27話 はい、どうぞ!
話はバルトが飛び出す日から数日遡る。
銀嶺草が芽を出した頃だ。
*ルカ視点*
やっぱり、伝説の薬草なだけあって育つのが少し遅いな。
でも、名前の通り銀色に輝いている。
これは面白い。
「ルカ、これすごくギラギラしてるね!」
「うん。やっぱり、名前の通りだな」
「ねえねえ、外交という山場も超えたし、久しぶりにお菓子作ってみない?」
お菓子作りかぁ。
俺は昔を思い出した。
*
俺が転生してから、3年ほど経った頃の話だ。
その日、木に登って遊んでいたら、うっかり足を滑らせて落ちてしまった。
痛くて泣きそうになった俺を、リーリャは優しく抱き上げてくれた。
傷を丁寧に手当してもらい、泣き止まない俺と一緒にキッチンでクッキーを作った。
焼きたてのクッキーの甘い香りと味に、少しずつ気持ちも落ち着くのを感じた。
あの時のクッキー、本当に美味しかった。
*
「ねぇ、ルカ聞いてる?」
「うん、今日はクッキーを焼こう!」
リーリャは「うん!」とパッと表情を輝かせた。
外交という大きな仕事を終えたご褒美だ。
たまにはこうして、五歳児らしい時間を過ごすのも悪くない。
用意したのは、俺の畑で採れた自慢の甘いカボチャと、小麦粉だ。
蒸し上げたカボチャを潰すと、それだけで高級なスイーツのような甘い香りがキッチンいっぱいに広がる。
「ルカ、お砂糖はこれくらい?」
「うん、カボチャが十分甘いから、いつもより少なめで大丈夫だよ」
俺は踏み台に登り、一生懸命にボウルの中の生地を混ぜる。
外交の時は【読心】で相手の腹の内を探るのに必死だったけれど、今はただ、バターとカボチャが混ざり合っていく優しい感覚に集中していた。
「あはは! ルカ、鼻の先に粉がついてるよ」
「えっ、どこ? ……あ、手がベタベタで拭けない……」
リーリャがクスクス笑いながら、布巾で俺の顔を優しく拭いてくれる。
こういう穏やかな時間は、なんだか時間が引き延ばされるように感じられた。
生地を平らに伸ばし、型抜きを始める。
丸い形や、小さな花の形。中には、あの巨大な『精霊樹』をイメージした少し複雑な形にも挑戦してみた。
竈に入れて数分。
香ばしい、幸せな香りが漂い始める。
「いい匂い……。もう焼けたかな?」
「もう少し。表面が少しキツネ色になったらだよ」
焼き上がったクッキーは、カボチャの色を反映して綺麗な黄金色をしていた。
熱々のうちに一枚、リーリャと半分こして口に運ぶ。
「サクサク……。おいしい!」
「うん、大成功だね」
カボチャの自然な甘みが口いっぱいに広がり、鼻から抜けるバターの香りが心地いい。
「……でも、少し作りすぎちゃったかな」
お皿の上に山積みになった黄金色のクッキーを見て、俺は苦笑した。
「ふふ、ルカが一生懸命こねるからだよ。でも、これだけあればみんな喜ぶんじゃない?」
リーリャの言葉に、俺はポンと手を打った。
「そうだね。……よし、余った分はみんなに配りに行こう!」
俺は小さなカゴにクッキーを詰め込み、リーリャと一緒に街へ繰り出した。
「マルチェリオさーん、これ差し入れ」
「おや、ルカ君! 本日はどのようなご用件で……おや、その芳醇なバターの香りは?」
商人のマルチェリオさんは、独特のねっとりとした口調で俺の名前を呼んだ。
「ルカ君、これ……このカボチャの糖度、そしてこの絶妙な食感。いいですな。これを商品化すれば売れますぞ」
「あはは、今日は配るだけだから。また今度ね」
商売っ気たっぷりのマルチェリオさんをかわして、薬草屋のフィオナさん、そして、市民たちに配り終えた後。
門の方へ向かうと、そこには街の最強の盾、ソルシダと、その背後で槍の手入れをしていた少年、ユーノの姿があった。
「ソルシダ、お疲れ様。これ、差し入れだよ」
「……! ルカ様自らのお届け物、恐縮です」
ソルシダは恭しく膝をつき、まるで聖遺物を受け取るような手つきでクッキーを口に運んだ。
「……至高。この味を守るため、私は一生この門を通る不届き者を許しません」
(忠誠心が重いんだよな……)
すると、ソルシダの陰からひょいと顔を出したユーノが、ツンとした態度で俺を見た。彼は6歳。
この街の警備隊の中では最年少だが、ソルシダの部下として必死に背伸びをしている。
「……ふん。なんだよ、ただのクッキーかよ」
「ユーノ! ルカ様に対して失礼だぞ!」
ソルシダが叱りつけるが、俺は笑ってユーノにカゴを差し出した。
「ユーノの分もあるよ。はい」
「……っ。ま、まぁ、ルカがそこまで言うなら、しょうがねぇな。食ってやるよ」
ソルシダの見ていないところで呼び捨てにしつつ、ユーノはひったくるようにクッキーを受け取った。
そして一口齧った瞬間、彼の強気な瞳が大きく揺れる。
「……ッ、う、うまくねーし! 全然うまくねーし!(もぐもぐ)」
「口の周り、カボチャ色だよ?」
「うるせー! これは……その、戦うための燃料だ!
だから、もう一枚もらうぞ」
頬を膨らませて必死にクッキーを詰め込むユーノを見て、リーリャが「かわいいね」と笑う。
「みんな、喜んでくれたね。ルカ」
「うん。……やっぱり、この街を作ってよかったよ」
俺たちはしばらくの間、笑顔あふれる平和な街並みを眺めていた。
(……この平和が、ずっと続けばいいんだけどな)
「あっ、アリスちゃん。クッキー食べる?」
アリスちゃんの顔に笑顔が溢れる。
「えっ、いいの!」
「うん。はい、どうぞ!」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも「面白い」「続きを読んでみたい」と感じたら、下の☆から評価やブックマークで反応してもらえると励みになります。




