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彼と彼女は『不死殺し』  作者: 産業
冒険者の国 王都ゲルム
6/9

鉱山の村パルタ①

馬車にて。

「なんで貴様が仕切るんだ。不愉快だ」

「まあまあ、結局は僕も言おうと思ってたことだったからあんまり気にしないほうがいいよ……」

「そういえば先日話しそびれたことがあってな、少年。実はなグノーリアの街にはある伝説が――」

「へー、そうなんですかー……」

不機嫌になるアリスを宥めつつ、フリードの話を聞くという板挟み状態のノルドはすでに限界だった。

(うう……なんだか頭だけじゃなくて胃も痛くなってきた気がする……)

一行はグノーリアを出発して数時間が経過している。

フリードがうんちくを語ろうとするたびにアリスがキレ、それをノルドがたしなめるという光景が何度も繰り返された後に、今にいたったためノルドの神経はがりがりという音を立てて削られていた。

パルタの村までは馬車でも一日近くかかる。その間、この板挟みの中過ごさなくてはいけないのかとノルドは考えていたときだった。

突然馬車が止まった。そして馬車を引く馬たちの悲鳴のようないななきが聞こえてくる。

「む、何事だ?」

さすがのフリードもうんちくを話しつづけることはなかった。直後聞こえてくる凄まじい鳴き声。

その鳴き声は鷹などの猛禽類を思わせるものだった。

「この鳴き声は――!」

フリードは曲がりなりにも学者であったためかすぐにその声の正体に気づく。

すぐに馬車の扉を開け放ち転がるように外へと飛び出すフリードが見たもの、それは――獅子の体に鳥の頭、巨大な翼を備えた魔物、グリフォンだった。

グリフォンは『獲物』の姿を見とめる。

「なんでこんな所にグリフォンがいる!?」

グリフォンの生息地は切り立った崖や高い山などが主だ。しかしここは街道がまっすぐ続いている平地、周囲にはグリフォンが棲息しそうな場所は見えない。

グリフォンが甲高い鳴き声をあげる。鳴き声というよりは咆哮というような声だ。

「なんだ、騒がしいぞ。静かにしろ筋肉学者」

「ちょっとアリス、年上のはずだよ。そんな呼び方はよくないよ」

慌てふためくフリードに対して、こちらの二人は落ち着いている。まるでこの雄叫びを意に介していない様子だ。

「おい、貴様ら落ち着いている場合か。グリフォンだぞ!?」

「うるさいのう。わかっておるわ」

「本当にわかってるのかあッ!?」

今にもつかみかかりそうな勢いでアリスに詰め寄るフリード。端から見るといたいけな少女を襲う暴漢の図に見えるだろうが、見ているのはグリフォンだけだ。

やがてグリフォンがこちらを見る。そして目が合ったのは――ノルドだった。

獲物を決めたグリフォンの行動はすばやい。体勢を低くし全身のバネを引き絞り弾丸のように飛び出す。

人一人は丸呑みできそうなくちばしを大きく広げノルドへと向かっていく。普通の人間であれば次の瞬間には丸呑みだろう――しかしそうはならなかった。

「ちょっと、やめてくださいよ……」

くちばしの先端を左の手のひらで受け止めていた。急ブレーキをかけられた形のグリフォンは体勢が山なりになる。

一瞬、静寂が世界を包む。

「――は?」

その声は大柄な男が発したものだ。まるで目の前の光景が信じられないというように。

直後、反動から復帰したグリフォンが距離をとる。そして威嚇するような低い唸り声とともに視線を動かしていく。

動かした先に居たのは、アリスだった。

「なんだ、貴様やるのか?」

不敵な笑みを浮かべるアリス。全く脅威だと思っていないどころか楽しんでいるようにも思える。

激昂したグリフォンがアリスに飛びかかる。鋭い鉤爪をもってアリスを引き裂かんと振り下ろす。しかし鉤爪はアリスを捉えることは無く空を切っていった。

アリスはわずかに下がっただけだった。しかし最小限の動きで無駄が無い、そのため無防備なグリフォンの肩口が目の前に現れる。

「隙あり――だッ!」

少女の体が宙に舞う。金色の髪をなびかせ体が一回転する。見事な飛び回し蹴りだった。

瞬間、グリフォンの巨体が掻き消える。さらに一瞬先には三十メートル先にあるだろう木をなぎ倒していた。

ありえないが、どれだけグリフォンの体が軽かろうとフリードの力であってもそのような芸当は不可能だ。

これにはフリードも言葉を失う。

「あぁ、アリスってばやりすぎたよ。もう……」

「いいではないか。襲い掛かってきたのは向こうからなのだ」

「だけど――」

そこでノルドは気配を感じる。

周囲のマナがざわめく。マナは魔法を行使する際に活発になる。どうしてなのかは諸説あるが現在はマナが魔法の現象となって具現化するためというのが一般的だ。

そして魔法は知能が高くなければ使えない。知識はもちろんのこと、信仰が現象となるためだ。

信仰は『五剣』から生まれた神々に対するものである。

グリフォンは知能は高いが信仰があるかといわれると疑問が残る。だが現に魔法を行使しようとしている事実は変わらない。

「――ノルド」

名前を呼ぶ。目線を合わせる。

「――わかりましたよ、やりますよ」

一呼吸置いてからノルドが答える。そして目を伏せる。

次に目を開けた時、ノルドの顔つきが違っていた。今までの優柔不断そうな少年ではなく、まっすぐな意思をもった顔だった。

腰の刀に手をかける。グリフォンまでは目測で四十メートル。とても刀などでは届く距離ではない。魔法の発動までは後数秒、人間の脚力では間に合わない。

――人間では、だが。

グリフォンの周りに緑色の円が出る。淡い光を持ったその円は幻想的なものだ。

しかしその魔法はなかなかに強力だ。ウィンドアーマー――風の鎧をまとい、近づくものを見境無くかまいたちで引き裂くというもの。第三階位魔法に属しており、人間ではベテランの魔法使いが行使できるものだ。

魔法の発動が完了した。これで人間どころか周囲のものは近づいただけで切り裂かれる。

たった今も周囲の木に決して浅くは無い切れ込みがいくつもついている。

グリフォンは一鳴きしたかと思うとノルドめがけて突進してゆく。しかしノルドはまだ動かない。数瞬後にはノルドに到達するだろう。

そして鋭いかまいたちが小柄な少年の体を無残に切り刻むのだ。

――切り刻んだ、とグリフォンは確信していた。

「なかなかのスピードだけど、まだまだ――かな?」

声が発生する。今しがた切り刻んだはずの人間の声だ。どこから――本能で思考するグリフォンは視線を巡らせる。だがどこを見ても姿は見えない。

「――こっちだよ」

本能的に体が動く――声の発生源は後ろだった。

一瞬だった。ほんの一瞬でノルドはグリフォンが元いた場所まで移動していたのだった。

「今度はこっちからかな」

ノルドが手にした刀に手を――掛けなかった。

「本気を出してしまうとつまらないかな――じゃあ素手でいいよね?」

ノルドはアリスに確認を取るように問いかける。

「お主の好きにしたらいいではないか」

「それじゃ好きにするよ」

グリフォンが威嚇する。人間ならばすでに力の差が歴然であることは察して逃げていただろう。そうしないのはグリフォンにじゃ高い知恵があっても本能で行動しているからだった。

――こんな矮小な人間ごとき、本気を出せば一捻りだ――そう言わんばかりにノルドをにらみつける。

しかし、突然ノルドがまばたきすらしていないのに目の前から消える。

次の瞬間にはグリフォンは横っ腹に衝撃を受けありえない速度で吹き飛ばされる。

「あれ、これくらいなら見えると思ったんだけどな――」

地面に転がるグリフォンを見ながらノルドは呆れたといった風にゆっくりと歩く。

頭を左右に振るグリフォンは自分が何をされたのかわかっていない様子だ。まさかこんな小柄な人間に蹴り飛ばされたとは夢にも思っていないだろう。

「つまんないなあ……アリス、つまんないよ。終らせちゃうけどいいよね」

それは確認ではなかった。すでに決定事項として扱われていた。

「こういうことは滅多に無いんだから、感謝してよね?」

そう言うとノルドは今度こそ刀に手を掛ける。

グリフォンはかまいたちをノルドに飛ばす――しかしノルドは動かない。動かなかったのにかまいたちは消えていた。

さらに数度、かまいたちを飛ばすも全てノルドの目の前で消えた。

高度な知能を持つといわれるグリフォンですら理解できないのも当然、見えないものは理解できるはずが無いのだ。

ノルドはかまいたちを『斬って』いた。それも抜刀したことがわからないようなスピードで。

そしてノルドが動く。動いたと思ったらすでにグリフォンの目の前にいた。

「縮地――」

フリードが一言呟く。

縮地――それは東方の地で編み出された刀を使う剣術の達人が用いる技法だ。

自分と相手の距離を瞬時に詰める歩法、どれだけ離れていても関係ない。それはまるで自分と相手との間にある地面が縮んだように錯覚することから由来している。

そして鞘に収めたままの刀。こちらは居合いと呼ばれる抜刀術だ。

鞘に収めたままなのは力を溜めるため。刀は抜き放たれる瞬間が最も力強い斬撃を生み出すと言われているし、実際そうだ。

そして一気に解き放たれた刃はグリフォンの喉笛を捉える――まるでそこに何も無かったかのようにするりとグリフォンを通り抜けると、刃は鞘に納まる。

「ふう――それじゃ、馬車に乗って行きましょうか」

まるで何も無かったかのように、ノルドは微笑みとともに語りかける。

アリスもまるで当然だというように馬車へ歩いていく。

一人、案山子のように呆然と立っているフリードは何度かまばたきを繰り返す。これは現実なのかということを確かめるように。

「――化け物」

搾り取るように喉から発せられたそれは、馬車へと歩きながら話す二人に届いたかどうかは、わからない。



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