らぶりーかーす
エレナは王国に住む魔女である。
とりあえず魔女である事を隠したりはしていない。
一応薬屋を営んでいるが、稼ぎはそこまででもない。単純に人間の薬師と売る物がかぶって客を取り合うのを避けた結果だ。
エレナが売っている薬の大半は、宴会で使われるジョークグッズみたいなものだった。
なのでまぁ、客がひっきりなしに訪れるという事はないので、毎日のんべんだらりと過ごしていた……のだが。
「頼みがありますの」
ある日、客人がやってきた。
なんとこの国の王女様である。
「頼み、って言われてもね……何事にも限度はあるよ」
「わかっております。それでも、どうしても頼みたいのです」
あまりにも真剣な表情で言われて、エレナは内心面倒な事になりそうだなぁ……とうんざりした。
そもそも人間、魔女に夢を見すぎなのである。
魔女というか、魔法に夢を見すぎというのが正しいのかもしれない。
お伽噺にありがちな、夜を一瞬で昼に変えてみせただとか、無数の流星を降らせただとか。
できなくはないけれど、あんな規模の魔法はそもそも一人の魔女ができる芸当ではない。
お伽噺では魔女は一人と記されているが、実際にやるとなると複数名で集まっての大規模な儀式魔法を展開する必要がある。
なので、とんでもない無茶振りをかまされるのは避けたい。
疲れるし。
一応話に耳は傾けるけれど。
面倒そうだったら適当に煙に巻いてお帰り願おう。
そう思っていたのだが。
「面白そうだから乗った☆」
王女――プリシラの頼みが思った以上に愉快だったので、ちょっと前まで考えていた事なんて一瞬で忘却してエレナは大変いい笑顔でもって請け負ったのである。
その日の夜、王国の夜空をほわんほわ~ん、と薄ピンクの靄が覆った。
それは一瞬の出来事で、たまたま夜空を見上げていた者もいたが本当にあっという間だったから目撃した者も気のせいかな? と思うだけで特に騒ぎにもならなかった。
魔法の効果が出たのは翌朝からである。
ピンク色のハートが飛び交っているのである。
いや、飛び交う、というのとはまた少し違った。
男の周囲にピンク色のハートがほわんほわん浮いている。
男だけではない。女の周囲にも浮かんでいた。
だがそれは、皆の周りに、というわけではなかった。
周囲にハートが浮かんでいる者もいれば、何もない者もいる。
ハートの色は基本的には淡いピンクだが、中には濃い色のピンクのハートの者もいた。
ハートの大きさは精々片手の上に乗るくらいだろうか。たまにそれより大きなハートを浮かばせている者もいたが、それでも片手の上におさまる大きさ。
つん、と誰かがハートを突いてみたけれど、ハートはぷよん、と空中でかすかに弾んでまた元の場所に戻る。
ハートを掴んで遠くへ放り投げようとした者もいたが、気付けばハートは元の場所に戻っていた。
何をどうしたところでハートが周囲を漂っている。
ピンク色のハートがほわんほわん浮かんでいる、というだけであればメルヘンというかファンシーというか、まぁ可愛らしい感じではある。
女などはなんだかわからないけど可愛いからまぁいっか……と受け入れそうになっていたが、男はそうもいかなかった。
クールなイメージを保っていたのにこれじゃあ台無しだ、と思った者もいれば、ハートなんて似合わないと思っている者もいた。実際似合っていなかったので、友人から揶揄われたりもしていた。
ピンクのハートが漂っていても違和感のない男性もいたけれど。
似合うからいい、というわけでもない。
気が散るのだ。
視界のどこかに常にいるピンクのハート。一つだけの者もいれば、複数浮かんでいる者もいる。
持ってみればぽよんぽよんと弾む感触。触り心地は良いけれど。
それが周囲で自己主張するようにぽわんぽわん飛び跳ねるようにしていたりするのだ。
ハートが周囲を飛び交っていない者に対して、なんでないんだろうね? とまるで無い事の方がおかしいと言わんばかりの者もいたし、お前はいいな、なんでないんだよ……と周囲のハートを邪魔そうにしている者。
実に様々である。
このハートがどうして浮かんでいるのかはわからない。
だが今のところ害はない。
だからこそ大急ぎで対処しなければ、とはならず、人々は気が散るなぁなんて思いながら一日を過ごしていた。
そうして数日過ごしていけば、嫌でも慣れる。
一人の時、ハートは周囲を漂うだけだが愛する者が近くにいる時は活発に動く。
その事実に気付いた者は、やはり愛する者は常に傍にいる方がいいのだろうか……なんて考えたりもした。
けれど、他の人も同じというわけではないらしかった。
ハートが元気になる時とそうでない時。
それがどうしてなのかまではわからないままだった。
そうして数日、すっかり自分の周囲にハートが浮かんでいるのは当たり前、みたいに大半が受け入れた頃、とある貴族の令息たち数名が城に呼び出された。
彼らはゆくゆくは城で重要な職に就く事が約束されている者たちで、既に婚約者もいるけれど実に多くの女性たちから憧れの視線を浴びている――言ってしまえば花形スターのような存在であった。
令息たちの婚約者もまた呼び出されていたようだった。
令息たちの周囲にはすっかり馴染んでしまったハートが浮かんでいるが、しかし令嬢たちの方にはハートは浮かんでいない。
否、一人だけハートが漂っている。
けれどもそれ以外の令嬢たちは何もない状態で――本来ならばこれが普通であるはずなのに、ハートに慣れた今となってはなんだか違和感すらあった。
「今日貴方たちを呼んだのは他でもない」
そこに登場したのは王女プリシラである。プリシラだけではなく、彼女の父でもある国王と、母である王妃。ついでにプリシラの弟でもある王子セドリックもいた。
見ればこちらの王族たちにはハートは一つも浮かんでいない。
王族と関わる事がなかったわけではないけれど、しかしこうして纏めて姿を見る機会はなかったからこそ、彼らは今まで特に気にしていなかった。
陛下の周囲にはハートがないんだな、王妃様にはハートが浮いていないのね……そんな風に思っても、他のところでは当たり前のようにハートが浮かぶようになっていたからへぇそうなんだ、くらいの気持ちで受け流していた。
ところがこうして王族の誰一人としてハートがない、というのを目の当たりにして、もしかしてこれは良くないのではないのか……そんな風に思い始めた者もいた。
だがしかし、それがどう駄目なのかもわからず内心でただ不安だけがよぎっていく。
「ここにいる者たちはそう遠くない未来、重要な職に就く事が約束されている。彼女たちも私に仕える事が決まっている。ここまではいいかしら?」
確認するようにプリシラが言えば、令息たちも令嬢たちも肯定していく。
「それを踏まえての婚約を結んだ家もある。けれど――この婚約を今回、見直そうと思っているの」
プリシラが言えば、思ってもいなかった事を言われたと周囲は騒めいた。
今の今まで特に問題が無いと思っていただけに、この発言があまりにも突然すぎたからだ。
王命で結ばれた婚約というわけではない。だから王家が婚約に口を挟むような事は本来ならばないはずだった。
だが現にこうして口を挟む状況になっている。
それはつまり……
呼び出された令息や令嬢たちは無意識のうちに他の令嬢や令息たちに目を向けていた。
自分に何か問題があったとは思っていない。であれば、相手の方に何か問題が出たのではないか。そう考えたのである。
「ちなみにこの場には呼び出していないけれど、既に貴方たちの両親には話を通してあるわ」
プリシラの言葉はつまり、今更ここでゴタゴタ言ったところで手遅れだ、という意味に他ならない。
一体何の権利があって――いや、王家と言われてしまえばそうなのだけれども――しかしだからといって簡単に納得できるはずもない。
プリシラに向けて「一体何故」という言葉を発するつもりがあった者ならそれこそこの場に集められた者の大半がそうだろう。けれども、真っ先に口を開く事で自分一人に矛先が向けられるような事になるのも避けたかった。
とりあえず自分たちにとってはあまりよろしくない状況である、とは雰囲気から察する事はできたけれど。
どうしてなのかを理解しないまま口に出した場合、それすら気付けぬ愚か者と受け取られるのではないか。
もしそうであったなら、王家からの自分に対する評価は大きく下がるのではないか。
そんな風に考えると、率先して口を開くという事がとても難しく思えたのである。
それ故に誰からも口を挟まれる事なく、プリシラの言葉が続けられる事となった。
「今更言う必要はないと思うけど、彼女たちはいずれ私に仕える事になる」
それくらいの事は知っている。それでどうして婚約を見直そうと思ったのかまではわからないが。
「その中の一人、ディオナ・フラッドに限りその話は白紙に戻す事にした」
「そんなっ!?」
プリシラの言葉に大声ではなかったが、たった今名を呼ばれたディオナは悲鳴に近い声を上げていた。
思ってもみなかった、という態度だ。
そしてそれはディオナの婚約者でもあるロディアス・レーネリアも同様である。
婚約の見直しがどういう風になるかはわからないが、少なくともディオナとロディアスの婚約は互いの職にも関わる事だった。いずれ女王となるはずのプリシラに仕える事ができなくなる、というのはつまり王家のおぼえがめでたいどころかその逆だ。そうなればロディアスがディオナと婚約する意味はなくなる。
ロディアスは別にディオナの事を愛しているわけでもなく、婚約はただの政略であるために。
いや、だからこその見直しか……? とロディアスは冷静に考えたが、そうもいかないのはディオナだ。
いずれ女王となるプリシラに仕える立場が消えれば自分の将来の立場というものが思い切り揺らぐ。
ただの女官として、というのであっても今更納得などできるはずもないし、それすらなれないとなれば、家はディオナの存在を間違いなく持て余す。
令息たちは婚約者がとんでもない事になっているロディアスにそっと視線を向けた。
もしかして婚約の見直しとは、自分たちの婚約者のいずれかとロディアスとの婚約を結びなおすというものになるのではないか。
もしそうであるのなら、ディオナと婚約を結びなおす事はないだろうけれど、では一人あぶれてしまう。
そうなったなら、新たな相手を王家が紹介するというのだろうか。
男たちはそんな風に考えていた。
それならそれで別に構わない、とも。
何故ならこの場にいる令息たちの婚約はいずれも政略で結ばれただけなので、何が何でもこの人でなければいけないという程愛しているわけでもないのだ。
「他人事のような顔をしているが、お前らの婚約は全て解消となる」
ディオナは一体何をしでかして折角の立場を失う事になったのだろう、なんて思っていた直後に爆弾発言を投下されて、男たちは最初何を言われたのか理解しきれなかった。
ロディアスの婚約が解消されたというのならわかる。
だが、それ以外の自分たちまで、となると到底納得できそうにない。
「いずれ私に仕える者たちもそれなりの立場にあるわけだが。
そのような相手が侮られればそれは遠回しに私も下に見られていると受け取られかねない。
故に、結婚をする前から愛人だの恋人だのを作っている相手と結婚させたところで、彼女たちの扱いがどうなるかなど想像に容易い。
……結婚をして、その後夫婦としての役目を果たした後で愛人を作るというのなら私も別に口を出すつもりはなかったのですけれどもね」
政略結婚をする以上、必ずしも心を通わせられるわけではない。勿論相応の努力はするだろうけれど、それでもどうしても、互いを愛するまでには至らないという夫婦はそれこそ多く存在している。
「結婚前からとなると話は変わってきます」
「ぁ……」
プリシラが視線を向けた先、ディオナは顔色を青くして一歩、思わずといった形で後ずさった。
「なんだと、不貞をしていたという事か」
そこにロディアスが追撃する。結婚前からそういう相手を作っていた、となれば特に愛している相手ではなくともいずれ妻になるはずだった相手だ。托卵という言葉が脳裏をよぎり、ロディアスとて心穏やかでいられるはずもない。しかし――
「それはそちらにも言えることでしょう。どうして自分は関係ないみたいに言っているのですか」
プリシラはディオナに向けていた以上に冷ややかな視線でロディアスを突き刺す。
「なっ……言いがかりです。いくら殿下と言えどもその発言は私のみならず我が家を侮辱する事にもなりかねません」
相手が王族だとわかっているが、それでも黙ってはいられなかった。
証拠があると決まったわけではない。自分は上手くやっていた。だからバレてはいない。
そんな風に内心で自分に言い聞かせながら、自分は無実だとばかりに言う。
だがしかしプリシラの眼差しはますます厳しくなっていく。
「素直に己の非を認めるのならまだしも、言うに事欠いて言いがかり、ですか。証拠がないと本気で思っているのですか?」
「っ、では、その証拠とやらを見せていただきたい。きっとそれは何かの間違いですから」
そう、言い逃れるだけならいくらでも言いようはある。
目撃者がたまたまそう見えるような場面を目撃してしまった。真実は違うのです。そんな風にまだどうにか言い逃れる事ができると、ロディアスは本気で信じていた。
そんな強気な態度のロディアスに、プリシラは冷めた眼差しのまますっと指を向けた。
向けられた先にはピンク色のハートがほわんほわんと浮いている。
「婚約者がいながら、他の相手を作っている不誠実な相手にのみそのハートが浮かぶように私が魔女に頼みました」
その言葉にロディアスだけではない。他にハートをほわんほわん飛ばしている令息たちまでもが固まった。
「先程も言ったように、結婚後に夫婦としての役目を果たした後で恋人なり愛人なりを作る事までは何も言いません。あくまでも問題なのは、結婚前からそういった相手を作っているという点です。
最低限の順序も守れないとなると、結婚後にもそのままずるずると関係を続けそうですし。結婚直後から夫に相手にされていない、なんて彼女たちが言われるような事になれば、そんな彼女たちを置いている私までもが侮られるようになりかねません。
結婚前から不誠実な事をしている相手を重要なポジションに置く事を良しとはできないのです」
魔女に頼んだ時、特定の個人だけに魔法を発動するようにしてもらおうかとも思ったが、しかしすぐにその魔法がどういうものかを悟った場合。速やかに恋人や愛人と手を切ってもう関係のない終わった事です、で言い逃れる場合もあった。確かに過去、そういう関係でいた事までは否定しませんが、しかし今はもう終わらせたのです。そう言われてしまえばそれ以上はこちらだって追究はできない。
そうして何食わぬ顔で結婚した後で、関係を復活させるなんてやられたらそれはそれで面倒な事になる。
だからこそ魔法は広範囲に。
それでもきっと聡い者は薄々であっても気付けたかもしれない。
あくまでもこの魔法は婚約者がありながら結婚前から浮気をする者にのみ発動しているので、婚約の話が出ていない幼いこどもや、そもそも最初から婚約者がいない者にはハートは出ない。
恋人がいながら他にも複数恋人を作っている場合などでも一応ハートが出るようになってはいるけれど、それは単純に自分に仕える予定の彼女たちの新たな相手を見つける時の基準にしようと思っての事なので、二股やらそれ以上の相手を作っている婚約者がいない未婚の男女についてはプリシラも特に何を言うつもりはなかった。
まぁ内心でドン引きくらいはするけれど。
「ちなみにハートの色は濃くなればなるほど関係の深さを示しています」
そう言われた令息たちは、それぞれの周囲に浮いているハートを見た。
一つだけではなかった。
淡い色のハートが一つだけであっても、それ以外に色の濃いピンクのハートがもう一つ浮いている者。
濃い色のハートが二つ浮かんでいる者。
淡い色のハートが複数だけ、という者もいたがどちらにしても婚約者以外の相手がいるという事実に変わりはない。
「我が国は一夫一妻制であって、複数の相手と……というのはどうしても跡取りを残さなければならないだとかの事情でもない限りは認められていないはずでしたが……これは一体どういう事なのでしょうね?」
せめて愛人なり恋人が一人だけなら、もうちょっとマシだったかもしれない。
だがしかしどの令息にも複数の相手がいる事がハートの数で証明されてしまっていたので。
笑顔なのに全く笑顔に思えない笑顔を浮かべているプリシラに、誰も何も言えなかった。
仮に食ってかかったところで、プリシラの背後には国王夫妻がいる。あと王子も。
どちらにしてもこの時点で彼らは王家のおぼえがめでたいどころか、憶えてもらうより一刻も早く忘れてもらわないといけない立場になってしまった。
優秀だったかもしれないけれど、人間関係で確実に後から揉めるだろう事がわかりきっている相手を重要なポストにつけておくと、面倒な事が起きるのは間違いない。今はまだいずれ重要なポストに就く事が約束されている、というだけで実際権力はそれぞれの家に由来するものだけれど。
このまま国の中枢など重要なポジションに就けたらその権力を使ってロクでもない事をしでかさないとも限らない。
というか、こんなに節操がないとうっかり国の重要情報を狙いにきた他国のスパイのハニートラップにも引っ掛かりそうで怖い。
既に複数名の女性と関係を持っているような相手だ。今から更に一人や二人相手が増えたとして、彼らはそれを受け入れる事に抵抗もないだろう。
後から増えた相手だけがスパイであればわかりやすい。
もしかしたらその相手の中に既にもう潜んでいる可能性もあり得るのだ。
最初に潜り込んでいたスパイと、後からのスパイとで連携を組んで……なんて事もあるかもしれない。
そうして気付いた時には周辺諸国に我が国の重要機密が周知の事実、なんてオチになっていたのなら笑い話にもできやしなかった。
むしろそうなった頃には最早この国は終わりを迎えているだろう。
しかも、だ。
こんなに節操のない男の妻となった彼女らも安全とは限らない。
周囲から夫に相手にされていない哀れな女と嘲笑されるだけであればマシな方だ。
自分の方こそが妻に相応しい、と愛人が彼女らの命を狙うような事になるかもしれないし、夫からではなく妻から何か情報を引き出せないかとこちらにもハニートラップを仕掛けられるかもしれない。
周囲から蔑ろにされて相手にされていなければ、そうして近づいてきた人間にコロッといくかもしれないのだ。
分厚い氷を踏み抜くのは難しくとも、最初からバキバキにひび割れた氷であれば砕くのは容易い。
彼らの婚約は、つまり最初からいつ壊れてもおかしくないものだった。
故に、彼らの婚約は解消された。破棄とすると大々的に事情を公表する必要が出てくるがそこまでにはしなかったのは王家の温情というよりかは――
――姉の行動が突飛なのは今に始まった事ではない。
結婚前から貞操観念がゆるっゆるな相手へ冷ややかな目を向けて彼ら・彼女らへ今後の事を通知している姉の姿を、セドリックは表向きは真面目な顔をして眺めていた。
浮気とは、一体どこからどこまでなのか。
人によって異なる返答をされる問題である。
それによってこの魔法の解釈次第ではとんでもない事になるのではないか。そう思っていたが、あまりに無茶な判定はされていないようだったのでセドリックとしてはホッと安堵するしかない。
別に疚しい事はしていないけれど、もしちょっとでも婚約者以外の女性を見て、綺麗だなぁとか思っただけでも浮気判定を下されて自分の周りをハートが漂うような事になっていたら、セドリックだって姉からあのような目をむけられていたのかもしれないので。
しかし幸い、ただ普通にあっ、綺麗だなー、と思っただけでそれ以上の事を想わなければセーフであった。
セドリックの場合は自分の婚約者にもああいうドレス似合いそうだな、なんて思ったからかもしれないが。
あの髪型にあの飾りを組み合わせたら……なんて脳内で己の婚約者を飾り立てる思考になっていたから、他の綺麗な女性を見てもその人とどうこうなりたいというわけではなく、自分の婚約者にあのドレスが似合うかどうか、装飾品はどうだろうか、と言ってしまえばマネキン扱いだった。それで浮気扱いになったなら異性を見ただけでも浮気判定が下る事になっていたかもしれない。
この魔法に関して、大々的に周知されていないのは簡単な話だ。
思っていた以上にそういうのがいたからである。
婚約者がいながら他に相手を……という不誠実な者が大勢いたというのは、セドリックからすればまぁ政略結婚なら相性の良し悪しもあるし、最初から割り切ってるってところもあるもんなぁ、で受け流せた。
今回はいずれ自分の傍に仕えるであろう令嬢たちが軽んじられると思ったプリシラのほぼ思い付きでやらかされたが、その婚約者の異性関係の節操のなさも噂にはなっていたので、いずれ面倒な事になりそうだよなぁ、とはセドリックだって思っていたのでむしろこうなったのは良かったのかもしれない。
事が起きてから対処するより、やはり事前にどうにかできた方が後始末もそこまでではないので。
ただ、流石にこんな事を大っぴらに告知などできるはずもない。
プリシラは婚約者がいながら結婚前から不誠実な事をしている相手にのみハートが出るように魔法を頼んだ、と言っていた。なので結婚後に愛人を作った相手はその限りではない。
だが――
王国中にかけられた魔法は、今は関係を終わらせていても過去にそうであった相手にも発動している。
つまり、今の伴侶に何も知られないうちに関係を終わらせて今はお相手一筋、みたいな相手にも過去やらかしている時点でハートが浮かんでいるのである。
この魔法に関しては、周囲がどういう効果なのかを知った時点で、いらぬ修羅場が巻き起こるのは言うまでもない。
既に終わってその影すら感じさせていない相手の、過去の過ちを今更明らかにしたところで誰も得をしない。
中にはもうそろそろ寿命を迎えそうな相手だっているのだ。
恐らく何十年も昔の事を死ぬ間際に引っ張り出されても……と思われるだろう。
その過去の相手が子を連れて遺産相続の場に乗り込んできたとかならともかく、そういう事もなければ知らぬままにしておいた方がいい事もある。
自分から何かおかしいな、と思って疑っているところに明らかになるのならまだしも、疑ってすらいなかった過去の出来事を無理に暴いて誰が得をするのか。
勿論、そのままにしておけば問題があるだろう場合ならいざ知らず、終わった事として何の問題もなく関係を築いている相手に亀裂を入れたところで、もう過去に終わった事だと恨まれるか、知らないままで良かったと恨まれるか……どちらにしてもこんな事、大々的に知らせたところで王家に怒りの矛先が向けられるだけになる。
今回の件で、どうしてハートが漂っているのか、の真相を知った者が出た。
けれど知った者たちもわざわざ大声で広めるような事はしないだろう。余計な事を言って恨まれる役目を自分から引き受けたいと思うような者は、そういう事を言う中にはいないだろうから。
であれば今後はひっそりと、公然の秘密となっていくはずだ。
公衆の面前で醜態を晒す事はしないと思うが、まぁ家の中ではどうだろうか。
知った時点で修羅場は免れないだろうけれど、殺人事件にまで発展しないでくれればもう……仕方ないかな、なんて。
セドリックとしては思うしかなかった。
何せちょっとお忍びで街に出て見て回ったが、思った以上にハートがほわんほわんしまくっていたのだ。
皆、恋多き人たちなんだなぁ……とセドリックとしては驚くしかない。
今は無邪気に駆け回っているこどもたちも、将来あんな風になるんだろうか……なんて思って見てしまった事もあったくらいだ。
勿論、皆が皆節操がないというわけでもないのだろう。
元々好き合っていたのに親が勝手に婚約を決めて、恋人と泣く泣く引き離された、なんて者だって婚約者と恋人がイコールじゃなければハートが出る。だからハートがあるからといって皆が軽蔑の対象というわけでもないけれど。
でもハートの意味を知ってしまえば、過去がどうであれ事実として残るそれに対して軽蔑の目を向ける者は出るだろう。
見た目はファンシーでポップな印象ましましにしてくるハートだけれど、その中身は全然可愛くない。
だからこそ、あまり長くこの魔法があり続けても誰も幸せになれそうにないよな、とセドリックは思っていたので。
「姉さま、この魔法、いつまで続くのですか?
流石にずっと続くと、過去の過ぎた事に対してまで諍いの元になりそうだし、やむに已まれぬ事情で引き離された恋人たちもあのハートの対象になるのだから不幸な人が増える一方な気がするのですが」
そう問いかければプリシラは絶妙なアルカイックスマイルを浮かべ、こたえた。
「私も流石にずっとかけつづけろ、とは無茶が過ぎると思ったので期限は定めていますよ。
そうですね、大体あと一か月くらい……」
「……その間にこれ以上何か、事件が起きなければいいですね」
自分で言っておいて、思った以上に長いなとでも思ったのだろう。
とりあえずセドリックは、姉の婚約者でいずれこちらにやってくる隣国の第三王子に今回の顛末を手紙に書いて送ろうと決めた。
どうか、是非とも姉の手綱をしっかりと握って下さい。
そんな気持ちをたっぷりと込める所存である。
らぶりーかーす、縮めてらぶかす。
ポ〇モン風にいうけどなんかそんな名前のやついたような気がしてきました……大丈夫、無関係です。
次回短編予告
病弱な幼馴染を優先する婚約者。心のどこかで仕方ないと諦めつつあったのだけれど。
とある魔女の言葉で彼女の心は決まった。
次回 病弱な幼馴染とご一緒に
幸せは些細なきっかけで訪れるし壊れるもの。




