第17話_桜島さん編_奄美大島でシュノーケリング
※奄美大島編では、桜島さん視点が続きます。
~桜島さん編_奄美大島でシュノーケリング~
「だいみょうおかくんと、はなれるなんて、いやだよぉ!」
夢の中で泣いているのは昔の私。幼稚園の卒園式が終わった後に、鼎が鹿児島市から奄美大島へ引っ越すことが決まったと知って、ずっと泣いていたのだ。そんな私を、鼎は優しく頭を撫でて慰めてくれる。
「さくらちゃん、だいじょうぶだよ」
「だいじょうぶじゃない!」
泣きやまない私。鼎に言わせたら、昔の私は大人しい女の子だったらしいけれど、自分では、違うと分かっている。気が強くて我儘なのは、多分、昔から変わらない。
そんな自己分析をしていると、場面は次に移る。
「それじゃ、やくそくしようよ」
「やくそく?」
何度も繰り返し見ている夢。鼎が私に告白してくれるのだ。
「おおきくなったら、けっこんしようね」
そして、私は嬉しい気持ちを隠さずに承諾する。
「うんっ! わたし、おおきくなったら、だいみょうおかくんとけっこんする!」
「よやくだよ?」
――ガリっ。
大人ぶった鼎がキスをした瞬間、鼎の下唇に私の前歯が当たった。
今夜も、私のファーストキスは、鼎の血の味という忘れられない思い出になってしまった。
◇
目が覚める。私がしがみついていたせいか、隣で寝ている鼎が寝苦しそうな顔をしていた。
……。この夢を見るのは久しぶり。前見たのは、入学式の前日だっただろうか? おかげで鼎をすぐに見つけることが出来たのだけれど、恥ずかしいからこの夢のことは、鼎には内緒だ。
まどろみながら、思わず笑顔になってしまう。
八月第一週の土曜日。今日から私は、二泊三日で鼎の実家がある奄美大島へ行くのだ。
鼎のご両親はどんな人だろうか? 何度も電話で話をしたことがあるけれど――お父さんは法律事務所をしていて、お母さんはタウン誌のコラムを書いている「自称・専業主婦」をやっているって聞いているけれど――やっぱりイメージ通りに優しい人達だったらいいな。未来の嫁候補としては、鼎のお母さんとも上手くやっていきたいし。もちろん、鼎の妹の咲希ちゃんとはいっぱい遊ぶつもり。
あとは、奄美大島にしかいない生き物や植物をたくさん見てみたいな。アマミノクロウサギやヘビ各種はもちろん、イシカワガエルとかアマミシリケンイモリだとかイボイモリだとか海の熱帯魚だとか。
ワクワクと緊張が入り混じった不思議な感覚。
一日目は、海でシュノーケリング。二日目は森を歩いて生き物観察。三日目は観光施設めぐり。とてもとても楽しみ。
とりあえず、壁の時計はまだ朝の五時前だから、もう一度、鼎にぴたっとくっつくことに決めた。目を閉じて、鼎に顔を擦りつけると、鼎は良い匂いがする。
◇
鹿児島空港から飛行機が飛び立つ。ぐんぐん加速して震える機体。背中に重みを感じながら、笑顔が引きつっているのが自分でも分かる。
うん、何というか、この離陸の瞬間だけはいつも苦手だ。
「桜島さん、大丈夫ですか?」
隣の鼎が心配そうな顔で聞いてくる。余裕のない表情を私がしているのだろう。
「大丈夫――じゃないかも。ちょっとだけね……でも、今更パラシュートで逃げる訳にもいかないじゃない?」
私の冗談に、鼎が苦笑する。
「そうですね。加速はすぐに終わりますから、辛抱ですよ?」
鼎が夢の中でしてくれたみたいに、頭を撫でてくれる。おかげで少しだけ気持ちが楽になる。
座席を一番後ろの席にしてあるから、多少、いちゃいちゃしていても周りの目は気にならないし、周りの迷惑にもならないだろう――とか思っていたのに、客室乗務員のお姉さんとばっちり目が合って、すぐに逸らされてしまった。
ううぅ、何か恥ずかしい。あと、何というか、ごめんなさい。チロリと見えた、嫉妬の炎が怖かったデス。
◇
奄美空港の到着ロビーで待っていたのは、鼎のご両親と咲希ちゃんだった。
鼎の両親は四〇代後半だって聞いていたのに二人とも、すらりとしているせいか、若く見える。
笑顔の素敵な美人のお母さんは、身長が私と同じ一六〇センチくらい。外側に跳ねたセミロングの黒髪に、フレームレスの四角い眼鏡が知的な印象。
真面目そうな格好良いお父さんは、出来る男っていうオーラが滲み出ている。間違っても、法廷で闘うような目には遭いたくない感じ。鼎がおじさんになったら、こんな感じになるのかな、とちょっと楽しみになるような人。
「親父、母さん、咲希、ただいま♪」
「「お帰り~」」「お帰り、おにーちゃん!」
「咲希は知っていると思うけれど、僕の大切な人を紹介するね。桜島沙織さんです」
「あ、あのっ、桜島沙織です。電話でお話したことがありますけれど――は、はじめまして!」
緊張で口が上手く回らない。確実に、大学の推薦入試の面接よりも緊張している。鼎の馬鹿っ。「大切な人」とか急に言われたせいで、思考回路がエンストしてしまったじゃないのっ!
「あらあら~、沙織ちゃん、そんなに緊張しなくても大丈夫よ~」
鼎のお母さんがのんびりとした声で言ってくれた。鼎のお父さんも頷く。
「そうそう、美希の言う通りだよ。沙織ちゃんが緊張しちゃうと、こっちも緊張してしまうから、楽にしていてね」
「はいっ、ありがとうございます。ところで、改めてなんですが……鼎のお父様とお母様のことは、どのように呼べばいいですか?」
今までの電話では、『鼎のお父様』と『鼎のお母様』とずっと呼んでいたけれど、これから三日間お世話になるのに、この呼び方じゃちょっと堅苦しいかなと思ったのだ。
それをすぐに察してくれたのか、鼎のお父さんが笑顔になる。
「パパって呼んで欲しいな」
ずべしっ、と鼎のお父さんの頭に、鼎のお母さんの鋭いチョップが放たれる。
「あ~な~た~。沙織ちゃん相手に遊ばないの~!」
「美希、ここはお約束が大切――」
「変なことしたら、全部セクハラだからね~? あなたは分かってるの~!?」
「そうだよ、お父さん。沙織お姉ちゃんに変なことしたら、一生口きいてあげないからねっ!」
私を置いてきぼりにして、何だか大明丘家の女性陣が、きゃいきゃい言っている。
あ、助けてって目で鼎のお父さんがこっちを見た。あの、一応、大丈夫ですよ?
「えっと、パパは恥ずかしいので『お父様』で良いですか?」
「いや、そこは『お』を取って『とぅさま』が良いな♪ イントネーションが『う』にくる感じで――」
びしっ、とまた鼎のお母さんのチョップが入る。そしてそのままゴリゴリと前後に動いた。
「沙織ちゃん、ごめんね~。私のことは『美希さん』って呼んでくれれば良いから、コレはもう無視して良いわ~。名前なんて呼んであげる必要ないから『おぃ』とか『そこの人』とかで大丈夫よ~」
「ちょ、美希ひどいぞ!」
「あら~? あなたの方がひどいんじゃない~? 私の可愛い沙織ちゃんで遊ぶなんて~」
「いや、これは――そう、緊張をほぐそうとして――」
「言い訳無用~」
「分かった、分かったから、無視は止めて!」
「本当に~?」
「ああ、分かっている。沙織ちゃん、ごめんね、おじさんのことは『利通さん』と呼んで欲しい。大久保利通と同じ利通だ」
優しい顔で鼎のお父さん、もとい利通さんが微笑む。ちょっと戸惑うやり取りがあったけれど、おかげでお互いに緊張は解れたと思う。
「はい、分かりました。美希さんに利通さんに咲希ちゃん、今日から三日間、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」「よろしく~」「よろしくお願いします」
三人の声が重なった。
ついっと咲希ちゃんに服の裾を捕まれた。
「ねぇねぇ、沙織お姉ちゃん?」
「ん? 咲希ちゃん、どうかしたの?」
「お手々繋いで良いですか?」
「ええ、良いわよ♪」
「やった! あのですね、咲希は、沙織お姉ちゃんが来るのをとっても、とっても楽しみにしていたんですっ!」
笑顔になった私と咲希ちゃんを見て、美希さんが嬉しそうに微笑む。
「まずは荷物を置きに行って~、それからシュノーケリングしましょうか~♪」
◇
車に乗って移動する。
綺麗な海や森を眺めていると、時間なんて分からなくなる。昼間だけれど道路の脇にアマミノクロウサギが出てくるかもしれないし、アカショウビンが外を飛んでいるかもしれないし、気を抜いてなんていられない。
サトウキビ畑を通って、木々のトンネルを抜けて、リゾート地みたいな建物が多い場所にやって来た。高そうな建物が、ちょっと羨ましい。野生動物は少なそうだけれど、いつかこんな所に鼎とお泊りできたら、ロマンティックかも。
見るからに手入れが行き届いた、二〇〇坪くらい有りそうな庭。ぴかぴかの二階建ての新しい白い家。高い塀や木々で仕切られた区画。リゾート風の建物。短く草が刈られたお庭にはプールが有って、どの家も素敵な雰囲気。
と、見惚れていたらなぜか車が止まった。――って、あれ? 敷地の中に入っちゃって良いんですか!?
「えっ……」
「沙織お姉ちゃん、びっくりしました?」
ちょっと自慢げな表情で、咲希ちゃんが笑顔になる。
「うん、ここ、咲希ちゃんのお家なの?」
「違います、別荘です。今日は沙織お姉ちゃんが来る日だから、こっちに泊まることに決まったんです」
嬉しそうな咲希ちゃんがとても可愛い。でも、今考えるのはそこじゃない。
別荘……そう、別荘かぁ……鼎の家ってお金持ちだったんだ……って、知らなかったわ。
「ちょっと、鼎。私、こんなこと聞いていないんだけれど!?」
なぜか非難の言葉が口から出ていた。でも、何でだろう?
「いや、言っていないですから――っていうか、親父も母さんも、桜島さんには別荘のこと内緒にしておくんじゃなかったの?」
鼎の「内緒」という言葉が心に引っかかってから、私はようやく理解できた。鼎が別荘を秘密にしておきたい気持ちも仕方が無いと思う。お金目的で近づいてくる悪い女の子も世の中には、たくさんいるのだから。
それに気付いた瞬間、複雑な気持ちになった。鼎は私に隠し事をしていた。私は信用されていないのかなぁ――と、そこまで考えていたら、美希さんが私の頭をくしゃくしゃっと撫でる。
「レンタル別荘なのだから、別に良いじゃない~♪ 沙織ちゃんに変な気を使わせたみたいで、ごめんね~」
利通さんもそれに頷く。
「正確には、五人のオーナーで維持している別荘だからな。めんどうな管理は不動産会社がやってくれるし、他のオーナーとは気心が知れているから、こうして好きな時に使えるわけだ♪」
だから気にしないでね、といった様子で美希さんと利通さんが笑う。
「えっと……そういう別荘があるんですか?」
話をしながら車を降りる。
「あるのよ~。ま~、維持費はその分お安いから、あんまり畏まらなくて良いわよ~♪」
美希さんが笑いながら言っているけれど、今は、その言葉通りに受け取っておこう。こんな大きな別荘を五人で維持するのだから、真面目に想像したら嫌でも緊張しちゃいそうだし。
「……そう言っていただけると私も嬉しいです。もう、鼎、びっくりしたじゃない!」
「でも、今の桜島さんの瞳は、好奇心を隠し切れていませんよ?」
一瞬だけ苦笑して、普段と変わらない声で鼎が言った。でも、それは仕方無い。
「もちろんよ。だって、海の音が聞こえるし――ってまさか!?」
「沙織お姉ちゃん、そのまさかです♪ 早く荷物置いて、プライベートビーチで遊びましょう!」
気付くと足元がふわふわした感じになっていた。
とりあえず、荷物を車から降ろすのは鼎と利通さんがやってくれると言っていたから、急いで咲希ちゃんと一緒にお家の中に入る。多分、プライベートビーチという魅惑的な単語がいけないんだ。
真新しい木の香り。珪藻土の壁の廊下を抜けてリビングに入ると、お洒落なキッチンカウンターの広いリビング。二〇畳以上あるけれど、それ以上に――
「やっぱり、綺麗……」
リビングの外にはウッドデッキがあって、その先に芝生があって、ヤシの木があって、白い砂浜があって、エメラルド色の海がずっとずっと広がっていて!
「気に入ってもらえたかな~?」
後ろを振り向くと、美希さんが悪戯っぽく笑っていた。
「はいっ、凄いです! 本当にこんなところに泊まって良いんですか!?」
「良いのよ~♪ それに笠利の家は、普通の町中のビルだから、つまらないと思うし~」
「つまらなくはないと思いますよ? 鼎の部屋とか、見てみたいですし」
思わず美希さんの言葉に反応していた。でも、何だか、言葉に出してみると少し恥ずかしい。
それが伝わってしまったのか、美希さんが苦笑した。
「あ~、沙織ちゃんも知っていると思うけれど、鼎は全寮制の中学と高校に行っていて家にいなかったからさ~。鼎の部屋、もうずいぶんと前に咲希の部屋になっていて、特に見そうなものは残っていないわよ~?」
「そ、そうなんですね」
ちょっと残念。――と思ったら、咲希ちゃんが右腕に飛び付いてきた。
「沙織お姉ちゃん、咲希の部屋に来ますか? お母さん、三日目の観光する時に、お家に寄れるよね?」
「寄れるわよ~。まぁ、奄美まで来ていて実家に来ないのも変な話だし、三日目に案内するわ~」
美希さんの言葉に、笑顔になる自分がいた。
「ありがとうございます」
「そんなことよりも沙織お姉ちゃん、海に行きましょうよ、海っ!」
咲希ちゃんに腕を引っ張られる。
「咲希~、沙織ちゃんやお兄ちゃん達は飛行機でこっちに着いたばかりなの~。お茶してからにしなさいな~」
「え~、何もいきなりシュノーケリングするわけじゃないよ? 普通に海を見に行くだけだよ」
「……沙織ちゃん、ごめんね~。お茶の用意が出来るまで、ちょっと咲希と遊んでいてもらえるかしら~?」
「はい、お言葉に甘えさせて頂きます。――それじゃ、咲希ちゃん、海を見に行こうか♪」
「はいっ♪ ご案内します♪」
咲希ちゃんと手を繋ぎながら玄関に戻る。荷物の中に用意していたビーチサンダルを取り出して履き替えて、外に出て、芝生の庭を歩いて、すぐに白い砂浜に出る。
「うわぁ……すごいなぁ……」
すごいとしか表現が出来ない自分の未熟な語彙力が悔しい。
碧いサンゴ礁。透明な水。白い砂。青や白の熱帯魚達。ざしゃり、ざしゃり、という波の音。高校生の時に、バイクで奄美一周旅行をしたことがあるけれど、あの時は冬休みだった。真夏の海がこんなにも綺麗だなんて……破壊力に差があり過ぎる。
「沙織お姉ちゃん、感動しているところ悪いのですが、後でこの海でシュノーケリングをするんですよ? うっとりし過ぎて、溺れないで下さいね?」
咲希ちゃんに、はにかむように笑われてしまった。いけない、いけない。
「ちょっと夢の世界に飛んでいたわ。そうだね、シュノーケリングするんだったわ。楽しみ過ぎるわ!」
「はいっ、咲希も楽しみですっ!」
◇
水着の上にラッシュガードと救命胴着を着て、ゴーグルとシュノーケルと手袋とヒレを着けて、半魚人になった気持ちで砂浜をぺたぺたと歩いて海に入る。
海の中は別世界。スズメダイやキンチャクダイ、チョウチョウウオがサンゴの近くで乱舞している。魚を触ろうとするけれど、やっぱりというか、簡単に逃げられてしまう。それが少し残念。でも、暗礁のおかげで波が穏やかだから、初めてのシュノーケリングなのにとても泳ぎやすい。
『桜島さん、魚肉ソーセージ』
水中ノートで鼎が教えてくれた。いけない、忘れてた。
ポケットから魚肉ソーセージを出して封を切る。その瞬間、魚が集まってきた。
きゃ~、ちょっとコレ、すごいんだけれど!
ガツガツという表現が正しい。餌と間違えて、私の手にも軽く噛みついて来る魚もいるし。青とか黄色とか白とか色々な色の熱帯魚を、直接触れる。警戒心なんて皆無状態。
『もう一本ありますよ?』
鼎が魚肉ソーセージを振っている。
『もち、ちょうだい!』
返事を水中ノートに書くと、鼎が笑って泡が漏れた。
一度水面から顔を上げる。
『桜島さん、どうぞ』
『ありがと。すごいわね!』
『すごいですよ♪ 楽しんで下さいね』
『もち!』
鼎と視線を交わしてから、もう一度水中に潜る。ああ、何って言うのか、夢みたいだ。
――っていうか、クマノミ発見っ!! うわっ、本当にイソギンチャクと一緒にいるんだ! 天然モノっていうか、水槽の外では、初めて見たよ。
『クマノミ!』
『ソーセージ、食べますよ』
『マジで?』
『他の魚が寄ってきますが、取られないように、一度ちぎってからあげてみて下さい』
『了解♪』
◇
シュノーケリングを終えて、シャワーを浴びて、お昼を食べて、咲希ちゃんと砂浜で遊んで、美希さんとお茶をして、利通さんと魚釣りをして――もう一度シャワーを浴びて、気が付くと一七時過ぎ。
みんなでちょっと遅めのお菓子タイムをしていたら、玄関のチャイムが鳴った。
「業者の人が来たかな?」
利通さんがそう言った。
「業者の人、ですか?」
「そうだよ、沙織ちゃん。今夜はバーベキューをしようと思っていて、業者さんにコンロとお肉を注文していたんだよ」
「ウッドデッキでバーベキューですか? 素敵ですね」
「うんうん、喜んでもらえそうで嬉しいよ」
利通さんが玄関に消えてから、業者の人と一緒にウッドデッキや庭にバーベキュー用のコンロを置いているけれど……でも、あれ? 何だかおかしい。なんで八個もあるの?
ソファーの隣に座っている鼎に視線を向けると、顔に両手を当てて俯いていた。
「母さん達、やり過ぎだよ……」
「あら~? せっかく鼎が彼女を連れて来たんだから、みんなに紹介しておかなきゃ~♪」
みんなにしょうかい? えっと――
「桜島さん、本当に、すみません」
なぜか鼎に謝られてしまった。私が分からない、という顔をしていたせいだろう、鼎が言葉を続ける。
「多分、今夜の食事会で『大明丘家の嫁扱い』されると思いますけれど、嫌になったら部屋に逃げて大丈夫ですから。っていうか、程々で逃げて下さい」
「えっと? 鼎?」
まだ、良く分からないよ?
「……。この馬鹿親達が、桜島さんを取り込みに来ているんです」
「え?」
「親を、馬鹿親って言うのは酷いと思うわ~」
美希さんの視線が少し厳しくなる。うん、それは理解できる。親を馬鹿って言っちゃダメだよ。
「いや、母さんも親父も、馬鹿親以外の何でもないよ」
そう言いながら、鼎が私の方を見る。
「桜島さん、この人達、桜島さんを親戚&知人一同に紹介しようとしているんです」
え? 親戚? 知人? ……でも、どういう意味?
私の疑問に答えるように、咲希ちゃんが口を開いた。
「沙織お姉ちゃんは、大学を卒業したら、お兄ちゃんと結婚するんですよね?」
咲希ちゃんに純粋な瞳で聞かれてしまったら、恥ずかしいけれど、誤魔化せない。
「え、えっと……鼎が、私を、もらってくれるのなら――」
「やった♪ 咲希も嬉しいです。沙織お姉ちゃんが、本当のお姉ちゃんになってくれるなんて♪」
ああ、そうか。
今の私、外堀から埋められているんだ……。
◇
夕日が暮れる頃に、ぞくぞくとお客さんがやって来て――気が付けば三〇人くらい集まっていて、リビングもウッドデッキも人でいっぱいになった。庭に置いたコンロの方にも人がいる。
鼎の両方の祖父母に叔父さんや叔母さん、鼎のいとこ、利通さんや美希さんの友達やその子どもまでやって来ている。当然というか、不自然というか、なぜか私はリビングのソファーで、やってくるお客さんに、鼎と二人で御挨拶中。
そんなことをしていると、あっという間に時間が過ぎた。どうやら、バーベキューの用意が出来たみたい。
「それじゃ、皆さん、飲み物は行きわたりましたか?」
利通さんが確認する。
全員の返事を聞いて、利通さんがコップを上げる。
「それじゃ、ここに来てくれた、沙織ちゃんに乾杯♪」
「「「「「かんぱ~い♪」」」」」「「「乾杯♪」」」「「「「「さおりちゃんに♪」」」」」
何というか、主賓になっている状態が恥ずかしい。完全にサプライズなことが続いたし、この歓迎会は鼎も知らなかったみたいだし、困ったことにお客さんはみんな良い人だし。
「ねぇねぇ、鼎にぃとは、どこで知り合ったの?」
鼎の従妹の女の子――高校生くらい? 活発そうな日に焼けている美人な子――が、興味津々な顔で聞いてきた。その両脇にいる女の子達も同じような表情。
「あ、いや、ボク達のことは警戒しなくて良いよ。鼎にぃには恋愛感情全然無いから。ただ、ほら、鼎にぃって高校生以上の女の子が苦手じゃん? どうしたら、こんなに手懐けられるのかなと思って」
「手懐けるって……そういう風に見える?」
魔性の女とか、調教師みたいな言葉の印象を受けたのだけれど? と目線で聞いてみたら、頷きが返ってきた。
「もちろん。ということで、沙織師匠、ボク達にも恋の技術指導をお願いします♪」
「あはは……鼎?」
どうしたらいいの? と鼎の方を見ると、困ったような表情で小さく両手をあげていた。お手上げということだろう。
鼎の従妹がにぱっと笑う。
ああ、何となく分かる。鼎は、この従妹達には敵わないのだろう。
「まずは、鼎にぃとの出会いを教えて下さいな♪」
人懐っこい笑顔に、ぽつりぽつりと話をしていく。
少しくすぐったい気持ちがしたけれど、何だか悪い気持ちはしない。
……それは良いとして。誰かが「甘いジュース」をみんなに差し入れしてくれてから、どんどん口が回るようになった気がするけれど、多分、気のせいだ。私を含めて目の前の女の子陣のテンションがめちゃくちゃ高いのも、多分、気のせいだ。気が付けば鼎の腕に抱き付いて、鼎の肩に頭を乗せて「うにゃうにゃ」しながら自慢話をしている私がいる気がするけれど、多分、気のせいだ。……うん、気のせいだから私は悪くないっ……。ううっ、いいや、もう、このまま鼎に抱き付いて寝てしまおう。誤魔化さなきゃ――今更誤魔化せないけれど――今後の私の名誉のためにも、何とかしなければいけない。
だって全部、気のせいだから。
目を閉じて思い出す。めくるめく時間はとても楽しかった。みんな親切だし、優しいし、楽しいし、料理は美味しいし。ああ、何ていうのかな? 私の外堀、完全に埋まっちゃったみたい。だって私、また温かいこの場所に、やって来たいと思ったから。
◇
寝たふりをしている私を、お姫様だっこで部屋に運んでくれた鼎に胸がドキドキした。若干固めのベッドに、優しく身体を下ろされて――
「桜島さん、起きていますよね?」
「くぅくぅ」
「もう、起きているなら、普通に返事をして下さいよ」
笑いながら鼎が私の頭に手を乗せる。ゆっくりと撫でてくれた。
「だって~、鼎がお姫様だっこしてくれたんだよ? そのまま余韻に浸って寝ていたかったの」
「それは――すみません。でも、桜島さんには、謝らないといけないことがあります」
そう言って手を止めると、真剣な表情で鼎が頭を下げた。
「桜島さん、今日は本当にすみませんでした」
こんな鼎は珍しい。私に嫌われたくないという気持ちが痛いくらいに伝わってきた。鼎がこんな対応をするなんて、小泉さんの件があった時以来かもしれない。
軽く感じていた眠気と、鼎に甘えていた空気が、完全に吹き飛ぶ。
多分、今の私、真顔になっていると思う。だけど、だから、考えていることを素直に口にしよう。鼎の真剣な気持ちを、私も誤魔化したくないから。
「正直に言うなら、何だか、とてもびっくりしたわ。いきなり別荘に連れてこられたり、いきなり親戚や知人を紹介されたり。でも、もう済んだことだし、私も楽しかったから結果的に良かったと思う」
「でも――」
「別に、良いわよ。それにさ――」
鼎の言葉を遮って、私は自分の言いたいことを伝える。
「あんまり謝られると、鼎が今日のこと嫌だったのかなって、私、残念に思っちゃうよ?」
私の言葉と笑顔に、鼎が困ったような顔になった。
私の言いたいこと、伝わったかな?
「そんなことは無いです。みんなに桜島さんを大切にしてもらえて、僕も嬉しかったですから。ただ、桜島さんが負担に――」
「か~な~え~。私、ちょっとだけだけれど、嬉しかったんだよ? みんなの前で甘えちゃったけれど、それを許してくれた鼎にも感謝しているんだよ? それを否定するの?」
「いえ、そんなつもりはないです」
「それなら、それで良いじゃん? ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、嬉しかったんだから、私は。でも勘違いしちゃダメだよ? 図に乗っちゃ嫌だよ? 意味分かる?」
「それは、何と言うか……ありがとうございます、桜島さん」
「よろしい♪」
――私は、嘘付き? 天の邪鬼?
素直じゃないという意味では多分、どちらも間違っていないと思う。鼎とみんなに大切にされて、私が嬉しくないはずなんて無いじゃない。
「それじゃ、鼎。リビングに行ってお客さんの相手をしてきて」
寝そべったまま小さく手を振る私に、鼎がまだそばに居たいというような顔をした。でも――
「早くいかないと、変なことしているって誤解されるわよ?」
私の言葉に、鼎が苦笑する。
「あ、それは嫌です。両親と酔っ払い達のネタにされるでしょうし」
「それなら、行った、行った! 私の方は大丈夫だからさ♪」
「ありがとうございます。何かあったら、すぐに声をかけるか携帯を鳴らして下さい」
「了解♪ 咲希ちゃんと従妹さん達にも、優しくしてあげてね」
「ええ。伝えておきます」
そう言うと、鼎は私の頭を撫でてから、ドアの向こうに消えて行った。何て言うのかな、こういう気持ち。思わず笑顔になってしまう。
今日だけでこんなにも色々あったのだから、明日も楽しみだ。
待っていろよ、奄美の大自然。今回の沙織ちゃんは、ちょっぴっとだけ貪欲なのだ。
(第18話_桜島さん編_奄美大島の森の生き物観察ツアーに続く)




