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彼と彼女は『不死殺し』  作者: 産業
冒険者の国 王都ゲルム
9/9

洞窟内の戦い②

「話はそれだけで十分だろう。死ぬ用意はできたか?」

それは背水の陣となった状況で、自棄を起こした人間が発するような強がりとは違う様子だった。

言ったアリスの背後からノルドが現れる。ノルドの表情は冷たく凍っていた。

彼のその表情は普段からは想像もできないだろう、まるで機械になってしまったかのようだ。

そしてそれに対するは吸血鬼――トーラス・シゼル男爵。彼は人知を超えた領域にいる。故に人間に対し『相手をする』というのはおかしな感覚だった。ある意味吸血鬼の生涯ではじめての経験だったのだろう。

だからわからなかったのだ。『食事を摂る』という事以外で人間と接する意味を。

「――中々面白い人間だ。すぐに殺してしまうのも惜しいな……なればこそ、このトーラス男爵がお相手を致そう。我のダンスのお相手を願えるかな、お嬢さん(マドモワゼル)?」

恭しく一礼をしている様はさすが元貴族といったところだ。だがそれもこれも――

「――全てが勘に、障る!!」

叫ぶと同時に響く轟音。アナイスの激鉄が起こされ引鉄を引くまでほんの数瞬。

人間ならば直撃だろうそれは容易く避けられる。

「やれやれ、せっかちなお嬢さんだ。それではパートナーに逃げられてしまうよ?」

男爵は身軽に会費公道をしながら唇を歪めた。それは歪な微笑みだ。ふざけるなと心の中で叫ぶが声には出さない。

「ッ!!」

魔力を込めた弾丸を次々に撃ち込む。対魔用に練られた術式はそれこそ伝承の通り銀の弾丸のごとき効果を発する。

しかし、それも当たらねば意味を成さない。

腹の底から響くような轟音で発射されるはアナイスの砲弾のごとき一発。避けられるたびに洞窟内面に火花を散らしながら大穴を穿つ。

ナタリアからは銃弾の雨。軽快な音とともに発射されるはフォローポイント弾だ。当たれば相手の体内で破裂、内臓をも食い破らんとする狂気の弾。もちろんこれにも魔力付与が成されており、魔の者には当たるだけで猛毒となる。

それすらも避けられ、アリスは接近を許す。

「そら、これならばどうだ?」

挨拶するかの如き気軽さで振るわれるは手刀の一突き。低姿勢から喉元めがけて突き上げるまさに必殺の一撃だ。

一瞬、アリスが焦るような顔をする。そして手刀はすぐ目の前に――

「――バカモノが、かかったな?」

アリスの口元に浮かび上がるは背を下にした三日月。

「!?」

驚愕する男爵。何が起こっているのかわからなかった、なぜだ――なぜ私の腕は動かないのだ!?

「貴様が接近することは当然だろうに。それを考慮しないで戦うわけが無かろう、たわけめ」

アリスが鼻で笑う。そして顎でしゃくってみせる、男爵を固定した技を。

「ただの影踏みだ。たいしたことではない」

影踏み、それは読んで字のごとく影を踏むというもの。それをされた対象は踏まれている限り動くことができなくなる、というものだ。

「ば、馬鹿な……人間でそんな芸当ができるはずが――!?」

それに関してはアリスはあっさりと首肯した。なぜなら。

「それもそうじゃな。だが、少なくとも半分は人間ではないのだからできても不思議ではなかろう?」

フリードも居るこの場であっさりと言ってのけるアリス、続けて言い放つ。

「私はサキュバスと人間のハーフじゃ。何の因果か見た目はこんなのであるが、まあ三桁は過ごしておる」

サキュバス、人間のそれも男の精を糧として生きる魔族。好戦的でひどく排他的でもある種族だ。だが人間と愛し合うことも稀にではあるが確認されるらしい、とはフリードの知識だ。

「そして、先ほどからお主の後ろにいるノルドだが」

男爵からは見えない、だが背後から異様な気配が立ち上っているのは感覚で理解していた。

――ケモノの気配。獰猛で、かつ冷酷な肉食獣の気配だった。

瞬時に吸血鬼が悟った。男爵としての頭脳ではなく本能で。

「――貴様は……貴様は、オ――」

そこで男爵の意識は途切れた。吸血鬼である男爵なら、首を百八十度回転させられたまでなら意識はある。だが首を斬りとられ脳漿が飛び散るほどに粉砕されてはそれも叶わなかった。

「……フゥーッ……フゥーッ……」

息を吐く音が洞窟内に響く。

今まさに殺された『男爵』の背後に立つのは異形のモノ。

青白い毛に覆われた体躯。鼻と口が長く、頭上から日本の角のような耳が生えている。

たった今足で『男爵』の頭部を踏みつけたそれはまさしく『狼男』だった。

どこか凛々しさを持つ精悍な顔つき。獰猛な瞳はギラギラと輝きを帯びている。しなやかな体つきと相まってよりいっそう狼を連想させる。

伝承などでは狼男は、満月の夜に変身し人間を襲うという。だが実際はそうではない。

満月の夜には理性の『タガ』が外れやすいというだけのことなのだ。そのため実際には満月の夜以外でもこうして人ならざる姿になることもできる。

そして戻ることも容易い。

「――フーッ……ふぅ……」

数瞬後には先ほどと寸分違わぬ姿のノルドがそこに現れる。額に汗を浮かべてはいるが普段と変わらない様子に見えた。

「ちょっと、アリス。あんまり危ないことしないでよね……いっつもそうなんだから――」

吸血鬼を屠った直後とは思えないほど軽いたしなめ方だった。実際たしなめられたアリスを見やっても、また始まった面倒だなというような表情をしているだけだ。

「危なくなどあるものか。私があんなヤツに遅れを取るとでも?」

さも当然という風に言い切り銃をホルスターにしまう。

呆れと諦めが混ざったような複雑な表情だったノルドだが、ふと気づく。

「あ、え、お前たちって……」

フリードの存在を。ノルド達としては別段隠す気もないというのが本音だが、やはり『人間』に知られるというのはある程度面倒が付きまとうものだというのは自覚するところではあった。

「――あー……どうしようか、アリス?」

「ふん、決まっておる。私の『誘惑』で記憶なぞちょちょいのちょいだ」

「……まあ、アリスがそれでいいなら」

そういうことだ、とフリードのほうへ歩くアリス、だがそれに反応したのはフリード自身だった。

「――待ってくれ!このことを吹聴するつもりはないんだ、ただ驚いたというか……恥ずかしい話、腰が抜けてしまったんだよ……」

…………。

「「はあ?」」

声が揃った。


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