四分
今日は仕事が休みだ。
シフト制なので平日休み。わたしは結構気に入っている。ゴールデンウィークも年末年始も関係なく仕事だけど、希望休は余程のことがなければ通る。それでいい。
起床は7時。
母は過保護なので、3歳になった保護犬のコトをひとりにできないと言って、家を出る時間に起こしてくる。父もそれに習うようになった。
わたしもコトが好きだし問題はない。窓辺で寝転んでうとうとしているコトは、あまりにも可愛い。
お腹が空いて、作る気力もないしコンビニに行こうと思う。歩いて行けない距離ではないけど、帰りがしんどいから車で行く。
身なりを整えるつもりが、だんだん楽しくなって、気づいたらフルメイクをしていた。
こういうときのわたしは可愛いと思う。
行動もだし、顔も。たまに、女優になれるんじゃないかと思う。
でも、そう思わない日の方が多い。なんて不細工なんだろう、と急に思う。パーツも小さくて、バランスの取れていない顔。そうやって絶望することは、わりとよくある。
コトに「行ってくるね」と言って、茶色のハスラーの鍵を取る。両親が、大学に進学しなかったわたしに買ってくれた車だ。気に入っている。
片道4分。
その4分で、わたしの頭の中はいつもぐるぐるする。
わたしはバンドマンになりたかった。
今でも、なれるならなりたい。中学生の頃からバンドが好きだ。
気づけば21歳になった。
ギター、ベース、ピアノ、ドラム。色々手を出した。文化祭ではベースをやったし、ドラムは習いにも行った。ライブハウスにも通ってみた。自主企画の、楽器やってみよう、みたいなやつ。
誰かにバンドに誘われないかな、という淡い期待を持って。
結局、何もなかった。
受け身なだけで、自分から動いていないからだと思う。
ここまで来たんだから誰か声をかけてくれる、みたいな気持ちが、たぶん顔に出ていた。
同世代の活躍を見るとつらくなる。
見えないところで努力してきたことは分かっている。
その努力を続けて、ここまで来られたという事実が羨ましい。
わたしにはできなかったことを、彼らはやってきた。
それを自分の力にしている。
その差を考えると、名前のない感情が残る。
コンビニに着くと、やる気のない「いらっしゃいませ」が響いた。
食べたいものは特にないけど、何かは食べたい。二十分くらい迷って、おにぎりとホットスナックとエクレアを買った。
わたしは愛想がいい。
店員の目を見て丁寧にお礼を言って店を出る。こういうところでしか、自分の価値を確認できない。
エンジンボタンを押すと、さっきまで流れていた曲が再生された。聴きたくなくて、すぐに消した。無音のまま車を走らせる。
今泉力哉の作品が好きだ。
なんとも言えない空気で、でも分かる気がする。自分と重ねて観て、勝手に悲しくなったり、少し救われたりする。終わったあと、余韻が長く残る。一日中その映画のことを考えてしまう。
答え合わせみたいにレビューを読む。
今泉力哉の作品のレビュー欄には、自分語りが多い気がする。悪いことではないと思う。それだけ人の感情を置いていける作品なのだ。
それでも、わたしは書かない。
その一人になるのが、なぜか恥ずかしい。人が作ったフィクションに、ここまで自分を重ねる自分を想像すると、どうしても無理だった。
好きなことをやるには、行動が必要だ。
分かっている。
でも、いつも「まあいいや」で後回しにする。後回しにしたものは、戻ってこない。
自分の感性が好きだ。考えすぎてしまうところも含めて。
でも同時に、その感性が嫌いだ。
何も形にしないまま考え続けて、
自分の感情も行動も、無意味なものにしてしまう。
それを分かっていて、
今日もわたしは、何もしない。
何もしないまま、時間だけが進む。
進むことだけは、誰にでも平等だ。
ベッドの横に、ドラムスティックが転がっている。
ギターはケースの中で、静かに眠っている。
触れば音が出るのに、部屋はずっと無音のままだ。
「やらない」と決めているわけじゃない。
ただ、やらない。
その曖昧さに名前をつけられないまま、
一日が終わる。
感性があるとか、ないとか、
そんな話はどうでもよくて、
わたしは今日も、何も差し出していない。
明日も仕事だ。
平日休みは気に入っている。
生活は続く。
できなかったことより、
やらなかったことが、静かに増えていく。




