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第9話_屋外ビオトープとケーキバイキング

~屋外ビオトープとケーキバイキング~



それはお店で指宿店長と話している時だった。

「ビオトープって簡単に作れるわよ? 水の漏れない入れ物を用意して、お店で売っている水生植物用の土を入れて、田んぼの土を一掴み入れて、水辺の植物を植えて、後は日光にあてて珪藻やミジンコが湧くのを待つだけ」



指宿店長が言葉を続ける。

「トンボが飛んでくるかもしれないし、カエルが卵を産みにやってくるかもしれない。色々な変化を楽しむのがビオトープだと私は思う――ってことで話は飛ぶんだけれど、鼎君、一日だけの短期アルバイトしてみない?」



どこか楽しげな表情をした指宿店長からの提案。その内容を聞いて、僕はすぐにOKをした。



  ◇



六月の第一週の日曜日、午前八時半。

夏も近付く晴々とした青い空の下、僕と桜島さんはオフロードバイクに乗って、鹿児島市の甲突川近くの某公園へとやって来ていた。



当然だけれど運転手は桜島さんで、僕は桜島さんの背中に抱き付いているお荷物な状態。満開の青いアジサイが連なっている駐車場の端っこには、「グリーンファンタジスト与次郎店」のロゴが描かれたライトバン。指宿店長は僕らよりも先に到着していたらしい。



桜島さんがライトバンの横にバイクを停める。「関係者駐車&駐輪場」とコーンが立っているから、スペース的には広過ぎる気もするけれど、バイクを停めても大丈夫だろう。……多分。



そんなことを考えながら、地面に降りて、ヘルメットを脱ぐとライトバンの運転席から指宿店長が出てきた。

「二人とも、おはようさん♪」

「「おはようございます」」

僕と桜島さんの言葉が重なった。指宿店長がにっこりと微笑む。



「イベントでは、がっちりと働いてもらうから、そのつもりで頑張ろうね♪」

今日は公園の水辺ビオトープの公開式典が開かれる。

二ヘクタール以上ある広大な森林公園の中に、グリーンファンタジストが地元のNPOや鹿児島市と協力して五〇メートル×三〇〇メートルの範囲にビオトープを作ったのだ。

ビオトープの完成を祝う公開式典の後には、ビオトープにクロメダカやミナミヌマエビを放流するイベントがあり、鹿児島市内およびその近郊から六〇組の親子が訪れることになっている。

鹿児島市長や報道機関の人達も式典に訪れるらしいから、ちょっと緊張。



「今日のイベントスタッフが、あともう一人、来るはずなんだけれど――」

指宿店長が時計を見ながら呟いた。そこに、遠くから軽快な車の排気音が聞こえてくる。

「あ、来たかな♪」

駐車場に入って来たのは黒色の小さなスポーツカー。黄色ナンバーだから軽自動車なのだろうけれど、大きな羽が後ろに付いていた。

運転しているのは女性。――と、桜島さんのバイクの隣にその車が停まる。運転席から女の人が降りてきた。



「皆さん、遅れてすみません」

どこかで聞いたことのある声。栗色のショートボブに楕円形の黒フレームの眼鏡。糸みたいな細い目だけれど、それはどこか優しい雰囲気。この人は――

「小泉さん?」

僕の声に、小泉さんが反応する。そして、意外そうな表情で、にこっと笑った。



「鼎君? えっ、うそっ、今日の助っ人って鼎君だったの? うわぁ~、嬉しいなぁ~♪」

「僕も嬉しいです。まさか小泉さんとまた会えるとは思っていなかったので。最近も、お仕事忙しいんですか?」



小泉さんは、全国の水産会社や水族館で施設管理のサポートの仕事をしている。結婚相手は「お仕事」と言うくらいに仕事大好き人間で――前に会った時も、神奈川県や北海道に出張しないといけないと話していた。

僕が小泉さんに一目惚れして告白したのは、ちょっぴり苦い過去。

今、僕が桜島さんと付き合っていなかったら、多分苦手意識を持ってしまって、こうして普通に会話することは出来なかったかもしれない。



「私のお仕事は、すっごく×すっごく忙しいよ? でも、それが楽しくてね~♪」

「あはは……良かったです。最近は、どんな所に行っているんですか?」

「ん~、そうだなぁ……お隣の宮崎県とか熊本県とかの水産会社は良く行っているし、ちょっと遠いところだと大阪とか名古屋にも行ったわ。そしてね、なんとお姉さん、ブラジルのマナウスにもお仕事で行っちゃったの!」

「ブラジルですか!? アマゾン川とか見ましたか!?」

「見た見た。本っ当、感動するくらい広かったわよ。おまけに軽飛行機で空からネグロ川とソリモインス川の合流地点『エンコトロ・ダス・アグアス』も見たの~♪」

「良いですね、僕も行きたいで――ごふっ!」

激痛に思わずむせてしまった。

僕の横腹に桜島さんの「抜き手」が決まっていた。



桜島さんが怒ったような声で聞いて来る。

「鼎~、私と店長ほっぽり出して、女の人と仲良く話し込むなんて良い度胸じゃない? 私にも紹介してよ?」

桜島さんの視線が痛い。指宿店長は、にやにやと嬉しそうに笑っている。……。指宿店長、多分、僕と小泉さんの関係を全部知っているのだろうな。



目線を逸らして小泉さんを見ると、きょとんとした表情。――あ、今、全てを理解したという表情に変わった。

「嘘? え、えっと――鼎君、彼女が出来たんだ?」

困惑した表情の後に、どこか嬉しそうな顔になる小泉さん。それがちょっと寂しい――と感じそうになった自分の感情に気付かないことにする。だって、僕には桜島さんがいるのだから。



「はい、僕の自慢の彼女です」

「うふふっ、しっかり者の彼女さんみたいね~♪」

そう言ってにこっと笑うと、小泉さんが桜島さんの方を向く。



小泉真帆こいずみ・まほです。グリーンファンタジストの法人営業部に所属しています。今回は、ビオトープの施工担当者代理として、式典に参加させて頂きます。よろしくお願いします」

そう言うと、小泉さんは深々と頭を下げた。桜島さんもそれにつられて礼を返す。

「私は桜島沙織です。大学一年生で、グリーンファンタジスト与次郎店でアルバイトをしています。今日は、色々とあると思いますが、よろしくお願いします」

桜島さんの言葉に、小泉さんが頷く。



「桜島ちゃんって言うのね。花ちゃんは厳しいんじゃない?」

「花ちゃん?」

桜島さんが不思議そうな表情を浮かべる。小泉さんが小さく笑って口を開く。

指宿花いぶすき・はな。自分のお店の店長さんの下の名前、知らなかったの?」



指宿店長がちょっと顔を赤らめながら声を発する。

「ちょ、真帆! お店では指宿店長なんだから、私の下の名前のことは良いじゃない!」

「花ちゃん、自分の名前が可愛い過ぎるからって、従業員の子にも秘密にするのは良くないよ~」

小泉さんが悪戯っぽい笑みを浮かべながら、指宿店長を右手で軽くぺしぺし叩く。指宿店長がそれをうるさそうに振り払う。

「花ちゃんって言うな。今日は真帆も私の指示に従ってもらうのだから、指宿店長と呼べ!」

珍しく余裕の無い指宿店長の声。顔も若干赤くなっている。



「え~、高校時代から一〇年以上も友達なのに、今日は花ちゃんって呼んじゃダメなの?」

「仕事が終わるまでは、ダ・メ・だ」

「わ・か・り・ま・し・た・指宿店長~♪」

「分かればよろしい。――んじゃ、全員そろったところで今日の式典の流れを確認するぞ」

真面目な表情で、指宿店長が口を開いた。僕も頭を切り替えてお仕事に集中しよう。



  ◇



指宿店長が今日のスケジュールが書かれた紙を僕らに配って、説明を始める。

「この公園のビオトープは、グリーンファンタジストに設計・施工・管理が委託されているの。今日の皆のお仕事は、ビオトープの公開式典への参加と、その後にあるメダカの放流会の運営よ。公開式典の挨拶と参加は真帆と私がするから、桜島ちゃんと鼎君はその間に放流するメダカ達を小さなバケツに小分けにしておいてちょうだいな」

渡されたプリントには「親子六〇組+関係者二〇人が参加。一つのバケツにメダカ三〇匹、ミナミヌマエビ二〇匹を入れる」と書かれている。



「店長、参加者の増減はありそうですか? 増えてしまうと、バケツが足りなくて困りますよね?」

桜島さんの質問に指宿店長が頷く。

「一応、事前申し込み制にしてあるから、減ることはあっても数が増えることはないと思うよ。でも一応、バケツは一〇〇個用意してある。とりあえず八〇個に生体を入れておいて、万が一、足りない場合には追加でバケツに入れれば良いと思うの」

「ということは、生体は多めに用意されているってことですね?」

僕の言葉に指宿店長が胸を張る。



「そう。メダカは四〇〇〇匹くらい用意しているわ。イベントの後に、希望者には無料でメダカを配布することにしてあるし」

「店長、無料で配るんですか?」

桜島さんが不思議そうな顔をする。

お店ではクロメダカが一匹一〇〇円するのは僕も知っている。

「ここでメダカを配ったら、うちのお店に水槽を買いに来てくれると思わない?」

悪戯っぽく指宿店長が笑う。こういうところが指宿店長は商売上手。桜島さんも納得がいったような顔をした。

「分かりました、店長。良いアイディアです♪」



「んで、桜島ちゃんと鼎君には、バケツと一緒にこの資料を配って欲しいの。鼎君が子どもにバケツを渡す係、桜島ちゃんが保護者に資料を渡す係で良いかな?」

そう言って指宿店長が、車に積まれたパンフレットを数冊手に取って僕らに一部ずつ配る。



大きく「クロメダカ五匹無料」と書かれた引換券がホッチキスで留めてあるパンフレットには、ビオトープの全体図や棲んでいる生き物、ビオトープの作り方などが描かれていた。パンフレットの最後に、メダカの水合わせや飼育方法と合わせて、無料飼育相談先という名目で、ちゃっかりとお店の広告を載せているあたりも指宿店長の商売の上手さを感じてしまう。



  ◇



「指宿店長、今回の水辺ビオトープはかなり大がかりですね」

僕の言葉に指宿店長が笑顔になる。

「うん、二年計画で進めてきたから。でも、その分楽しかったよ」

指宿店長は、鹿児島市との協働事業でビオトープを作るために、一年以上かけて地元の農家やNPOと組んで休耕田でクロメダカやミナミヌマエビ、ビオトープに植える水辺の植物の養殖や栽培をしていたらしい。それはすべて生態系を壊さないため。遺伝子汚染にならないように、公園のビオトープに放す生き物は全部、甲突川水系で採れたモノを殖やして入れることにしたそうだ。



「だって、生き物のプロが生態系を壊すようなことをしちゃうのは不味いでしょ?」

にっこりと余裕の表情で指宿店長は言っていたけれど――その心意気に尊敬してしまう僕がいた。指宿店長のお店が、ただの利益重視のペットショップじゃないのだなと改めて実感できたから。



  ◇



打ち合わせが終わって――魚の引き渡しブースまで、発砲スチロールに入れた生体とバケツを移動させて――水合わせをして――あとは、バケツに小分けにするのみという状態にして――諸々の準備を終えたのが午前九時二〇分。



式典は一〇時からだけれど、気の早い親子連れがビオトープの周りにちらほら見えている。三〇センチ水槽でクロメダカとミナミヌマエビの水草水槽を展示してある僕らのブースにも、興味津々な表情で二組の親子連れが来ていた。メダカの飼育方法を聞かれたから、それに笑顔で対応する。

「クロメダカって黄色い普通のメダカと違うんですか?」

「メダカの餌って、ご飯粒とかでも大丈夫ですか?」

「この水槽だと、いくら位で買えるんですか?」

その一つひとつに丁寧に答えていく。満足げな表情の親子連れは「帰りにメダカを貰いに来ますね」と言って帰って行った。



ふと、目線を上げると――遠くに見える指宿店長と小泉さんは、運営スタッフらしき人と打ち合わせをしている。あっちも忙しそうだ。



  ◇



ひとしきり参加者の対応をしていたら、誰もいなくなって桜島さんと二人きりの時間が出来てしまった。桜島さんが、僕の隣に立って、口を開く。

「ねぇ、小泉さんとはどんな関係だったの? 仲良さそうだったけれど?」

さりげない様子だけれど、しっかりと嫉妬の炎がメラメラと燃えているのを感じてしまった。こういう桜島さんは珍しい。何と言ったらいいのだろうか?

流石に「小泉さんに一目惚れして告白したら、即座に振られた関係です」とは言えない。



「えっと、僕が引っ越してきた時に、飼育部屋の水槽や配管のチェックをしてくれた人です。あんな感じの気さくな人ですから、すぐに仲良くなれて――」

「女性恐怖症の鼎らしくないわね?」

うっ、それを言われると言葉に詰まってしまう。今日の桜島さんは何だか、いつも以上に鋭い。

「……多分、うちの姉に雰囲気が似ているから大丈夫なのだと思います。笑いながら人のパーソナルスペースにガンガン入り込むような人ですから」

「鼎、お姉さんがいるんだ?」

「あれ? 沙希から聞いていませんでした?」



「う~ん、聞いた覚えがない――いや、ちらっと聞いたかもしれない。年齢の離れているお姉ちゃんがいるって。でも、鼎に言われるまで思い出さなかったくらいだから、あまり詳しくは聞いていないけれど」

「うちの姉、鹿児島県の外に進学してから殆ど奄美の実家に帰っていないので、そのせいかもしれませんね。あと、咲希は反抗期らしいから、そういうところも関係しているのかもしれません」

「咲希ちゃんが反抗期? まさか。とっても良い子だったわよ?」

意外そうな顔で桜島さんが言った。

「桜島さんのことは特別です。素敵なお姉さんって感じで、咲希は桜島さんのことを尊敬していますから」



「――っていうかさ、今更だけれど、鼎の家族やきょうだいってどうなっているのか教えてよ?」

「逆に聞きますけれど、桜島さんは一人っ子ですよね? んで、ご両親と同居していると」

「そうね。あとは祖父母が、両方とも鹿児島市内に住んでいることくらいかしら。鼎の家はどんな感じ?」

「うちは両親と姉と妹です。うちも祖父母は両方とも元気で、父方の祖父母が奄美に、母方の祖父母が神奈川に住んでいます」

「お姉さんの年齢は? 咲希ちゃんは小学校五年生だったけれど」

「大学三年生で今年は確か二一歳です。熊本で日本画の勉強をしています」

「へぇ~、美術系なんだ? 絵が上手なの?」

「ええ、僕も詳しくは知らないのですが、ふすま二枚分くらいの大きな絵を描いているみたいです。ちょっと――いや、かなり変わった姉ですけれど」

「機会があったら、紹介してね?」

「もちろんです」



桜島さんが笑う。何とか、誤魔化せ――

「で? 小泉さんのこと、何か隠していない?」

「え? いえ、何も?」

桜島さんがほっぺたを膨らませる。

「まぁ、別に良いけど。浮気したら――」

桜島さんが息を吸い込む。そしてぼそりと呟いた。

「――後がひどいよ?」

この脅し文句。……。浮気を疑われる行動すら、絶対無理だなと本能的に感じた。

僕はドメスティックでバイオレンスなケンカは嫌だ。



  ◇



ビオトープの公開式典が始まり、僕らのブースにもマイクごしの声が聞こえてくる。

「ビオトープとは「生物の生息空間」という意味で使われます。水辺だけでなく、その周囲の草地や林も、生物がすむには大切な空間なのでビオトープと呼びます。今回の水辺の完成にあたり――」

環境保護のNPOの代表が話をしている。話が長そうだから、僕らの出番はまだ先になる予感。



  ◇



公開式典が終わり、放流式に移る。

指宿店長の誘導で親子連れの列が順番に、僕らのブースの前でバケツと資料を受け取り、通り過ぎて行く。僕も、笑顔で丁寧かつ迅速さを心がけて、小泉さんに手伝ってもらいながらバケツを渡していく。子ども達はバケツの中のクロメダカやミナミヌマエビに興味津々。受け取ったその場で立ち止まる子が多い。それを緩やかに桜島さんが誘導しつつ、笑顔で資料を手渡していく。



  ◇



親子連れが水辺の所定の位置に着いたのを確認した後、拡声器を持った指宿店長が親子連れに話しかける。

「それでは、カウントダウンで放流をして下さい。行きますよぉ~♪」

ノリノリの指宿店長が指で数字の三を作った。



「「「三――二――一――」」」

親子連れの声が重なる。そして――

「「「〇っ!」」」

子ども達の歓声と同時に、ばちゃばちゃと跳ねる水音。



合計三〇〇〇匹以上のメダカとミナミヌマエビがビオトープに放流された。事前にビオトープの水を使ってブースの裏で水合わせをしておいたおかげで、目に見える範囲では、どのメダカも元気に泳いでくれている。

放流したとたん魚がお腹を見せてショック死したなんていう大惨事は回避できた模様。指宿店長がほっとしたような表情を浮かべたのが分かってしまった。



  ◇



式典の後、ブースの片付けが終わったのは午後の一二時半を過ぎた時間だった。

「それじゃ――この四人で打ち上げ行こうか♪」

うきうきとした声を上げながら、両手を叩いて指宿店長が言った。小泉さんと桜島さんが驚いたような表情を浮かべる。

「打ち上げって、花ちゃん――この二人は未成年でしょ? お酒飲ませられないよ~?」

「そうです。私と鼎は未成年ですよ?」

何となく感じるのだけれど、この二人は気まずい雰囲気。小泉さんは大人の対応をしているけれど、桜島さんが若干よそよそしい態度をとっているから。



指宿店長が、悪戯っぽい笑顔を作って、ゆっくりと口を開く。

「誰がお昼からお酒飲むって言ったかしら? 私も真帆も車だからお酒飲めないし。――ねぇ、お勧めの高級ケーキバイキングがあるんだけれど、私のおごりで行きたくないのかな~? ちなみに、お一人様二六八〇円もする所なんだけれど♪」

指宿店長の言葉に、桜島さんの心がぐらついているのが僕にも分かった。そこに指宿店長が追撃を掛ける。



「桜島ちゃんは、真帆に鼎君を取られるとでも思っているのかな~?」

「そ、そんなわけないじゃないですか」

桜島さんの目線が揺らめいている。多分、図星だったのだろう。優越感に似たちょっぴり嬉しい気持ちを感じるけれど、顔には出さない。

指宿店長が全て知っていると言った様子で小泉さんを見る。

「真帆は、何か一緒に行けない理由があるのかな~?」

「無いわよ? ――って言うか、私、他人の彼氏に手を出すような軽い女じゃないわ。勘違いしないでよ?」

流石に小泉さんは大人だ。平然とした態度で言い切った。



「んじゃ、みんなで行こうかっ♪」

どこか楽しげな――いや、これは確実かつ完全に楽しんでいる――表情で指宿店長が言い切った。



  ◇



甘いお菓子の香り。パステルカラーの柔らかい雰囲気。にっこり笑顔のメイドさん。

そんなお店に一歩足を踏み入れた瞬間――自分が浮いているんじゃないかと強く感じた。心に決める。ケーキを取りに行く時は、必ず誰かと一緒に行動しよう。男一人だけでこの場所に立っているのは、女性恐怖症の僕にとっては息が出来ないくらい重大なピンチだから。



  ◇



自由にケーキを選んでテーブルに着く。僕はとりあえずオーソドックスな苺のショートケーキとチーズケーキ、シュークリームを皿に乗せた。『不思議の国のショートケーキ』だとか『ふんわりほっこりチーズの果実ケーキ』とかいうメルヘンな名前が付いていたような気がしたけれど、詳しくは読まなかった。



全員がテーブルに戻って来たのを確認してから、両手を合わせる。

「「いただきます」」

僕らの声に、小泉さんがきょとんとした表情で口を開く。

「ねぇ、一緒にいただきますを言うのが、鼎君と桜島ちゃん二人のお約束なの?」

「はい。桜島さんとご飯を食べる時には、いつもそうしていますね」

僕の言葉に嬉しそうな表情で小泉さんが微笑む。

「そっか、それじゃ、私も混ぜてよ。もう一回してもらってもい~い?」

「あ、私も混ぜて」

指宿店長が言った。四人で視線を巡らす。



「それじゃ――」

「「「「いただきます♪」」」」

全員が笑顔になる。なんだか、幸せな気分を共有出来た。



「いただきますを言うだけで楽しくなるなんて、何だか良いわね~♪」

小泉さんの言葉に指宿店長が頷く。

「そうだね。私も、一人じゃなくて誰かと食べる時には、一緒にいただきますを言うようにしようかしら?」

指宿店長と小泉さんが笑い合う。桜島さんも笑顔になっていた。

「さてと、それじゃ、食べましょ~?」



小泉さんに促されてケーキを食べる。最初に食べるのは苺の乗ったショートケーキ。フォークで一口サイズに切ってから口に運ぶ。クリームが口の中で溶けて、スポンジもふわふわで、苺の自然な甘みと風味が口いっぱいに広がって――かなり美味しい。

「コレ、美味しいです」

僕の言葉と視線に、指宿店長が嬉しそうな顔をする。

「だよね? だよね? ケーキバイキングだけれど、こだわって作っているから美味しいのが分かるよね?」

「花ちゃん~、もっと早く私に教えてくれても良かったんじゃ無いの?」

小泉さんの言葉に、指宿店長が笑う。

「あははっ、真帆ごめん。真帆は仕事で忙しそうだし、私がここを発掘したのも、つい最近なんだよ」



  ◇



コーヒーを飲みながら、桜島さんが小泉さんに視線を送る。

「そう言えば、小泉さんはグリーンファンタジストの法人営業部門に所属しているんですよね? そういう部署があるのは少しだけ聞いたことがあるのですが、普段は、どんな仕事をしているんですか?」



「そうねぇ……簡単に言っちゃえば、全国の水産会社や水族館の施設管理かな。生き物を飼育しやすい設備の提案とか、グリーンファンタジストを通した生体の販売とか――今回のビオトープも鹿児島市との協働事業としてプレゼンテーションに参加して、仕事をもぎ取って来た感じだし――法人関係では色々とやっているよ~♪」

「お店でやっている、一般消費者向けのペットショップ業務とは違うんですね」

「大型の案件が多くなるけれど、やっていることはお客さんのニーズを叶えることだから、店舗運営と変わらないよ」

「あ、そう言えばアマゾンに行ったとのことですが、お話聞いても良いですか?」



「もちろん。アレは研修のために行ったんだけれど、向こうの熱帯魚ファームって馬鹿みたいに広いんだ。冬場に保温しなくても済むのが大きなメリットなんだろうけれど、体育館みたいな温室がいくつもあって、その中で色々な熱帯魚が養殖されているの。あと、天然採集モノも沢山あったわ~」

「日本に未入荷の魚とかもいましたか?」

「ええ、幻の南米肺魚がいたわよ。ほら、数年前に雑誌を騒がしたじゃない?」

「あ、私、その記事覚えています。新種だったんですよね。今、養殖が進められている――って、まさか、その養殖しているファームへ行ったんですか!?」



「そうよ~。世界でも有数のアマゾネス・ヨシノ・カンパニー。熱帯魚好きなら、死ぬまでに一度見ておく価値は十二分にあるわ♪」

「すごいです!」

桜島さんが感心したように言った。僕も思わず声が出ていた。

「小泉さんが羨ましいです」

小さく笑う小泉さん。彼女を見ながら、指宿店長が口を開いた。



「ところで、うちの義姉さんは元気にしていた?」

「もち。ファームの仕事と子育てが忙しいってぼやいていたわ~」

「あははっ、仕事と子育ての両立が悩みねぇ……義姉さん、幸せそうだ」

「指宿店長、お姉さんがいるんですか?」

僕の言葉に指宿店長が頷く。



「義理のね。旦那になる人が南米でNGOだっけ? そういう系の仕事をしているから、義姉さんも一緒にあっちに住んでいるんだよ」

「花ちゃんのお義姉さん夫婦は、とっても素敵な人達よ~。特にお義姉さんの方は、奇跡の人でもあるの」

「奇跡の人? どういう意味ですか?」

桜島さんが小さく首をかしげた。



「花ちゃんのお義姉さん、昔から『神の手』って呼ばれるくらい、新種の魚や希少な魚を現地で捕まえることが出来るすごくラッキーな人だったの。現地政府の生物調査会にもわざわざ日本から呼ばれるような熱帯魚業界の凄い人だったんだ。でも、それよりも凄いのが――奇跡が起きたの。花ちゃんのお義姉さんは脳腫瘍で余命一年、手術も出来ないって診断されていたんだけれど、旦那さんと結婚したら脳腫瘍が消えちゃったの」

「凄いよね、愛の力かな♪ 家に帰ったら私も旦那と『仲良し』しようかなっ♪」

指宿店長が冗談っぽく笑う。そしてチラチラと僕と桜島さんを見てきた。それに気付いた小泉さんが小さく笑って口を開く。その瞳は興味津々。



「で、愛の力と言えば――二人の関係はどこまで進んでいるのかなぁ~?」

その言葉に、指宿店長が乗っかってくる。

「私も知りたい。いつも桜島ちゃんに聞いても、はぐらかされるから」

「ちょ、店長も、小泉さんも、冗談は止め――」

桜島さんの声を指宿店長が×を作って遮る。

「だ~め~。今日の桜島ちゃんには、回答権はありませんっ♪ 私は鼎君に聞いているから。ねぇねぇ、鼎きゅ~ん? 桜島ちゃんと、どこまで進んでいるのか、お姉さん達に教えてよ?」

「……」

桜島さんの目が怖い。変なこと言ったら、怒るからね? と言っている。これは、回答を間違えると「後がひどい」ことになりそうだ。



「鼎君? どうなの?」

黙っていたら指宿店長が聞いてきた。

「えっと――友達以上、ちょっと恋人的な健全な関係です」

僕の言葉に指宿店長が両手を口に当てる。

「健全だって~♪ 真帆、聞いたぁ~?」

「や~ら~し~ぃ♪」

小泉さんも嬉しそうに笑う。



「ちょっ、私達は『まだ何も』していませんっ! 一緒のベッドに寝ているだけですからっ!」

桜島さんが叫んだ。にこにこと小泉さんが笑顔を浮かべる。

「二人とも一緒に寝ているんだぁ~?」

「――それなのに、『被告』は何もしていないと?」

小泉さんと指宿店長が顔を見合わせている。そして、ふふっと小さく指宿店長が笑った。



「この娘は、何を言っているのやら? 大学生でしょ? 正直に言っても問題無いわよ?」

桜島さんが、真っ赤に顔を染めながら口を開く。

「そんなこと――本当にしていません」

小さな沈黙が流れた。

「ふむふむ。鼎君、桜島ちゃんと、何もしていないのは、本当?」

半信半疑といった顔で指宿店長が聞いて来る。その隣にいる小泉さんも似たような表情。でも二人とも悪戯っぽい瞳は隠し切れていないけれど。

「桜島さんが言っているのは、本当のことですよ?」



僕の言葉に、指宿店長が苦笑する。

「ちょっと、ちょっと、一緒のベッドに寝ていて何もしていないって、どこが『健全な関係』なのよ? 鼎君、かなり無理しているんじゃない?」

……そりゃ、僕も男だから、クラリと来ることも無くはない。ノーブラの桜島さんが寝ぼけて抱き付いてきた時なんか、理性が飛びそうになったりもする。でも、桜島さんの信頼を裏切りたくないから、僕はいくらでも辛抱できる。

「あはは……もう、慣れましたから」

「へたれ~♪ 真帆お姉さんが同じ状況なら、優しく襲ってあげちゃうところだぞ?」

からかうように小泉さんが笑う。明らかに嘘っぽかったけれど。



「良いんですよ、これが僕らの関係ですから。ゆっくり歩くのも悪くないです」

机の下で、桜島さんがそっと手を握ってきた。桜島さんなりに、嬉しかったのだろうなと気持ちが伝わってくる。こういうところが、桜島さんは可愛い。



指宿店長が口を開く。

「ふぅ~ん、ま、二人がそれで良いなら構わないけれどさ――で、最近はいつキスしたの? 流石にキスくらいしているんだよね?」

若干、頬が赤くなっている桜島さんと顔を見合わせる。そして、言葉を重ねる。

「「幼稚園の卒業式です」」

指宿店長と小泉さんが、呆れた顔をする。

「君達、不健全過ぎ!」「今日、お家に帰ったら、まずはキスしなさい!」



  ◇



ケーキを食べ終わって車を止めてある駐車場へ移動する。

桜島さんはバイクだから、少し離れた駐輪場へ行っている。――と、小泉さんがちょいちょいと僕を指で突いてきた。

「鼎君、今の私の瞳の色は何色?」

僕らの共通の合言葉。



じっと小泉さんの目を見る。優しそうな瞳が笑っていた。

「焦げ茶色の瞳の中に、温かくて、冷静で、でもちょっぴり寂しがり屋さんで――お仕事だけじゃちょっと疲れちゃう、そんな可愛い瞳の色をしていますよ」



何となくだけれど、そんな言葉をすらりと言えた。小泉さんが相手だったからだろう。そして多分、僕自身が桜島さんのことを本当に大好きで、その気持ちが何があっても揺るがないと本能的に分かっているから言えたのだろう。

僕の言葉に、小泉さんが小さく噴き出す。

「もう、ドキドキしちゃうじゃない♪ お姉さんが九〇点を付けてあげようっ♪」

「一〇〇点じゃ無いんですね」

「機会があるのか分からないけれど、もしも次があるのなら、また同じ質問をしてみたいから、その時のために残しておきたいの♪ ――っと、桜島ちゃんもとい『彼女さん』が来たみたい。この話は内緒よ~?」

「ええ、もちろんです」



「花ちゃんも、桜島ちゃんに話したら絶交だからね~?」

「分かっているって。私は桜島ちゃんが好きだから、三月の時も、今も、何も聞いていないわよ? 鼎君が、桜島ちゃんをとっても大切にしているのも知っているし♪」

「花ちゃん、ありがと~。そう言うことにしておいて♪」



  ◇



夕食後、水槽部屋のソファーで熱帯魚雑誌を見ていたら――桜島さんが隣に座って来た。そして、ゆっくりと僕の首に両手を回す。

お風呂上がりの石鹸の香りがする。桜島さんの柔らかい胸が僕の肩に当たっているけれど、多分、わざとやっているのだろう。

「鼎~、正直に言いなさい。小泉さんと、昔、何かあったでしょ?」



「……」



「聞こえなかった?」



「……聞こえています」



「すぐに否定しなかったってことは、『そういう』こと?」

暗に「付き合っていたの?」と聞かれてしまった。下手に隠すと桜島さんを不安な気持ちにさせてしまいそうだから、恥ずかしいけれど正直に言おう。



「やましいことはありませんよ。――でも白状すると『三月末に僕が一目惚れして告白したけれど、すぐに振られちゃった関係』です。小泉さんには『今はお仕事が楽しいから、男の人を見る余裕が無い』って言われちゃいました」

「鼎、やましいことあるじゃん! ……って思うけれど、正直者だから、信じてあげるわ♪」

耳元でくすりと笑って桜島さんが言った。どこか満足げな声だった。



「ありがとうございます」

「でもなんか、妬けちゃうなぁ~。鼎には何か埋め合わせしてもらおうかなぁ~」

ちょっぴり我儘な桜島さん。そういうところも嫌いじゃない。

「私だけを見てくれないと、怒るんだからね?」

そう囁くと、桜島さんが僕の耳に甘く噛みついた。はむはむと甘噛みをしている。



格好良い肉食獣に捕まった草食動物ウサギになったような気持ちがして、ちょっと悪く無いなと感じた。



僕は、現在進行形で、桜島さんに躾けられている。

――のかもしれない。



(第10話_二人きりのゲンジボタル観察会へ続く)

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