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第15話_七月二〇日「海の日」を前に

~七月二〇日「海の日」を前に~



七月の第三週の土曜日。

夏風邪と筆記テストとレポート提出という怒涛の試験期間が終わり、いよいよ今日から大学が夏休みに入る。長かった。本当に、この十数日は長かった。とはいえ、今日までの手ごたえや、すでに掲示された情報では、無事に全科目の単位修得が出来そうだ。



塾講師のアルバイトを終えて、夕食を桜島さんと食べ終わったのは夜の二〇時過ぎ。今日は僕の当番だから食器を片付けていると、桜島さんがぼそりと呟いた。

「しゅ、しゅーくりーむ分と、おっ、温泉分が足りない、んだなぁ……」

どこの画伯なのだろうという突っ込みは置いておく。



「シュークリームですか?」

「そう、美味しいシュークリームに含まれていると言われる、魅惑の甘味成分『しゅーくりーむ分』が、今の私には絶対的に足りていないの。あぅっ、きっ、禁断症状がっ――」



笑いながら桜島さんがぷるぷると小刻みに震える。ベタな演技だけれど、何だか、それが可愛い。桜島さんは、この試験期間中に「ス・ト・レ・ス・発・散!」とか「脳にブドウ糖を補給するのよ!」とか言って甘いモノを大量に食べまくっていたから、食後のお菓子が習慣になってしまったのだろう。



「桜島さん、甘いモノばかり食べていると、本当に太りますよ?」

「ん? 大丈夫よ。私、脂肪は胸にいくタイプだから♪」

さらっと桜島さんが暴言をはく。



「そういうこと、外で言ったら、世の中の女性を敵に回しますよ?」

「分かってる。鼎が相手だから言うのよ。それに、鼎も、大きな胸は好きでしょ?」

悪戯っぽい笑顔で桜島さんが僕に視線を送る。いや、嫌いじゃないけれど……。

その両手は胸の下で組まれていて、桜島さんの豊かな双丘が強調されている。ノーブラだから薄いTシャツ越しにチャームポイントが浮かびあがって――じゃない。危うく視線を胸に固定してしまうところだった。



「桜島さん、僕をからかうのは止めて下さいよ。一応、これでも健康な年頃の男なんですから」

「知ってる。でも、鼎が私のことを大切にしてくれているのも知っているから、それが確認できるのが、とても嬉しいの♪」

無邪気な笑顔で言われてしまうと、僕は草食系どころか「絶食系紳士」でいるしかない。まぁ、大学卒業まであと三年半くらいあるから、ぼちぼちゆっくりで良いとは思うけれど。



話を戻そう。これ以上この話題を続けるのは、桜島さんと今夜一緒に寝るのが辛くなりそうだから。

「で、桜島さんが美味しいシュークリームを食べたいのは分かりましたが、温泉分って――温泉に行きたいんですか?」

「そう。たまには大きなお風呂に入りたいなぁと思ってさ。あと、電気風呂のピリピリ痺れる感覚が今の私には足りていないの。多分、きっと、絶対!」

なぜか拳を握り締めて、力説する桜島さん。びりびりする電気風呂が好きだなんて、おばあちゃんみたいなことを言うなぁ――なんて口が裂けても言えない。じろりと桜島さんに睨まれたのは、多分、気のせいだ。ということにしておこう。



「えっと、桜島さんが、欲求不満になっているのは分かりました。でも、家の近くに電気風呂のある温泉ってありましたっけ?」

「ううん、近くには無いからバイクで行くことになる。んで、どうせバイクに乗るなら、比較的設備が広い『緑ヶ丘温泉』に行こうかなと思うのだけれど――鼎も、それで良い?」

「僕も同行しないといけないんですね」

温泉に行くことはやぶさかではないけれど、家でのんびりしたい気分でもある。冷房のきいた部屋の中から出たくないというわけでは決して……いや、多分ない……はず。



そんな僕に桜島さんが唇を少し尖らせる。

「折角だもん、一緒に行こうよ~? 私は鼎と行きたいよぉ~」

こういう小さな我儘を言う桜島さんは正直、嫌いじゃない。桜島さんは他人に対する外面が良いのに、さっきのシュークリーム分の話も合わせて、僕だけにはこうして甘えた顔を見せてくれるのだから。



「分かっていますよ、桜島さん。それじゃ食器洗いも終わりましたし、僕も温泉に行く準備をしますね」

「うん。私も着替えとか準備してくる」



バタバタと準備して――一〇分後。

二人分の着替えとタオルが入ったリュックを背負って、桜島さんの運転するバイクで温泉へ向かった。夏休み最初の週末だからか、比較的、道路には車が多い。



  ◇



「それじゃ、二二時一五分に待ち合わせね」

「了解です。多少、長くなっても良いですからね」

「ありがと、鼎♪」

ばいばいと手を振った笑顔の桜島さんと暖簾の手前で別れて、僕は男湯の脱衣所に入る。



手早く服を脱いで、浴室へ進む。夜の二一時少し手前だというのに、それなりの人でにぎわっていた。鹿児島市内にはいくつも温泉があるけれど、ここも天然温泉で掛け流しだと説明板に書いてあったから、人気があるのだろう。



身体を洗って、湯船に浸かって、サウナに入って……掛け湯をしてから、露店風呂に向かう。二重のドアを抜けると、夏なのに外気がひんやりと感じられた。

小さな露天風呂には、白髪のおじさん達――多分、六〇歳くらい? ――が二人入っていた。片方のおじさんと目線が合ったから、軽く会釈して湯船に入る。

肩までお湯につかって、上を見上げると星が綺麗に輝いていた。夜空に竹が揺れる音が響く。



それと同時に、おじさん達の話している声も聞こえてきた。

「今日も大漁だったなぁ」

「ああ、天ぷらや刺身にちょうど良いサイズだったし、うちの母ちゃんも喜んでいたよ」

「明日はどうする?」

「しばらくは今日の分があるから、俺は止めとくよ」

「そうか。んじゃ、俺も休みにしようかな」

おじさん二人が苦笑した。



「魚釣りですか?」

僕がいきなり話しかけたから驚いたのだろう、おじさんの一人がびくっと反応した。

いや、なんだか、すみません。天ぷらとかお刺身とか聞いたら、食欲――もとい興味が湧いてしまったんです。



そんな僕の気持ちが通じたのか、片方のおじさんがにこっと笑う。

「兄ちゃんも、釣りをするのかい?」

「はい、たまに海とか川とか。もちろん、食べる方も大好きです」

「あははっ、そりゃ良いな。で、兄ちゃんは学生さんかい?」

「そうです。今、大学一年生で、今日から夏休みに入ったばかりです」

「おお、夏休みか。いいなぁ、若い頃の夏休みは一回きりだから、大切にするんだぞ?」

「そうそう。若い頃はたくさん遊ばないとな」

何かを思い出すようなおじさん達。それに僕は笑顔を返す。



「もちろんです。ところで、今日は何が釣れたのですか?」

「メインはシロギスだよ。外道でメゴチとかハゼとか」

「シロギス、もうシーズンなんですか?」

「今年は、いつもより早いよ。サイズ的にも数的にも当たり年だ」

そう言いながら、おじさんが両手の人差し指を立てて一五センチから二〇センチくらいだと教えてくれる。

「今日は一日で一〇〇匹以上釣れたよ」

「大漁ですね~」

僕の少し砕けた言葉に、二人が笑う。



「大漁だよ~」「良いだろ~」

三人で笑い合う。この雰囲気なら、この質問をしても大丈夫だろう。

「もし、可能でしたら、ポイントを聞いても良いですか?」

「そうだなぁ……」「うぅむ……」

あら、ダメだったか。気まずい雰囲気になるのは嫌だから、ここは冗談だったということで流そう。そう思った瞬間だった。



「まぁ、隠すような場所じゃないし、良いか?」

「そうだな、別に兄ちゃん一人が増えるくらいなら大丈夫だろう」

おじさん二人が頷く。

そして教えてもらったポイントは――『磯浜海水浴場』から南に少し歩いた場所ということだった。その日の潮の流れや天気によって釣れる場所が変わるらしく、歩きながらその日のポイントを探ると良いとアドバイスをくれた。



その後もおじさん達としばらく世間話をしてから、露店風呂を出る。

浴室の壁に掛っている時計を見たら、二二時五分を少し過ぎていた。

そろそろ、お風呂からあがろう。



  ◇



着替えて外の共用スペースに出たけれど、桜島さんの姿が見えない。多分、まだ温泉に入っているのだろう。自動販売機でジュースでも買って待つことに決めた。



最近、マイブームになっている南九州限定販売の紙パック乳飲料「ヨー*ルッペ・二〇〇ミリリットル」を飲みながら、テレビを見て待っていると桜島さんが出てきた。

「鼎、お待たせっ♪」

ご機嫌な桜島さん。いつも家で見慣れているはずなのに、外でお風呂上がりの桜島さんを見るとドキリとするのは何故なのだろう? 白い肌に赤みがさしていて、濡れた香りが艶っぽい。



とはいえ、ずっと見惚れているわけにはいかない。ばれると絶対、桜島さんは図に乗るし。

「温泉分は補給できましたか?」

「もち。一〇日分くらい補給出来たかな」

「それじゃ、一〇日したらまた来ないといけないですね」

「うん、鼎は、分かっているじゃない♪」

嬉しそうに桜島さんが微笑む。そして僕が手に持っていたヨー*ルッペをさらりと回収して、ストローを口に運ぶ。



「桜島さん、自分の分は自分で買って下さいよ」

「あら、良いじゃない。間接キスよ? ダメ?」

「小学生みたいなこと言って誤魔化さないで下さいよ」

「うるぅる、うるぅる……」

「口で『うるぅる』言って泣き真似してもダメです。――って、もしかして――」

「もう飲み終わっちゃった♪」

てへ、っといった感じの笑顔を作って、桜島さんが言葉を続ける。

「もう一個買って来るから、また半分こしよ?」



そう言うと、桜島さんは僕の返事を待たずに自動販売機へと向かって行った。……もう、本当に桜島さんは仕方ない。そう思いながらも微笑んでしまっている自分に気付いた。



  ◇



「ねぇ、鼎。さっきのおじさん達は、会釈していたけれど、誰だったの?」

バイクを運転しながら、ヘルメットに付属しているマイク越しに桜島さんが僕に聞いて来る。僕らが温泉の待合室にいた時に、露店風呂のおじさん達が小さく声を掛けてから帰って行ったのだ。



「露天風呂で仲良くなった方です。名前は知らないんですが、シロギスが釣れるポイントを教えてくれたんですよ」

「へぇ、シロギスかぁ~」

桜島さんが興味有るという声を返してきた。

「今年は当たり年らしくて、今日だけで一〇〇匹以上釣れたって言っていましたよ」

「いいわね。ポイントとか教えてもらったの?」

「そこはバッチリ聞いておきました。ちなみに、バイクで行ける鹿児島市内です」

「どこどこ? もったいぶらずに教えてよ」



「磯浜海水浴場から南に二〇〇メートル程進んだ場所だそうです」

「磯浜か~。あそこなら、駐車場もあるし、水道もあるし、便利よね。……鼎、明日はショッピングの予定だったけれど、魚釣りにしない?」

声だけで、桜島さんがおねだりする時の顔になっているのが分かる。勝手な想像だけれど、多分、目がキラキラ輝いているのだろうなと思う。

「そう言うと思いました。桜島さんが良いのなら、僕も良いですよ。実際、近いうちに釣りに行きたいなって思っていましたから」



「ありがと♪ 天ぷらもお刺身も塩焼きも良さそうね」

「天ぷら、良いですね」

「目指せ、二人で一〇〇匹ってところかな?」

「一人五〇匹も食べられませんよ。せいぜい一人二〇匹もあれば満足出来ると思いますし」

「鼎、忘れているわよ? バイクで行くと荷物がかさばるから、車で行かなきゃ。うちの親の車を借りるんだから、おすそわけしないとダメでしょ?」

桜島さんがたしなめるように言葉を口にした。



「あ、そうですね。それなら、やっぱり一〇〇匹くらい釣らないとダメですね」

「そう言うこと。それじゃ、早速、うちの実家に寄って、仕掛けが足りるか確認するわよ」

「でも、今から行っても大丈夫ですか? 今から向かったら、着くのは二三時頃になりますが……」

「それもそうだけれど……なら、ちょっと待って。一度、実家に連絡入れてみるから」



そう言うと、桜島さんはバイクを停めるために、コンビニの駐車場にバイクを入れた。



  ◇



朝の六時ちょうどに、僕らは磯浜海水浴場に到着した。

まだ比較的早い時間だというのに、海岸には犬の散歩をしている人が数組いる。

「それじゃ鼎、早速、荷物を持って移動するわよ」

ご機嫌な桜島さんは、右手にはリール付きの釣竿を持って、左手には途中で買ったゴカイが入った容器を持っている。ちなみに背負ったリュックにはお弁当と飲み物が、ウェストポーチには予備の仕掛けが入っている。日焼け止めと帽子と偏光グラスは必須。僕も大体同じような装備だけれど、あえて言うなら、保冷剤の入った二五リットルのクーラーボックスを持っているところが違うくらいだ。



「とりあえず、他の人の邪魔にならない場所まで、移動しよ?」

桜島さんの言葉に頷く。

「はい。南に向って最低一五〇メートルは歩かないといけないですね」

駐車場の目の前で釣っても釣れないことはないのだろうけれど、針と重りがついた仕掛けを投げて釣るのだから、なるべく周りに人が来ないような位置まで移動するのがマナーだと思う。



テンションの高い桜島さんと、どっちが多く釣れるか競争しようという話をしているうちに、駐車場から二〇〇メートルくらい離れた場所にやって来た。ここら辺から南なら、他の人の迷惑には、そんなにならないだろう。

「それじゃ、鼎、頑張ろうね」

桜島さんが僕に声を掛けて、三〇メートルくらい離れる。お互いにオーバースローで投げるとはいえ、相手に怪我をさせないためにも余裕を持って離れていた方が良いから。



仕掛けを結んで、餌をつけて、まずは軽く一投げ。昨日のおじさん達の話だと、あまり遠くに飛ばさなくても十分釣れるとのこと。大体二〇メートルくらいで大丈夫だと言っていた。

仕掛けが着水した後、一〇秒数えてからゆっくりとリールを巻く。四回巻いたところで、アタリが来た。仕掛けは三本バリだから、一呼吸置いてからリールを早めに巻く。ぴくぴくとしたアタリが続く。



波打ち際の波に巻かれて魚が外れないように注意しながら取りこむと、綺麗なシロギスが三匹掛っていた。大体一〇~一五センチくらい。天ぷらにちょうど良いサイズだ。

「桜島さん、釣れましたよ~」

「鼎、私の方も釣れたわ♪」

桜島さんとクーラーボックスの前で合流する。



「大体、何メートル位で釣れた?」

「目算ですか、僕は二〇~一五メートル位で釣れました」

「大体、私も一緒。あまり投げなくても大丈夫そうね」

「はい。釣れるうちは近場で釣った方がよさそうです。釣れなくなったら遠投する方針で」

「それが良いわね」

桜島さんと話しながら、魚を外して、クーラーボックスに入れる。今日は数を競うということだったから、桜島さんとは別の袋に入れた。



「この調子で頑張りましょ」

「もちろんです」

桜島さんと笑顔を交わしてから、再び距離を取る。

さっきと同じポイントに餌を投げ入れて――一〇秒待たずにアタリが手に伝わって来た。手早くリールを巻いて、シロギスを取り込む。視線を感じて目を向けると、桜島さんが自慢げに魚を持っていた。目測だけれど、多分、二五センチを超えているんじゃないだろうか? 僕も負けられない。



  ◇



昼食の「おにぎりタイム」をはさみ、結局、餌のゴカイが無くなるまで釣りを続けた。

僕の右手の腕時計は一四時半を示している。釣果は多分、桜島さんとほぼ互角だと思う。「多分」が付くのは、外道も合わせて軽く一〇〇匹を超えているけれど、詳しい数を数えるのは桜島さんの実家に帰ってからにすることになっているから。



さて、桜島さんのお父さんとお母さんが、僕らの帰りを待っている。今日は一緒に夕食――シロギスパーティー――をすることになっているから。



  ◇



桜島さんの家に着いた。

家の呼び鈴を鳴らしてすぐに桜島さんがドアを開ける。

「お父さん、お母さん、ただいま~」

「おじゃまします」



車の音が聞こえていたのか、ちょうどリビングから桜島さんのお母さんが出てくるところだった。

「二人ともおかえり。たくさん釣れたんだって?」

「そうだよ、お母さん。多分、一〇〇匹は釣れたと思う」

「それはすごいわね。スーパーの売値で考えたらいくらくらいかしら? 二〇〇〇円から三〇〇〇円くらい?」

「お母さん、そういう表現は止めておいてよ。魚釣りはプライスレス。餌代とか仕掛け代とか考えちゃいけないの!」



「はいはい、そういうことにしておきましょ。鼎君も、上がって、上がって。お母さんも今日は頑張って鼎君の好きな人参ケーキを焼いたんだから♪」

「ありがとうございます」

「鼎~、まずは手洗いとうがいをしてから、魚を冷蔵庫に入れるわよ? 数も数えなきゃいけないし」

「はい。でも、雪さんのケーキを食べたいから、手早く済ませましょうね」

「もちろん了解♪」

靴を脱ぎながら桜島さんが頷く。



ちなみに、桜島さんのお母さんは、「おばさん」と呼ぶと返事をしてくれない。「雪さん」と名前で呼ぶと嬉しそうな顔をしてくれるのだけれど。



「お義父さんはリビングですか?」

「そうよ、鼎君。二人の到着を、首を長くして待っていたから」

「それなら、お父さんもお出迎えしてくれれば良いのに」

「変なところで見栄を張りたいのよ」



そんなことを話しながらリビングに向かう。ソファーに座ってTVを見ていた桜島さんのお父さんが、すぐにいつもの笑顔を僕に向けてくれる。

桜島さんのお父さん達とは、二~三週間に一回の頻度で食事を一緒にしている。とても良くしてくれるから、僕も大好きだ。

「今日も、おじゃまします」

「鼎君、こんにちは。いっぱい釣れたんだって?」

「はい。お刺身に天ぷらに塩焼きまで、フルコースが可能です」

「それは楽しみだな♪」

「お父さん、今日は三一センチある大物も釣れたんだよ。見てみる?」

桜島さんの言葉に、桜島さんのお父さんが頷く。



クーラーボックスを開けて、桜島さんが自慢げに中を見せる。

「おお、これは凄いな」「大きいわね~。それに、数もたくさん」

桜島さんのお父さんとお母さんの声が重なる。

「一番大きなのは鼎が釣ったんだけれど、次に大きいのは私が釣ったの♪」

「そうか。これは、夕食が楽しみだな」

「大きいのはお刺身にして、小さいのは天ぷらにするわ」

自慢げに笑う桜島さんが、なんだか可愛く見えてしまった。



  ◇



魚の数を数えた結果――桜島さんがシロギスを六八匹にメゴチを一二匹、ハゼを六匹釣っていた。一方僕はシロギス六四匹にメゴチ一八匹、ハゼを一〇匹。今回の勝負はシロギスの数で競うことになっているから、桜島さんの勝ちだ。



「それじゃ、鼎にはジュースをおごってもらおうかな♪」

「了解です。コンビニのグアバジュースで良いですか?」

「う~ん、マンゴージュースも捨てがたい」

「両方買うのも有りですよ?」

「本当!? 鼎、大好き♪」



ふと背中に感じた視線。ゆっくりと振り向くと、にやにやした微笑みを桜島さんのお父さんとお母さんがしていた。……まずい、ちょっと恥ずかしいかも。



  ◇



四人で人参ケーキを食べてから、片づけをした後に魚を手早く捌いていく。桜島さんのお母さんが手伝ってくれると言ったけれど、キッチンのスペースの関係で僕と桜島さんに任せてもらうことになった。



いつも手料理を食べさせてくれるのだから、今日くらいは僕らがいつものお礼を兼ねて夕食を作りたいと言ったら、とても嬉しそうな顔をしてくれたし、頑張って料理を作ろう。



  ◇



時計の時間は午後一八時。

リビングのテーブルの上には、お刺身、天ぷら、塩焼きが乗っている。あと、それに加えて変化球でカルパッチョと骨煎餅も作ってみた。



「さて、それじゃ食べますか」

桜島さんの言葉で全員が手を合わせる。

「「「「いただきます」」」」

僕と桜島さんと桜島さんのお父さんとお母さんの声が、重なった。



何というか、こういう温かい雰囲気が、僕はとても大好きだ。


(第16話_桜島さん編_土用の丑の日うなぎ釣りに続く)

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