油絵2
三題噺もどき―きゅうひゃくさんじゅうはち。
外は、ザーザーと雨が降っている。
少し先の視界が見えなくなりそうなほどに。
少し前まで程よく晴れていたはずなんだけど。
「……」
今は、どこもこんな大雨が降っているんだろうか。
テレビで見るのもこんな感じの大雨ばかりだ。
道路が冠水でもしていたら面倒なんだが……自転車で帰るにも限界がある。
電車が止まりそうになれば、その前に帰らせるから……その知らせがないってことは冠水まではしていないんだろう。
「……」
今日は雨の予報が出ていると聞いていたけど、ここまでとは。
ここ数日は、晴れているようで曇っているようで。雨が降ったと思ったらすぐ止んで、数時間後にまた雨が降るなんてことを繰り返していた。
おかしな天気も勘弁してほしいものだ。
毎度、帰る時に、降らないでくれよと願うのも疲れる。
「……」
おかげでジクジクと痛みが滲む。
雨のせいだけではないのだけど。
この匂いも相まって痛むのだろう。
「……」
いつまでたっても慣れやしない。
油絵を描くことを仕事にしている人は、健康に何かをきたしたりしないんだろうか。
そう思う程に、この匂いは鼻にくるし、頭にくる。
「……」
しかし、色々ある画材の中でこれを選んだのは私自身だ。
正直、最初は水彩やアクリルを考えていたのだけど……教師に相談したらそれなら油絵の方がいいと言われたので従ったまでと……言い訳をしておきたい。
私は私の意志があるようで、ないので。
「……」
目の前に咲く1つの椿。
それなりに盛ったので、存在感は、それはそれは。
他の部分を盛ることなく、筆で塗っただけなのもあって。
「……」
まだ、仕上げと呼べるような段階でもないが。
割と満足しているというか、これ以上何を足しても無駄というか、下手に触る方が、という感じで。授業はあと数回あるらしいが……。
前回でなんだかんだだいぶ進めてしまったからな。発破をかけた教師が悪い。
「……」
元より、色を塗ったりするのは苦手なのだ。
頭の中にあるものをそのままアウトプットできればいいのだけど、そんな才能はないもので。思っている色にたどり着かなかったり、形がそもそも創造と違ったりしては、どうにもならない。
「……」
それにこの椿の周りには、下手に色を入れたくない。
「……」
この椿には、一応、モデルというか、そんなものがある。
「……」
あの子と、夏祭りに行った次の日。
私は、家族で、その夏祭りの目玉になる神輿を見に来ていた。
写真を撮りたかったのもあって、カメラもしっかりと持って。
「……」
空が徐々に橙に染まり、もうそろそろ暗くなるという頃に。
その神輿は始まり、祭りは一斉に熱を帯び、それまで以上に熱くなる。
人々は騒がしく、ぎゅうぎゅうとひしめき合う。
「……」
それをすこし離れた位置から神輿を撮っていた。
あんな人混みの中……と言っても私がいた場所にも充分に人が居た。
カメラを構えて、神輿を捕らえようとしたところに。
「……」
あの子の姿があった。
「……」
前日は、真っ白なワンピースで現れたあの子は。
その日、暗闇でもひときわ目を引くような、真っ赤な椿の咲いた浴衣を着ていた。
時期とかまぁ、そういうのは関係ないんだろう。流行り廃りというモノがある。
「……」
周りには、いつも昼食を囲んでいるメンバーが数名。
それぞれも浴衣を着て、夏祭りを楽しんでいた。
あの子も、楽しそうに、笑っていた。
「……」
どう思ったか、覚えていない。
何も思わなかったかもしれない。
でも今、こうして椿を描いている私は。
「……」
「……」
「……」
「――さん、」
「――!!」
びくりと体が面白いくらいに跳ねる。
振り返れば教師が立っていた。
「何か困りごとですか」
さらりとした長い髪を流し、淡々と言われる。
日本画が専攻だという教師は、冷たいように見えるが、教師としてはいい先生だと思う。
贔屓をすることなく、周りをしっかりと見て、言うべきことは言ってくれる。
「いや……大丈夫です」
「そうですか、何かあったら言ってくださいね」
ぼうっとしていたようだ。
とりあえずは、筆を動かそう。
お題:椿・滲む・浴衣




