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第18話_2尾目_桜島さん編_奄美大島の森の生き物観察ツアー2

ハブは目が怖いです。睨まれたカエルの気持ちが分かります。

~第18話_2尾目_桜島さん編_奄美大島の森の生き物観察ツアー2~



私達の乗った軽ジープが、舗装された道路から、林道に入る。

すると車のスピードが明らかに落ちた。私の疑問に答えるように、早馬さんが口を開く。

「ん? ほら、いつ生き物がとび出してくるか分からないから、スピードを落としたの。自然でご飯食べているのに、ロードキルしたくないからね。あと、ゆっくり走っていたら、鳥とか哺乳類とか珍しい生き物を見逃すことが少ないでしょ?」



「なるほど。でも、やっぱり、道路に生き物が出てくることって多いんですか?」



「ん~、舗装された道路は、昼間は直射日光で熱せられたフライパン状態になっているから、生き物は雨の日以外はあまり出てくることは無いわ。その分、夕方から夜に出てくることが多いの。一方で林道は、水気もあるし、直射日光があたらない場所もあるから、昼間でも生き物が出てくることが多くある――とか言っていたら、ホンハブ発見♪」

早馬さんが車を止める。



そして指さす先には林道を横切るように身体を伸ばしたハブが一匹。林道の幅から考えて一メートル以上。想像していたよりも、胴回りが太い。同じサイズのアオダイショウの二倍くらいありそう。あと、頭の形が明らかに三角形。斑模様も加わって、危険過ぎる雰囲気がプンプンしている。



「やっぱり、何と言うか、迫力がありますね……」

戸惑うような私の言葉に、早馬さんが笑う。

「車の中にいる限り安全よ? それとも車を下りて、近くで見てみる? ハブ取り棒も車に積んであるし」

「沙織お姉ちゃん、どうします?」

「う~ん、迷っちゃいますけれど、危ないので止めておきます。車の中から双眼鏡で観察するだけが良いです」

「そう。それじゃ、無理強いはしないわ♪ 多分、水辺に近付いたら、嫌でも遭遇すると思うし」

「うわぁ……何だか想像すると怖いです」



「あら、ハブなんかより、人間の方が一〇〇倍怖いわよ? ハブは写真の賞をもらったからといって、嫉妬なんてしないからね♪」

「それは、何と言うか、すごい考え方ですね……」

「自然写真家って、自然の中で気楽にやっていると思われがちだけれど、人間関係も大変なのよ♪ とかいう愚痴は置いておいて、あのハブ、なかなか移動しないわね」



「ちょっと酷いかなって自分でも思いますが、このまま車でプチッとする訳にはいかないんですか?」

私の言葉に、早馬さんが微妙な苦笑いを浮かべる。

「あ~、普通ならそれで良いんだろうけれどね。車で轢くとか、ハブ取り棒で捕まえて役所や保健所に三〇〇〇円で売り飛ばすとか」

「そういう言い方をするってことは、早馬さんはハブを殺したり捕まえたりはしない人なんですね」



「うん、気が付いた? ハブは山の守り神でもあるから、山の中で遭遇しても、私はハブを捕ったり殺したりしないの。もちろん、住宅地に出てきたら対処は違うけれどね。――そうね、本州でいうところの熊みたいな感覚かしら? 熊は山の守り神みたいに扱われている地方もあるし、山から人里に出てこない限り無理やり捕まえたり、殺したりはしないでしょ?」

「熊みたいな存在――何となく、分かります。危険だけれど、森の番人みたいな感じですね」



「そういうこと♪ 自然には、自然のルールがある。それを素直に受け入れるのが、森に入る人間の心得かなと私個人は思うわ。それにさ、自然のルールを守っていたら、不思議と怪我をしなかったり、良い写真が取れたり、意外な生き物と出会えたりするの。気のせいかもしれないけれどね」

「全然、気のせいなんかじゃないと思いますよ。私も、毎年、新年の魚釣りの初日には海や川にお神酒をあげてから釣り始めますもん。一年の安全と豊漁を祈願して」

「若いのにしっかりしているのね。これからも、続けた方がいいと思うわ♪」

「はいっ♪」

早馬さんと笑顔を交わす。目の前のハブは、やっと道の半分を通り過ぎてくれた。もう少しだ。



「ところで、ハブ対策ですけれど、森の中じゃどんな所に気をつけたら良いですか?」

今更だけれど、一番気になっていたことを聞いてみる。



「そうねぇ……林道みたいに開けた場所や、高い木々が日光を遮って下草が生えていない場所は森の中でもまだ安全。ハブがいたら迂回して避けることができるから。一番危険なのは、足元が草で覆われていて、高さ二~四メートルくらいの葉が生い茂った木が密生して生えている場所。ハブが木に登っていることがあるんだ。人間、目線より下は良く見えるんだけれど、目線より上は注意散漫になりやすいから。だから、なるべく――というか、今回は絶対に――木の茂みには近付かないでね。特に、ソテツとかガジュマルとか、ハブが上っていることが多いから、警戒するように」



「絶対に木の上にも注意ってことですね、分かりました。足元は、どんなことに注意すれば良いですか?」

「基本は道の真ん中を歩くこと。道の脇を歩いていて、草むらに隠れたハブに噛まれるのは嫌でしょ?」

「嫌過ぎますね……でも、道が無い時には、どうしたら良いんですか? 森の中だと、どうしても草むらを通らないといけないこともありますよね?」

「その時は、気合いを入れて、ちゃきちゃき歩くしかないわ♪」

「えっ? 冗談ですよね?」



「冗談じゃないわ。何のための重装備だと思ってる? 流石に頭上は注意しないといけないけれど、足元はガチガチに固めているでしょ? 長靴と革ズボンで」

そう言って、早馬さんが左手で蛇の顔を作って、ぱくぱく指を動かす。

小さな沈黙。

これから私を待ち受けているであろうフィールドが、想像出来てしまった。多分というか、おそらくというか、ほぼ確実に、細い獣道を通ることになりそうだ。



「ぅあぁぁ、怖いですよ、危険ですよ、本気ですか!?」

「本気と書いてマジですよ~。まっ、今回は、足元が見えないような場所にはなるべく連れて行かないから、安心してよ。咲希ちゃんもいることだし」

「……お願いします。革ズボンで大丈夫だと思っていても、足元にいつハブが出てくるか分からない場所とか精神力がもちません」

「分かっているわ。今回は安全第一で行くわよ」

「はい、よろしくお願いします」

「さて、ハブも道を渡り切ってくれたみたいだし、先に進みましょうか♪」



  ◇



しばらく進んでから、軽のジープが林道の脇に止まる。

「さぁ、ここからは歩いて行きましょ♪」

「「「はいっ」」」

私達三人の声が重なる。

車を降りると蝉時雨にまざって水の流れる音が遠くにした。スダジイやカシの木にソテツが混じる雑木林。濃い土の香りが心地良い。野生のクワズイモやアマミテンダ、オオタニワタリの緑が眩しいなんて思って一歩踏み出そうとしたら――

「あそこにヒメハブがいるから、気をつけてね」

――うぇぇ、いきなりですか?



早馬さんの指さす先を見てみるけれど、見つけられない。

「えっと、どこですか?」

「あそこの石の根元」

「あっ、見つけられました」

さっきのホンハブに比べたらかなり小さいけれど、三角形の頭が私の警戒心をビシビシ刺激してくる。やっぱり、ハブって怖い。



「ハブ取り棒で退散願おうかな♪」

そう言うと、早馬さんが後部座席に積んでいたハブ取り棒を取り出して――そっとヒメハブに近付けると、一回でキャッチ。首元をつかまれているせいか、ヒメハブはだらんとしてあまり抵抗していない。



「はい」

「うきゃぁぁぁっ! こっちに向けないで下さいよっ!」

思わず叫んでいた。だって、だって、無造作にこっちに向けてくるんだもん!

「あれ? 沙織ちゃん、ペットショップで扱っているからヘビが大丈夫な人じゃなかった?」

「毒蛇は苦手なんです。っていうか、心構えをする時間を下さいよ」

「え~、首元を絞めているから、大丈夫よ。ってことで、観察をどうぞ♪」

「うぅぅっ、ゆっくり近づけて下さいね? じゃないと、怒りますからね?」

「分かっているわ」

早馬さんが、今度はゆっくりヒメハブを近づけてくれる。触ってみると、ざらざらしていた。



「ヒメハブは、比較的おとなしい性格の個体が多いの。鹿児島県本土のマムシみたいな感じかな。身体も小さいし、毒の量も少ないし、噛まれても血清打たなくて大丈夫なくらいだし」

「とはいえ、気をつけないといけない毒蛇には変わりないんですよね?」

「もちろんよ」

「沙織お姉ちゃん、余談ですけれど、ヒメハブさんって買い取りの対象外なのは知っていますか?」

「買い取りの対象外なの?」



「そうなんです。保健所とか役場に持って行ってもお金にならないんです」

「そうなんだ……って、まさか咲希ちゃんはハブを捕まえたりしていないわよね?」

「捕まえたことありますよ?」

「あるの?」

「だって、師匠が『ハブくらい捕まえられないと森に連れて行ってあげないわよ?』って言って、咲希に捕まえ方を伝授してくれましたから」

そう言って咲希ちゃんが少し自慢げに胸を張る。



「咲希ちゃんは、結構すじが良いのよ? ハブが相手でも怖がらないから」

「沙織お姉ちゃん、必要以上に怖がると、逆に危険なんです」

「……それも、そうね。でも、分かっていても怖いのは怖いよ」

「あははっ、沙織ちゃん、それじゃあんまり無理しなくて良いよ――で、ヒメハブは満喫できたかしら?」

「はい。ザラザラ&ひんやりで大満足です」

「んじゃ、このヒメハブを放してくるわね」



そう言うと、早馬さんは林道の反対側の側溝にヒメハブを放した。側溝とは言っても、小さいからすぐに出られるだろう。それに奄美大島の側溝には、動物が落ちても這いあがれるように緩い傾斜が付いた場所が設けられているから、心配しなくても大丈夫だと思う。たしか「動物這い出し型集水升」とか「L字型側溝」とかいう名前だったと思う。――っていうか、二〇メートルくらい先で、そもそも側溝が土砂で埋まっていた。それが分かっていて、早馬さんは側溝にヒメハブを逃がしたんだな。



「それじゃ、まずはシリケンイモリとイボイモリのポイントに向かうわよ」

戻ってきた早馬さんを先頭に、咲希ちゃん、鼎、私の順で少し大きめの獣道に入る。ハブは三番目の人に噛みつくという逸話があるらしく、この順番になった。でも……一番後ろって何だか怖い。あり得ないと分かっているのだけれど、自分の後ろをさっきのヒメハブが追っかけてきそうな気配を感じてしまうから。



「あ、みんな止まって。かなり珍しい生き物がいるわ」

手を横に伸ばしながら、小さな声で早馬さんが言った。その視線の先には――イタチ?

「マングースよ」

ああ、ここが奄美大島だって一瞬、忘れていた。

「これが悪名高いマングースですか……なんだか、見た目は可愛いから駆除するのは可愛そうになりますね」

「ええ、人間の都合で山に放されて、人間の都合で駆除される。仕方ないという言葉だけで済ませるのは、正直、複雑な気持ちになるわね」

「でも、アマミノクロウサギさんを食べるから悪い子です」

咲希ちゃんが話に混ざってきた。そして言葉を続ける。



「沙織お姉ちゃんは、ノネコさんの問題を知っていますか?」

「野生化した捨て猫が、アマミノクロウサギやアマミトゲネズミといった希少な動物を食べている問題?」

「そうです。マングースさんと同じか、最近ではそれ以上の問題になっているんですよ」

そんな話をしていると、こっちに気付いたマングースは、藪の中に消えて行った。

それを見送ってから、早馬さんが口を開く。

「マングース、ここ数年は、捕獲される数が減っているらしいの。生息数自体が減っているみたいだから、駆除の結果が出ているのかな?」

「そうなんですか?」

「そうなの。私自身も一昔前とは比較にならないほど遭遇率が少なくなっているから」

「ちなみに、ノネコさんは保護されて、里親探しを優しい人達がしてくれているので、これからは数が減っていってくれると良いなぁって咲希は思っているんです」



  ◇



マングースと出遭ってから三分くらい歩いたら、開けた水辺に出た。どうやら、川の横にできた浅い湿地帯みたいだ。

「さて、まずはシリケンイモリとイボイモリのポイントに着いたわよ」

早馬さんが言うように、シリケンイモリがうようよいる。

その中に、全身がオレンジ色の個体が混ざっていて――

「鼎っ! あの子が欲しいっ!」

魚網を持っている鼎に指示を出す。鼎もすぐに見つけられたみたいで、慎重な手つきで網を振るう。一回で魚網に入った。



「色彩変異個体ですね。運が良いです」

網の中を鼎と覗く。雄の個体だった。と、そこで気が付く。

「あの、思わず掬っちゃいましたけれど――早馬さん、この子、持って帰っても良いですか?」

逃がしなさいと言われたら、残念だけれど逃がさないといけない。

だって、ここは早馬さんのフィールドだから。



「あら? 持って帰って良いと思うわよ? 自然界の中じゃ、色彩変異個体こういうのは目立つから長生きが難しいみたいだし。イボイモリじゃなくてアマミシリケンイモリだから、法律的にも問題ないし。――それよりも、持って帰るのが雄だけじゃ寂しいだろうから、他にもいないか探してみようよ♪」

笑顔で早馬さんが言ってくれた。

「はいっ♪」



ハブに気を付けながら周囲を散策して――色彩変異個体は見つけられなかったけれど、太いオレンジ色のラインが三本入ったメス個体を何匹か見つけることが出来て、その中でも特に綺麗な二匹を追加で持って帰ることにした。少量の湿った苔と一緒にイモリをタッパーに入れて、保冷剤と一緒にリュックサックの中に入れる。

「これで良しっ♪」

「沙織ちゃん、鼎君、イモリの繁殖、頑張ってね~」

「もちろんです♪」「がんばります」



「ねぇねぇ、みんな! イボイモリさん、見つけましたよ!」

早馬さんのアドバイスで氾濫源――雨が降った時に、川と陸地の境界線になる場所――ギリギリの場所でイボイモリを探していた咲希ちゃんが、水溜りの一つを指さす。その中には黒いイモリが一匹だけ入っていて――

「おおぅ、なんか短いっ♪」

黒いツチノコみたいなイモリに思わずテンションが上がっていた。

「鼎っ、鼎っ! 鼎っ!」

気付くと鼎の腕をぎゅっとつかんで名前を呼んでいた。



次の瞬間、にやにやとした顔の早馬さんと咲希ちゃんに、素敵な笑顔を向けられてしまった。

「仲が良いって羨ましいわね~」

「そうですね、師匠。この二人、昨日の夜ご飯の時もいちゃいちゃしていたんですよ~」

「あらあら、それはまぁ♪」

「胸やけしちゃいますよね~」

「うふふふふ~♪」

「うふふふふっ♪」

あぅっ、何と言うか咲希ちゃんが黒い……。咲希ちゃん、何気にお兄ちゃん大好きっ娘だから、私、少しはしゃぎ過ぎたのかも。



  ◇



「さてと、それじゃイモリ採集&観察は満足出来たかな?」

しばらくイボイモリを観察して写真を撮った後に、早馬さんがそう言った。

「はいっ♪ 大満足です!」

「んじゃ、次に向かうのはイシカワガエルの繁殖地よ。今は、繁殖期はとっくに過ぎたけれど、夏の暑さから避難するためにカエルが集まっているはずだから、個体密度は高いはずよ」

そう言った早馬さんと一緒に、小川沿いを上流に歩いて行く。――はずだった。



「いたっ! いました! あそこの岩の上にイシカワガエルさんが二匹います!」

咲希ちゃんが興奮した声で叫ぶ。咲希ちゃんの指さした先には、小川の向こう岸にあるコケが生えた岩。そこの上に静かにイシカワガエルが佇んでいた。

緑色の身体。茶色の模様。それはまるで小さな宝石。

首にかけた双眼鏡でもう一度見る。ざらざらしているような、凸凹の皮膚。ぱっちりとした丸い瞳。手足の吸盤。夢にまで見た、アマミイシカワガエルがそこにいた。



「写真、撮らなくて良いの?」

早馬さんに後ろから声を掛けられた。

「あ、忘れていました。えっと、早く撮影しな――ああっ!」

ぱちゃんと跳ねて、二匹とも小川の流れに乗って泳いで行く。あっという間に見えなくなった。……。うぅっ、見えなくなっちゃった。



「沙織ちゃん♪」

落ち込む私の頭に、早馬さんが、ぽんぽんと手をのせた。

「写真は残念だったけれど、しっかりと目に焼き付けられたかな?」

「はい。それはばっちりです」

「んじゃ、良かったじゃないの」

「良かった、ですか?」

「そう。写真よりも、記憶に残る方が素敵だと思わない?」

早馬さんの言葉に、思わず笑顔になっていた。

「はいっ♪ 私もそう思います」



「その意気よ♪ それじゃ、この後はどうする? もう少し、イシカワガエルを探してみる? それとも、アマミノクロウサギの巣穴を見てみる?」

「えっと、さっきの二匹との出会いを大切にしたいので、イシカワガエルはもう大丈夫です。アマミノクロウサギの巣穴が見てみたいです」

「了解。それじゃ、一度、車に戻るわよ♪」



  ◇



アマミノクロウサギの巣穴を見て、車で移動して、公園でお弁当を食べて、ヒャンが多くいる山に向かって、その後に早馬さんの家にあるスタジオで色々な生き物の写真や動画を見せてもらって――あっという間に夕方になった。

「それじゃ、また奄美に来た時には声をかけてね♪」

別荘の前で車を降りた私に、運転席から早馬さんが声をかけてくれる。

「はいっ。また森を楽しんだり、一緒にご飯食べたりしたいです」

「楽しみにしてる。それじゃ、鼎君も咲希ちゃんも、ばいばい♪」

「今日はありがとうございました」「今日もありがとうございます」「師匠、またよろしくお願いします」

私達三人の声が重なったのを聞いて笑顔になった早馬さんが、車を出した。



見えなくなるまで車を見送った後、鼎が小さくため息をついた。

「ん? 鼎、どうしたの? 疲れた?」

「はい。緊張しっぱなしでしたから」

「私達が無事に家に帰られるか、心配してくれたの? ありが――」

「いえ、違いますよ。早馬さんが綺麗な女の方だから緊張しちゃって――って、痛いです」

思わず鼎の腕をつねっていた。



「か~な~え~。今日一日、妙に無口だと思っていたら、そんな理由だったのね。……女性恐怖症、そろそろ本格的に治しましょうか! いくら美人だとは言っても年上の人妻にも有効だなんて、私聞いていないわよ?」

同じ年上美人でも、指宿店長や椎葉さんは最初っから大丈夫だったのに。あと、中学生以下も大丈夫なのに。

鼎の基準が分からない。



「が、頑張ります――って、微妙に痛いですから、爪は立てないで下さいよ」

「だって! 鼎は今日一日、私じゃなくて早馬さんを見ていたってことでしょ? 私、怒っても良いよね?」

「うっ、そう言われると……。返事に困ります……」

困った顔の鼎が可愛い。たどたどしく言い訳をしているけれど、まぁ、鼎らしいから仕方無いと思うことにしよう。私は心が広いから、もう少ししたら、許してあげようと思う。

もう少ししたら、だけれど。



「お兄ちゃんも、沙織お姉ちゃんも、仲が良いですねぇ~」

悪戯っぽい咲希ちゃんの言葉。にぱにぱと悪い笑みを浮かべている。

とりあえず、咲希ちゃんの言葉に乗ってみることに決めた。

「うふふっ、そうなのよ♪ 知らなかった?」

「知っていますよ♪ ところが咲希も、お兄ちゃんとは仲が良いのです!」

そう言うと、咲希ちゃんが鼎のもう片方の腕に抱き付いた。

ちょっと背伸びをしているみたいで、とても可愛い。こんな妹が出来るなんてゴールデンウィークまでは想像もしていなかった。



さて、奄美大島に滞在できるのは明日まで。明日は観光名所を巡って、鼎の実家を見せてもらえる予定になっている。

明日も良い日でありますように♪



……。



「ねぇ、鼎?」

「どうかしましたか、桜島さん」



「私、今、何か大切なことを忘れているような気がしたんだけれど――」

「はい? 何か忘れている、ですか?」

「そう。咲希ちゃんも、何か大切なこと忘れていない?」

「えっと? 何をですか?」

「う~ん、何だろう?」



絶対に忘れちゃいけないこと、忘れているような気がする。



(SS_桜島さん編_奄美大島での最終日に続く)

※(2015/12/17)本文が長かったため、話を二話に分割しました。内容的には変わっていません。

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