彼と彼女の日常
過去の技術が失われ、己の身や掘り起こされた過去の技術の一端を頼りに人々が生活している。
ゲルム王国は初代ゲルム国王が冒険者時代に築いた富で拓いた国だ。初代王自身の伝説がいくつも語り継がれており、知らない国民はほぼいないと言っていいだろう。
そんな歴史柄、冒険者の拠点とするギルドが多数存在する。大きいギルドから小さいギルドまで、数えたらキリが無いほどである。
その中の一つ〈銀の希望亭〉で一人の青年が掲示板と睨み合っていた。
「うーん……なんか簡単そうな依頼ばっかりなんだけど、報酬がやけに高いなあ……ねぇ、アリスはどう思う?」
青年は温厚そうで、身長は男としては少々低いくらいだろうか。やや薄い赤い髪が特徴だがこれも適当な長さに、これまた適当に切っているだけなので垢抜けないといった感じだろうか。
「知らん。不安ならマスターに聞けばよいだろう。優柔不断すぎるぞ、ノルド。決まらないのなら私が決めてやろうではないか」
掲示板のすぐそばのテーブル席に座る女の子は小さくて少々キツい目元を覗けばおおよそは愛らしいで通る外見だろう。
ただしかなり高圧的な口調で、椅子に座っているだけなのに他人を寄せ付けないオーラがはっきりと見える。
「いや、アリスに決めさせたら僕死んじゃうから・・・・・・」
青年の名前はノルド・ハインケル。駆け出し冒険者で職業は一応サムライ。一応というのはまだ見習いであるためだ。
「ふん、その腰にぶら下がっている刀は飾りか。ん?」
色々とキツい少女の名はアリス。少女とは言えど本名不明、年齢不詳。職業は過去の技術である魔法と銃を融合させたマギシューターという特殊な職業だ。
「アンタらにはこれくらいが丁度いいだろ。ほら」
そう言ってテーブルに一枚の紙を持ってきた女性はレベッカ・ハネスティ。〈銀の希望亭〉のマスターであり元冒険者。武勇伝には事欠かないほどの凄腕だが長くなるので割愛しよう。
そんなマスターが持ってきた依頼書の内容はこうだ。
依頼内容
・武器商人の輸送馬車護衛
ゲルム王国から帝都ガラハムとの国境までの護衛。
報酬一人当たり八百ガルツ。道中の働きにより追加報酬アリ
「国境まで、となると二日くらいだね。往復で四日だよ。どうする、アリス?」
帝都ガラハムとゲルム王国は親和条約を結んでおり国交が盛んで、貿易はもちろん天災などがあった際にもお互いに支援し合う程には友好的だ。
「まぁ、いいだろう。国境までならそれほどの脅威もないだろうしな。〆切りは……今日か。ならばすぐに準備だ、ノルド。ぐずぐずするなよ」
ちょっと待ってよ、というノルドの声を背につかつかと歩いていくアリス。
「相変わらず尻にしかれてんだねぇ。ぼっちゃん」
「あはは……」
ノルドは怪我をしても責任は自分にあるということなどが書かれた書類にサインをしながらつい苦笑する。
「昔よりはマシになりましたし、あれはあれで良い子なんです。素直になれないというか……じゃ、マスターこれお願いしますね」
「はいはい、んじゃ気をつけてな」
「はい!行ってきます!」
――数時間後――
「遅い。何をもたついていたのだ。依頼に間に合わなかったらどうするつもりだ」
大きな荷袋を背負ったノルドが到着した途端に言われた台詞がこれだ。
「どうするって別に……というかアリスはなんで荷物を持ってないのさ」
当然の疑問だ。これから四日もかかる任務に出発するというのにアリスは何も持ってきていないのだ。その疑問はすぐに解けるわけだが。
――さらに一時間後――
「アリス……重いよ……」
呻くノルドの両手には明らかに重量オーバーであろう荷物がぶら下がっていた。犯人はもちろん――
「か弱い乙女にそのような荷物を持たせるのか、ノルドは」
――アリスである。総額二千ガルツの荷物を全て商店などで買い揃えたというのだから驚きだ。
ちなみに庶民の一日の生活費は二十から三十ガルツということを聞いてもらえれば理解できるだろうか。
そんな事が、ありノルドの腕が限界を迎える寸前で集合場所の壁門前に到着。
「やあ、君たちが護衛の冒険者――かい?」
商人の疑問も当然だ。片や見た目はひ弱な青年と片や年端も行かぬ少女――外見だけなら、という前提だが――の二人組なのだから。
「……大丈夫なのかね?」
そんな商人の疑問にも、
「え、なにがですか?」
と答えてしまうあたりノルドも天然だろうか。
「証拠が必要か?」
そう答えると同時にアリスは腰のホルスターから銃を引き抜く。
六連発仕様のその銃は無骨で、しかし彼女の指のようなしなやかさを携えていた。銃身は十二インチと長大。そして正確無比なその照準は、馬車の荷台にあった商人の持ち物であろう水筒の飲み口のみを綺麗に吹き飛ばした。
「――――」
言葉を失った商人だがその後すぐに、
「――素晴らしい!まさかこのような少女がこれほどの腕前とは!やはり王都は素晴らしいな!!ハハハ!!!」
大絶賛だった。まるで玩具をもらった直後の子供のような笑顔だった。根は良い人なのだろうがノルド達は苦笑いを隠せなかった。
「よし、わかった。君たち二人を雇おう!報酬も上乗せするよ!それでは早速馬車に乗ってくれ!すぐに出発しよう、ハッハー!!」
二人は若干引きつつも馬車へと乗り込んだのだった。
「僕は帝都出身でね、王都に来たのもここ数年のことなんだ。王都には冒険者が多いだろ?つまり商人にとっては素晴らしい環境なんだよ。特に武器に関してはね!でも同じ事を考える人は少なくないんだ。ここが焦点でね――」
商人の口からは洪水のように言葉が流れてくるので、アリスはもちろんノルドも飽きてきてしまっていた。
「――つまり、うわっ!?」
商人が驚く。それも当然、馬車に衝撃が走ったからだ。
「何があった!?」
アリスは御者台に居るはずの御者に問いかける。
返ってきたのは――
「おう、俺らこういうもんでさぁ。へへへ」
馬車の扉を開けたのはいかにも盗賊風な装備の男だった。
後ろにも複数の男が見え、地面には御者が倒れていた。
「ひ、ひぃっ!?」
「チッ!ノルド!」
商人の短い悲鳴を合図にアリスが反対の扉から飛び出す。名前を呼ばれたノルドは刀を握りながら無言で動き出した。
「おいおい、下手に抵抗すんなよ。俺ら気が短いからよぉ……へへ、向こうの嬢ちゃんちと小さいが可愛いじゃねぇか。紹介して――」
男はそれ以上しゃべることはなかった。
背中のど真ん中から刀を生やした男は、刀が引き抜かれると同時に倒れこむ。
それを見ていた後ろの男達は途端にいきり立つ。
「あ、なんだてめ、やんのかコルァ!?」
巻き舌のようなしゃべり方で威嚇してきた一人の男が、ショートソード片手に男の体を踏み越えたノルドへと向かっていく。
「――汚い言葉だ。しゃべらないほうがいいだろう?」
男の頬を右から左へと貫く銃弾。飛沫が舞い、男がうずくまる。
「あ、あが……!?いひぇ、いひえぇぇ!?」
おそらく痛いと言いたいのだろうか、しかしすでに巻く舌も上手く動かせずに仲間に助けを求めることすらできないだろう。
アリスは二丁の銃を男達に向けながら言い放つ。
「貴様ら、運がいいな。私たちは今機嫌が悪いんだ、大人しくしていろよ。手元が狂うかもしれないからな?」
「て、てめぇ……いきがってんじゃ――」
続きはなかった。昇る硝煙。倒れこむ男と広がる血だまり。
「黙れと言わなかったか?あぁ、言ってないか。それでは黙るのだな、それ以上汚らしい言語を聞きたくない」
息を呑む盗賊たちは無言で武器を構える。心なしか震えているようにも見えるかもしれない。
「アリス、やりすぎだよ……たしかに悪い人たちだけど――僕の分も残しておいてよね」
そう言ったノルドの方を見やる男達だが、すでにノルドは居なかった。
「やあこんにちは。そしてさようなら」
恐らくそれが男達の聞いた最後の言葉だった。一人は撃たれ、さらに一人は首から上が無くなり、もう一人は袈裟斬りにされ胸に穴が開いていた。
「やれやれ、ノルドの方がやりすぎじゃないか。私なんてこの姿どおり可愛いものだろう」
「そんなことはないと思うよ、十分手加減もしてるんだけどねー」
「ふん、またそんな事を――」
「き、君達!」
まるで世間話のように話す二人に、血相を変え蒼白になっている商人が話しかける。
「い、一体何者なのだ、君達は――!」
「私たちは――」
「僕たちは――」
――不死殺しさ。
〈銀の希望亭〉にて、ノルドが出て行った直後のこと。
「――マスター、さっき出て行った二人組って……」
そう問いかける強面の男。名前はフリード・ゴート、職業は学者だ。しかし彼は学者というイメージとは程遠い筋肉隆々の大男であった。
「あぁ、そうさ。あんたの思ってる通りだ。あの二人は『不死殺し』。吸血鬼をぶっ殺してんのさ、それも一体や二体なんかじゃないのさ」
「それなのにあんな任務を?」
「だからこそだよ。まぁ、可哀相な目にあうのは恐らくあの二人以外さ。ご愁傷様だね」
そう言って笑うマスターはとても魅力的な女性だった。
「そうかい、まぁ何も無けりゃいいがね……それじゃ俺は巣に戻るわ。邪魔したな」
「おや、あんたは依頼は受けないのかい。その筋肉を持て余してんじゃないかい?」
「俺の筋肉はお高いぜ?ハッハッハ」
そう言ってフリードは〈銀の希望亭〉を出た。
「『不死殺し』……か。とてもそうは見えんがな……」