、あと、一〇秒だけ、こうして、いても……良いかな?」
声が、震える。なぜか、震えている。
「一〇秒じゃなくて、一〇分くらいが良いです!」
「ぅふふっ、可愛い、なぁ」
何でかな? 幸せなのに、涙が、出ちゃう、のは、何でかな。
「……っ……ぅ……。ぐしゅっ、……ぇ……ぅ」
「……よし、よし、です♪」
沙希ちゃんが抱き付くような姿勢のままで、私の背中を撫でてくれる。それで気が付けた。
――ああ、私、寂しいんだ。
◇
そのまま三分くらい泣いていただろうか? ぽんぽんっと鼎が頭を撫でてくれた。
「桜島さん、そろそろ、手荷物検査場に行きましょうか」
優しい声の鼎。顔を上げると、少し困ったような、はにかむような、柔らかい瞳をした、鼎がいた。
なぜか胸にきゅんときた。
「……分かった。行く……」
いつまでも泣いてなんていられない。鼎からハンカチをもらって、笑顔を作って、咲希ちゃんを見る。
「ありがと♪」
「どういたしまして、です」
そして、私達を見守ってくれていた利通さんと美希さんを見る。
「利通さん、美希さん――今回は、とても親切にしていただき、ありがとうございました。おかげさまで、本当に素敵な思い出が出来ました。本当に、本当に、ありがとうございます」
頭を下げた私に、利通さんが声を掛けてくる。
「そんなにかしこまらなくて良いよ。次に来られるのは、冬休みかな? また遊びに来てくれよ」
「そうそう、私も待っているから~」
「咲希もです!」
温かい言葉に、また目頭が熱くなる。でも、泣いちゃいけない。笑顔だ、私。
「はい。ありがとうございます」
「親父、母さん、咲希。色々とありがとう。また桜島さんと帰って来るから、その時もよろしく」
鼎の言葉に、心臓がトクンとした。私も、また鼎と一緒にここに来たい。
利通さんと美希さんと咲希ちゃんの三人が、鼎の言葉に頷く。
「沙織ちゃん、またね♪」「二人とも身体に気を付けるのよ~」「咲希、遊びに行くからね!」
「本当にありがとうございました」「また帰って来るから」
そう言って、三人に手を振ってから、手荷物検査場のゲートに向かう。
奄美大島の温かい人、豊かな自然、美味しいごはん、鼎の家族――今回の出会いを、私はきっと忘れない。また、この奄美大島にやって来る! 絶対、絶対、絶対に。
◇
……。
手荷物検査で、シリケンイモリが引っかかったのは、また別のお話。
別室に案内されて、三人の職員さんの前で発泡スチロール箱の中のタッパーに入ったイモリを見せたら、無事に機内持ち込みを許可されたけれど――何だか、咲希ちゃん達とのお別れの感動が薄れたような気がするのは、多分、私の気のせいなんかじゃないと思う。
でも、でも、でもっ。私が奄美大島を大好きなのは、変わらない事実なのだ。
そう、変わらない、変わらない、事実なのだっ♪
(第19話_1尾目_ボトルアクアリウム講座へ行こうに続く)




