なな廻り 〜護衛騎士〜
ある時です。護衛騎士と名乗る彼女が現れました。
彼女はわたくしの良き話し相手でした。
少し無愛想な方でしたが、端々にわたくしを気遣う言葉がありました。
ミルテア=ラッジェ。それが彼女の名前。
「ミルテア、今日は何かの日ですか?」
だって今日は人の足音が大きくて、後を絶たないから。
「今日はアリシラ姫様の誕生日です」
「そうですか……今日、でしたね……」
アリシラは愛しい私の従妹でした。
でも、アリシラはそれを覚えていないでしょうね。
わたくしの、事も……。
「このミルテア、命尽きるまで貴女様をお守り致しますから……」
「ありがとう、ミルテア。
でもね、わたくしはきっと、貴女の本当の主になれないから。貴女を戒める言葉は掛けられない」
「どうすれば、私を騎士と認めて下さるのですか?」
「そうね……」
長い時を一緒に過ごしてくれるならば、と言いかけたけれど、そこはいい留まった。
「姫様?」
「え、ああ……。
わたくしと同じ廻りを最期まで果たしてくれたなら、騎士と認めます」
「廻り……?」
「そう、時の廻り。
わたくしと同じ、廻りを……」
「例え、貴女様と時の廻りの中で意思を違えようとも、ずっと……ずっとおそばに居て差し上げますから。
ですから、最期は私も一緒に逝かせてもらいますよ、姫様。
貴女が死ぬならば、私もご一緒に。
ですが、死ねという命令は受けられませんよ。
そうすれば、貴女様のおそばに居られませんから。
……憎まれても構いません。それで、姫様のお傍に居られるのならば」
「……ミルテア。わたくしが最期の時を果たした時には、彼女を貴女に……」
もうこんな時間。
このわたくしの体は、一定時間を過ぎると強制的に眠ってしまう。
まだ、伝えたい事が……、今日伝えなくては……。
そしてわたくしの意識は沈むかの様に深い闇へ落ちた。
「ぅん……?」
朝、だと思いました。
かなり眠った感覚があります。
そうです、ミルテアにあのことを言いませんと……。
「ミルテア、今は何時?」
しーんと静まり返り、返事は無いのです。
おかしいですね、いつもならば直ぐに返事が来ますのに……。
確かめる為に木製の扉を叩くと、その扉は今まであかなかった事が嘘の様に、キィィ……と開きました。
驚きつつも、開いた扉の先には、血の海。
その血の海と倒れた体達の中に、ミルテアを探しました。
でも、ミルテアはその中から見つかりませんでした。
ミルテアを探すために、血の海をチャプチャプと歩きます。
服の裾が血にまみれてもわたくしは気にしず、歩きました。
「ミルテア、どこですか……?」
「誰か居ないの!?」
わたくしのの呟いた声と誰かの叫び声は重なりました。
かなり甲高くて、わたくしと似た声質……。
廊下の角まで歩いたとき、わたくしは誰かとぶつかりました。
「「キャア!」」
まったく同じ様に聞こえる声。
一瞬、どちらがどちらの声とも分かりませんでした。
ぶつかって二人共血の海に尻餅をつき、両者のドレスは真っ赤に染まります。
純白のドレスが深紅のドレスへと早変わりですね。
と、それどころではなく……。
わたくしは顔を上げ、彼女を見ました。
彼女とわたくしは少しづつ似ている部分がありました。
濃さは違えど、桃色の髪の色。輪郭、口元。
「貴女は?」
「わたくしは……」
まるで、自分自身に問いかけているような錯覚に陥ります。
「彼女を探せ、逃すな。
場内の者は一人残らず殺せ!」
その声はミルテアの声でした。
どうしてですか、ミルテア……。
昨夜の事は嘘だったのですか……?
「ミルテアぁ……。
どうして父様を裏切ったのよ!
どうして!!」
わたくしと良く似た彼女は泣いていました。
この様子からして、この子も殺されてしまいます。
……そうです! あの部屋ならば!!
「こちらです!」
そしてわたくしは動揺している彼女の腕を引いて、あの部屋へ戻りました。
「ここならば殺される事は少ないでしょう」
ここは完全防備の檻なのですから。
許可無く入る事は許されません。
わたくしが許可を出せば、一時しのぎにはなるでしょう。
ミルテアがこの軍団を率いてるとすれば、この部屋に手は出さないでしょうから。
「あなた、魔術は使えますか!?」
「え、ええ……嗜み程度には」
「十分です!」
先ほど気付きましたが、扉の下には脱出用の符が置いてありました。
きっとミルテアでしょう。
この符は起動に時間がかかるのが難点ですが……。
「この符を使って下さい!
時間はわたくしが稼ぎますから!!」
「え、ちょっと!」
彼女の返事を聞かず、わたくしは扉を閉めます。
「……さて、やりましょう。
わたくしだって負けませんからね?」
後ろを向いて、わたくしは防護の結界を張りました。ついでに電撃の魔術をまとわせて。
これは長く持ちませんが、時間稼ぎには十分でしょう。
予想通り、数人の反乱軍の者がこの壁に剣を突き立てました。
びりびりと剣から電撃が伝わりました。
それをみた他の兵士達は責めあぐねていました。
「どうした、なにが……これはこれは、姫」
姫? ……やはり、彼女はわたくしの……。
「私にこんな壁のなど紙切れ同然ですよ」
そういって、わたくしの防護の結界は破られかけました。
彼女に電撃が走りました。
「姫……、魔術の腕をあげたようですね」
あ、符が発動したのですね、彼女の気配はありません。
ミルテア、本当にわたくしがわからないのですか……。
ごめんなさい、一度復讐にかられてしまった貴女の心では、分かるはずも無いですよね。
もう必要ありません。防護の結界を解きましょう。
「……観念なされましたか、姫。
聞き分けの良い方は好きですよ。
では……」
剣が、わたくしの心臓をめがけてこちらへ来る。
「わたくしは約束を違う方は嫌いですよ。
さようなら、裏切りのミルテ、ア……」
ミルテアは目を見開き、手を止めようとしましたが、もう、間に合わないでしょうね。
ずぷり、と嫌な音がわたくしを貫きました。
そんな悲しそうな顔をしないでください……。
「ミ……テ、ア……」
もう、声にはできないけれど。
「え……。
ひめさま……?
姫様ぁーーーー!!」
ごめんなさ……。
これでわたくしは次の扉を開ける。
次も貴女が居ると良いですね。
——そ し て 騎 士 の 主 は 眠 っ た——