彼女の名前はメアリー・スー
作中でも説明は一応ありますが、メアリー・スーって何?という方は手っ取り早くこちらをご覧頂けるとより楽しめると思われます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/メアリー・スー
彼女は異世界で生きた記憶を持つ、いわゆる転生者であった。
細身のすらりとした体、愛らしい顔立ち、さらさらの金髪に紫と緑のオッドアイは円らでいつも潤み、珠のお肌にさくらんぼのような唇。どこからどう見ても、完璧な美少女である。
しかも伯爵家の令嬢で、剣術や魔術の腕も一流、知識の方も申し分ない。
そんな彼女には悩みがあった。
「……やっぱりそういう事なのかしら」
始めこそ浮かれていたが、自分の名を知って愕然とした。
メアリー・スー。そこに更に家名をプラスすると、彼女のこちらでの本名になる。
前世では割とディープなオタクであった彼女にとっては、ある意味馴染み深いというか、嫌な印象しかない名前である。さる海外の二次創作小説に登場したオリジナルヒロインに由来するその名は、やたらとステータスの高いオリジナルキャラクターを揶揄する意味で使われた。
日本ではあまり馴染みは無いが、ようは中二病をこじらせた子供が考えたような典型的最強キャラクターだと思えばおおよそ間違ってはいない。
彼女にも、メアリー・スー診断をして悶絶したような時期があった。容姿端麗で能力も申し分ないキャラクター達が輝いて見えたことも、あった。けれどそれは、とうの昔に黒歴史である。当時の痕跡は纏めて焼き払った。
「…………はぁ」
彼女は、与えられた美貌と能力に心底辟易していたのだ。
何せ見た目は15歳の美少女だが、実際は前世年齢25を足して40歳。いいかげん落ち着きたいというのに、彼女にはそれすら許されなかった。
この国の王太子並びに他王族やら、騎士団長に若き騎士団のホープ云々、偏屈天才魔術師長とその下僕である悪魔、十把一絡げのイケメン貴族、あげくの果てには人類の敵である魔族の長――魔王やら、魔族の将軍だとか、兎に角わらわらと、出てくる出てくる求婚者。
彼らがこぞって牽制しあう所為で、彼女は政略結婚すら出来なかった。そのお陰で一時戦争が止まっているので、ある意味いい効果かもしれないが、本人には心労が積もっていく。
しかも先日など冒険者ギルドに属する唯一のSランク冒険者に連れ出され、ドラゴンを討伐して命からがら帰ってきた。逆ハーレムの上に、最強属性ががっつりとプラスされてゆく。
ギルドや学院からの勧誘はまるでかつて彼女の悩まされたしつこい迷惑メールのように彼女の精神を確実にすり減らしていく。
「ちくしょう作者出て来い……」
呟いた彼女。どこかでそれを受信したか、同じく転生者かつチートキャラな従弟兼盟友ゲイリー・ストゥーが同意するような溜息を吐いたのは、誰も知らないことである。
◆
ゲイリーの記憶によると、この世界はさるファンタジーコミックの世界で、自分たちは既に原作の流れをぶっちぎって主要キャラクターを虜にしてしまっているらしい。
メアリーとゲイリーは恥じた。それはもう全力で。
お互いに、最強設定を喜んで享受できる柔軟性は既に歳と共に忘れ去っている。もしこれが小説だったら既に腹を抱えて笑っているだろう、と冗談を言ったものの、生憎と現実なので笑えなかった。むしろ涙目である。
そんな時、メアリーに弟が生まれた。その名をマーティ、またも転生者である。
このマーティの中身は、メアリーやゲイリーと違ってかなり若いようだった。転生者同士として話はしていないが、心配する2人を他所に生まれて早々チートぶりを発揮中していた。
これはチャンスではないだろうか、と2人は思った。
マーティの容姿は、男らしいゲイリーとはまた違い、女の子と間違えられるほど愛らしい。中性的というのか――男女どちらからも好かれそうである。
メアリーとゲイリーは好んで地味な服装をしたり、嫌われる言動を取る事にしている。互いだけを信じ、「Yes!平凡&No!チート」をスローガンにひたすら魅力を削り取っているのだ。
それに比べ、マーティは自ら魅力を振り撒き、能力を発揮してくれた。
そうして彼が5歳になった頃、周囲の目が彼に向かい始めたのをいい事に、2人はすたこらさっさと逃げ出した。若干表現まで古いが、彼らの中身は40代なので問題無い。
というか、四捨五入すればもう50歳。容姿は20歳とはいえ、そろそろ本当に落ち着きたいのだ。
「なあ、メアリー」
「何? ゲイリー」
「俺、元はジョンって言うんだ。ジョン・スミス。普通すぎて逆に嘘くさいだろ?」
「アメリカ人? 私、山田花子って言うの。私の名前も平凡でしょ」
2人は辿り付いた新しい街で、いつの間にか握り合っていた手の力を強めた。
そして、魅力的な顔同士を向け合い、微笑み合う。
「俺、考えたんだが」
「ええ、何?」
「いっそ俺達が結婚してしまうのが最善だと思わないか?」
「そうね、きっとそれがいいんだわ!」
旅で汚れた服も、髪も肌も気にならない。その時の2人はその美貌だけでなく、心から輝いているようだった。
「じゃあ、俺の嫁さんになってくれ、ヤマダ」
「花子が名前よ。喜んで、ジョン」
望まずして得た美貌も力も、結局は本人の心次第。
2人は今も、その街で平和に暮らしているという。
メアリー・スーが分からないと何だそれな話だと思います。
この小説は90%の出来心でできています。
追記:こっそり修正しました セルフ突っ込みは痛いぞと思いつつ突っ込まずにはいられない。算数間違えるな私!