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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

だんしょくか

作者: 風緑鶏
掲載日:2026/06/23

 相も変わらず、私は獲物(おとこ)を連れ込んだ。いつもと違う点があるとすれば、掲示板を通じて知り合ったのではなく、街で偶然出くわした相手ということだけ。

 たまに出てしまう。私の悪癖の一つだ。手順を踏んで行為に及ぶ方が手間はかからないのに、いかんせん蠱惑的な相手を見つけてしまうと自制が効かなくなってしまう。

 まあ、この街で男漁りをするのも今夜が潮時であろうから、反省するだけ無駄だろう。そんな些事に思考を割くよりも、街を出る前にこんなにも美しいオトコの耽美な肉体を堪能できる僥倖に感謝するべきだ。

 薄手のシャツからはみ出た、若々しくハリのある――恐らく未成年だろう――彼の柔肌が視界にチラつくたびに、果ててしまいそうになる。

 逸る心をどうにか押し殺して、名前も知らない青年をシングルベッドにエスコートしてやる。玉のような汗が湧き出る。

 自己紹介はしていないが、いつものことだ。一夜だけの関係に、名前を知る必要などあるまい。

 私としても、あまり喋るのが好きではないから、必要な言葉以外は口にしたくなかった。だからというわけではないが、言葉を話せない彼は私にとって非常に都合のいい相手だった。喋れないのは可哀想だが仕方ない、そういう星の下に生まれてしまったのだから。

「おっと」

 彼の手を引いて寝室まできたところで、重要な作業をやり忘れていることに気づいた。

 体を洗っていなかったのだ。流石に逃げ水を何度も目にするような日に外を歩いて、体を洗わないというのは不潔だ。不快ですらある。

 汗まみれでまじり合うというのも一興だが、私も彼も中途半端に乾いてしまって体中がベタついている。とてもじゃないが、気分良く身体を重ねることができるとは思えない。

「そういうことだから、風呂に入ろうじゃないか」

 青年の首は無言で縦に揺れた。

 彼を洗面所までエスコートする。愛らしい青年と密室に二人きりというシチュエーションに私は昂ぶり、気づくと体液に塗れた彼の服を無造作にひん剥いていた。

 言い訳するつもりはないが、いつもの私はもっと紳士的に振舞っている。決して紳士なわけではないが、装うことくらいはできる。

 ただ、今日に限ってはそんな自分の言い訳も許せてしまう。目の前の青年に私の理性を壊してしまうほどの魅力があったのだから仕方ない、と。

 生まれた瞬間と同じ姿の青年を風呂場に放り込んでから、私はようやく自分の靴下に手をかけた。足の指から漂ってくる異臭が鼻につく。気分が高揚して感覚が鋭敏になっている分、なおのこと。

 自分の足指が発する臭いに気分を害される前に、青年が全裸で待っている風呂場に足を踏み入れた。

 悪戯心から、バルブをひねって一糸纏わぬ彼の裸体に冷水を浴びせてみた。しかし、ウンともスンとも言わない。当然といえば当然か。

「もしかして、不感症だったりするのかな?」

 などと、誰の笑いを誘うこともできない冗談を口にしてみた。当然のことながら青年は反応を見せなかった。皆無、という表現が適切だ。

 気を取り直し、湯気を出し始めたシャワーのお湯を青年の体に浴びせる。いつも他の男にするように、私が手ずから体を洗う。ただし、石鹸やボディーソープを使ったりはしない。そんなことをしてしまっては、せっかくの生っぽさをあざとい香りでかき消してしまうことになる。もちろん、髪にシャンプーをつけるなど言語道断だ。毳毳しい売女でもあるまいし。

 スポンジやボディタオルを使うのもナンセンスだ。シャワーを程よい強さにして体を流しながら、素手で少し強く摩るくらいがちょうど良い。

 まずは髪に手を伸ばす。適度に手入れをしているらしく、ほどよく柔らかで、触り心地が良い。皮脂を傷つけない程度に爪を立てて頭を洗ってやる。気持ちよさそうに前後する彼の頭部を片手で押さえながら、もう片方の手で濡れそぼった髪をほぐしていく。

 頭を洗っているうちに昂ぶりを感じた私は、つい後ろ髪から覗けるうなじに噛み付いてしまった。わずかな塩っけが味覚を刺激し、脳を蕩けさせる。

 その場で行為に及びそうになり、慌てて自分の顔にシャワーを浴びせた。お湯で頭を冷やした私は再び手を動かす。首を伝わせていた指を下ろして、鎖骨に這わせる。

「おっと」

 いつの間にか唾液が口元から滴っていた。我ながらはしたないことだ。

 ほどよく日に焼けた表皮に、適度に無駄のある肉体。すばらしい食み心地であろうことを予見させる脂肪の付き具合に、思わず舌を巻いた。

 腕や脇の下、胸から丹田にかけて時間をかけてゆっくりと洗い流していく。さあ、いよいよ局部だ。

 年齢に相応しく陰部は毛に覆われている。正直、陰毛はいらないので剃ることにした。口にいれるとき邪魔になるからだ。

 いつもなら前もって相手に剃ってくるよう伝えるのだが、今日に限っては仕方あるまい。

「こんなものかな?」

 一通り洗い終えた彼を湯船に浸からせて、一息ついた。

 湯船に立つ小さな波が淫靡な体を揺蕩わせ、かつてないエロスを私に与えてくる。

 肉体だけでこれほど私を昂ぶらせているというのに、同性にあるまじき端正な顔立ちも私の官能をくすぐる。もっとも、男の性だからこそ、この顔に悦楽するわけで、彼が女性だったのなら食指は全く動かなかっただろう。

 一点を見つめる双眸は人形のようだ。ビー玉の如く大きく丸い目が閉じてさえいれば、心地よく眠っているようにさえ見えるほど。この「美」を堪能するだけでも、彼を連れ込んで良かったと思える。

 とはいえ、私は美にそこまで拘泥しているわけではない。

 ともすれば私の行為はある種の耽美主義と捉えられそうだが、美を至上とする思想を持ち合わせているわけでは断じてない。私が耽美主義者だったなら、ここまで多くの同性を食すことはできなかっただろう。

 美は重視する要素ではあるが、耽溺するほどのことでもない。あくまで私の欲求の充実を手助けするスパイスでしかない。

「さ、そろそろ上がろうか」

 脱力しきった彼の体を抱きかかえて、風呂場から退場する。名残惜しさがないわけではないが、文字通りこれが私にとって最後の晩餐になるのだから、下ごしらえにかまけてばかりもいられない。

 体に付着した水を手早く拭きとり、髪を乾かすのもそこそこに寝室へと向かった。一歩、また一歩と部屋に近づくたびに鼓動が逸る。寝室にたどり着く前に二十億の拍動を使い切ってしまうのではないかと、ありもしない恐怖に苛まれた。

 杞憂にすぎる懸念は、しかし部屋に入ったことで尚更強くなった。

 目の前にはシングルベッドが一つ。あとは姿見と冷蔵庫があるだけの、いつもと変わらない殺風景な部屋だ。しかし今夜に限っては、どんな高級ホテルのスイートルームよりも瀟洒で、どれだけ低俗なブティックホテルの一室よりも現実味を与えてくれた。

「あぁ、もう限界だ」

 抱きかかえていた青年の裸体を無造作にベッドの上に放り投げた。使い込みすぎて元の色の痕跡もないシーツに皺が寄った。

 けれど、そんなのは取るに足らない些事だ。皿に料理を盛れば汚れるのと、まったく同じこと。そもそも、それを汚れと取るかどうかは私次第だし、今は、その汚れですら愛おしい。

 しかし、まだダメだ。盛り付けが終わっていない。

「…………こんな感じでどうだろう?」

 横たわっていた彼の肉体を仰向けにし、ウィトルウィウス的人体図を想起させる大の字のポーズを取らせる。本人からしてみれば相当恥ずかしい姿勢だろうに、青年は一言たりとも文句を言ったりしない。

 最後に、明かりを少し暗くして雰囲気を演出する。これで準備は整った。

「では」

 惜しげもなく、艶かしく肉々しい肉体を晒す青年に合掌し、飛びかかるように私もベッドインする。

 まだ湿り気が残る体表を舐めると、ほんのり芳ばしい風味が舌を通して脳みそを殴りつけてきた。

 目眩を堪えて無防備な首筋に噛み付く。口内に溢れる様々なタンパク質の味と、新鮮とは言い難いが程よく硬まった肉の感触。生涯で一番とも言える情動を、私は体験した。

「――――」

 裡から湧き上がる筆舌に尽くしがたい衝動は、遂に理性の手綱を離れ私の体を、そして彼の体を縦横無尽にかき乱した。

 そうして、私は全てを欲望に明け渡し彼を貪った。

一体どれだけの時間が経ったのだろうか。ようやく物事をまともに考えられるようになった頃には、私の顎はまともに機能しなくなっていた。

 顔を拭って立ち上がると、腰が抜けそうになった。まったく、行為が終わってこの有様では、冗談ではなく行為中に心不全でも起こして死んでしまっていたかもしれない。

 骨の髄までしゃぶり尽くした青年の体に合掌し、室内にこもる残り香を十分に堪能してから窓を開けた。

「……あァ」

 できることならもっともっと堪能していたかったが、何はともあれ最後まで邪魔されることがなくて本当に良かった。

 つい今しがたの出来事だというのに、彼の肉体の味が遥か昔の思い出に感じられるくらい、惜しむ気持ちが沸々と煮えていた。

 本来なら後始末が残っているのだが、どうせ連中が勝手に検めてくれるだろうし、放置しても構わない。

 それよりも今は、残された僅かな時間を、この幸福の余韻を堪能していたかった。

 シングルベッドで眠る彼を見て、私がこの肉体を堪能したのだと改めて認識した。そう思ったら、また欲望が顫動してきた。この欲求を堪える必要はないが、残念なことにそれを満たしてやるだけの体力も時間も、何よりパートナーである彼の肉体にもはや可食部が残っていない。

 夜通しの営みによる疲労は、ついに私を屹立させることすら困難にさせ、壁にもたれかかったまま臀部を床に預けた。

 しばらくそのままでいると、部屋に明るみが戻り始めていた。どうやら、日が昇り始めたらしい。

窓から差し込む朝日が、煌々と彼を照らしている。その光景があまりにも意味深に思えて、ついついその事由を考えて意味を与えてやりたくなった。

 私の感動を天が代弁してくれているのか、と。

 白昼夢にも劣る妄想ではあるが、だからこそ心が躍った。

 すると、弾む私の心に、物々しくさざめく音が闖入してきた。音は、段々と近づいていた。

 せっかく幸福に満たされていたというのに、弁えない荒々しい音のせいで台無しだった。

 不躾で無遠慮な連中だが、だからこそ秋霜烈日という言葉は相応しいとも思えた。何より、幸福に満たされた今の私は、すでに彼らを赦している。

 群れた音はようやく部屋の前にまでやってきた。未来は分かっているが、私の心に悚然はない。

 あるのはただ、至高を味わえた無上の喜びだけ。

 深く息を吸うと、見計らったかのように扉の破れる音がした。

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