7話 訓練場の場所決めーーガーディアン・グロウの始まり
朝食を終えて屋敷を出ると、リーリャが声をかけてきた。
「ルカ、ソルシダから伝言だよ。相談したいことがあるって」
珍しいこともあるものだ。
「わかった、行ってくる」
そう返事をし、街の広場へと向かった。
今日はひんやりとした風が通り、吸い込む空気が美味しい。
鼻詰まりさえ解消してくれそうな清々しさだ。
道を歩けば、市民たちが笑顔で挨拶をくれる。
「領主様、おはようございます!」
「今日もいい天気ですね」
こうして声をかけてもらえるのは、純粋に気持ちがいいものだ。
少しずつだが、この街に活気が戻ってきているのを肌で感じた。
広場では、ソルシダが今日も街の整備に精を出している。
「おはよう、ソルシダ」
声をかけると、彼は作業の手を止めて振り返り、額の汗を拭いながら深く頭を下げた。
「おはようございます、ルカ様。……少し、お時間をよろしいでしょうか。大事な話があるのです」
ソルシダが懐から取り出したのは、一枚の紙だった。
「これを見てください」
受け取った紙には、几帳面な文字で三件の事件が記されていた。
窃盗が二件、喧嘩が一件。
ーーえっ…なんで…
俺の手が、無意識に紙を握りしめる。
たった三件。内容も深刻すぎるものではない。
だがーーこれまでゼロだった街に初めて起きた綻びだ。
「今は小さな事件ですが、放っておけばいずれ大きな火種になりかねません。そこで相談なのですが……警備隊を組織してはいかがでしょうか。ルカ様のご意見を伺いたいのです」
警備隊。治安維持はもちろん、万が一の内乱への備えにもなる。
「そうしよう、名案だ」
即答したものの、さて、まず何から手をつければいいのか。
俺の両親は金で雇った傭兵を置いていたが、あんなものは参考にならない。
俺は正直にソルシダへ尋ねた。
「ソルシダ、警備隊を作るとして、まず必要なものは何だと思う?」
「規律と、信頼です。武力は後からでも身につきますが、これだけは最初に整えねばなりません。そのための拠点として、訓練場が必要かと存じます」
「訓練場か。……いいね」
ソルシダはさらに続けた。
「次に、人ですが……誰でも入れる形にするのがよろしいでしょう」
「誰でも? ーーもし、問題を起こしそうな荒くれ者が集まったらどうするんだ?」
懸念をぶつけると、ソルシダは静かに首を横に振った。
「最初から選り好みをしていては、人は集まりません。それに、荒くれ者を野放しにするより、組織に取り込んで教育した方が管理もしやすいかと」
なるほど、頭が良いな。
「わかった。その方針で任せるよ」
「承知しました。人選と訓練内容は、私が責任を持って詰めさせていただきます」
本当に頼れる男だ。
「よし。次は場所探しだな」
「そうですね……訓練場の候補地ですが、二つほど考えています」
ソルシダが挙げたのは、街の外れにある広大な空き地と、中央に近い場所にある古びた倉庫跡だった。
「外れの空き地は十分な広さがありますが、街からは少し距離があります。逆に倉庫跡は立地こそ良いですが、建物がひどく傷んでおり、大がかりな補修が必要になるでしょう」
なるほど、一長一短だ。
俺は腕を組み、周囲の景色を眺めながら考えを巡らせた。
訓練場は、ただ強くなるための場所じゃない。
ここは街の一部であるべきだ。
「……街の人に見える場所がいいな」
「見える、ですか?」
意外そうな顔をするソルシダに、俺は言葉を続ける。
「警備隊が汗を流して頑張っている姿を見れば、住民も安心するだろ? それに、常に人の目があれば隊員たちも規律を崩せなくなる。……まあ、要は目立つ場所が欲しいんだ」
俺にしては上出来な理屈だ。
ソルシダは一瞬だけ目を丸くし、それから深く頷いた。
「……確かに。存在そのものが抑止力になるわけですね」
俺たちは倉庫跡へと足を向けた。多少の整備は必要だが、ここが一番、街を守る雰囲気があった。
ほかにも、何もない街に目立つ場所がほしいってのもあるけど…
「よし、ここを訓練場にしよう」
大きな建物も、立派な設備もまだない。
けれど、ここから街の未来を背負う者たちが育っていくのだ。
そう思うと、胸の中に熱いものが込み上げてきた。
「名前を決めていい?」
その言葉にソルシダは目を開いた。
「おぉ、早速ですね」
「うん。名前はーー『ガーディアン・グロウ』」
街を守る者が、街と共に成長していく。
そんな願いを込めた。
「……いい名ですね、ルカ様。
街が少しずつ形になってきましたよ」
ソルシダの言葉に、俺は照れ隠しに小さく笑った。
「まだ始まったばかりだよ」
場所が決まれば、次は人だ。
『誰でも歓迎。街を守りたい者、集まれ!』
威勢のいい張り紙を街中に貼り出して、あとの細かな采配はソルシダに任せることにした。
あの男なら、きっとうまくやってくれる。
「ふぅ……」
ひと仕事を終えた俺は、大きく背伸びをした。
よし、屋敷に戻ってリーリャに報告だ。
ついでに、うんと褒めてもらおう!
*
「リーリャ、ただいま!警備隊上手く行ったよ!」
返事はない。
いつもなら玄関まで迎えに来てくれるはずの彼女の気配が、屋敷のどこにもなかった。
嫌な汗が背中を伝う。
家中を探し回り、ようやく見つけたのは、食卓の椅子にナイフで突き立てられた一枚の汚い紙切れだった。
『リーリャを返して欲しければ、金貨1000枚と交換だ。』
金貨1000枚。今のこの街の予算を丸ごと飲み込んでも足りない、ふざけた額だ。
しかも、肝心の受け渡し場所すら書いていない。
――素人か?
俺は頭をガリガリとかきむしった。
恐怖よりも先に、回路が焼き切れるような怒りがこみ上げてくる。
場所を書かなかったのは、犯人が間抜けだからじゃない。
「どこにいるか分からない」という恐怖で俺を揺さぶり、判断力を奪うためだ。
「……舐めるなよ」
俺は目を閉じ、封印していた【読心】を全開にする。
ノイズが頭に突き刺さるが、構わない。
犯人は近くにいる。
俺が絶望し、泣き喚く姿をどこかで見ているはずだ。
屋敷の窓の外、ざわつく街の思考の海に潜り込む。
『あいつ、いつ泣き出すかな……』
『早く王国騎士団に連絡しねえと、女の命はねえぞ……』
――見つけた。
俺は、リーリャの髪飾りがないことに気づいた時のあの感覚を思い出し、冷たく笑った。
「金貨1000枚なんて持ってないけど……代わりに、後悔なら山ほどくれてやる」
俺は屋敷を飛び出した。
王国騎士団?
そんなのには頼らない。
ガーディアン・グロウの最初の獲物は、もう決まった。
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