26話 外交をしてみる。
「外交をしてみるよ」
俺の突然の宣言に、リーリャが目を丸くして驚いた。
「どうしたの、ルカ? 急に」
「……やっぱり、本来の目的である外交をしないといけないなと思ってさ」
そう。この街の魅力を高め、インフラを整えてきたのは、他領と対等な関係として認めさせるためだ。
「そうだったね。そのために街を綺麗にしていたんだもんね。……それで、交渉には何を使うの? 贈り物とか?」
リーリャの問いに、俺は心の中でニヤリとした。
俺には【読心】がある。相手の妥協点も、弱点も、本音もすべて丸見えだ。
だが、外交には形のある物も欠かせない。
幸い、マルチェリオさんのおかげで、俺が育てた作物は街中に十分行き渡っている。今となっては少し余るくらいだ。
(これなら、外交の切り札として使っても問題ないな)
「野菜を交渉材料にするよ」
「確かに、ルカの作る野菜はびっくりするほど美味しいもんね。……ちなみにだけど、どこと外交をするの?」
「ハイゼル領だよ」
ハイゼル領――。もちろん、そこに決めた理由はある。
単に一番近いからという理由だけではない。あそこの薬草に関する知見を広げるためでもあったんだ。
「ハイゼル領か……馬車で半日はかかるよ。五歳のルカが一人で行くのは危ないよね?」
「じゃあ……リーリャ、ついてきてくれる?」
「うん、もちろんだよ!」
元気よく頷くリーリャに、俺は心強さを感じた。
後は、この街の最強の盾である護衛のソルシダも連れて行くとしよう。
俺たちは数日前に手紙を送り、本日朝一番で領地を出た。
リバイラル・アルデンハイムの命運をかけた、五歳児領主の初外交へ。
*午後・ハイゼル領*
「立派な石壁に、豊かな自然。……こんな恵まれた土地だったらなぁ」
俺がふと呟くと、馬を操るソルシダが口を開いた。
「我々の街も十分綺麗ですよ、ルカ様」
「そうね。特に、ルカがいるんだから」
リーリャも笑って同意する。
「そっか。みんな、ありがとう」
門まで辿り着くと、門番が問いかけてきた。
「ご用件は?」
「ルカ=フォルデンと申します」
「これはルカ殿。話は伺っております。どうぞお入りください」
整った石畳を進むと、一人の男が歩み寄ってきた。
「こんにちは。ここからは私が案内させていただきます」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには以前風呂でふにゃふにゃになっていた外交官、バルトが立っていた。
「こんにちは、バルトさん。今日はよろしくね」
俺たちはバルトに導かれ、威厳ある城の最深部へと連れて行かれた。
*玉座の間*
重厚な扉が開くと、そこには高い玉座に深く腰掛けた、一人の男がいた。
ハイゼル領主、グスタフ・ハイゼル。
彼は鋭い眼光で、五歳の子供である俺を真っ向から見据えてきた。
「それで、ルカ殿。外交ということだが、こちらにはなんのメリットがあるのかな?」
威圧感のある声だ。
「は、はい!私たちからは作物を提供しようかと」
「なるほど、だが、枯れ果てた土地だろ。作物は育てられてるのか。育てられたとしても、我が領土の作物には敵わんだろう」
『やはり、所詮何も考えていないガキだ。交渉はやめだな』
(このままだと……)
「ハイゼル殿。一度だけで良いのでお口に入れていただけませんか?」
「ほう、構わん。渡してみろ」
ハイゼルは側近に毒味をさせてから、一口齧った。
表情は微塵も変化がない。
だがーー【読心】を使っている俺には全てが見えていた。
『あっハァン///何これ、ちょーーうまいんだけど。
中から溢れ出る汁。まるで、肉汁と間違えるくらいだわ。』
「ん"ん"っ。なるほど、この作物は質がいいな。確かにこの領土であっても申し分はない。……だが、これだけではまだ、こちらの利益が少ないぞ」
グスタフは平然を装い、冷淡な声を出す。だが、俺の【読心】には彼の「魂の叫び」が爆音で届いていた。
『……やばい、美味すぎて震える。これを今すぐあと十個は食いたい。だが、ここでデレてはハイゼル領主の名が廃る! もっと……もっと条件を吊り上げて、この野菜を独占してやるのだ!』
(……ふっ。野菜の虜になってるくせに、強気だな)
俺は内心でほくそ笑みながら、用意していた二つ目のネタを切り出した。
「おっしゃる通りです、グスタフ様。野菜だけでは物足りないでしょう。ですので……『精霊の加護』を受けた薬草の共同開発を提案しに参りました」
「精霊の加護だと……?」
グスタフの眉がピクリと動く。
この世界において、精霊は畏怖の対象であり、その力は人智を超えた奇跡を起こすと信じられている。
「はい。ご存知かもしれませんが、我が領には今、巨大な『精霊樹』が顕現しております。あの大樹の周囲で育つ薬草は、精霊の魔素を直接浴びることで、通常の数倍、いえ数十倍の効能を持つようになるのです」
俺はさも真実であるかのように、声を潜めて続けた。
「ハイゼル領の優れた薬草の知見と、我が領の精霊の力。これらが合わされば、これまで不可能だった難病をも治す『至高の霊薬』が開発できるはずです。……いかがでしょう?」
グスタフの喉が、ゴクリと鳴った。
『……せ、精霊の加護だと!? あの巨大な壁の噂は本当だったのか。あの野菜の異常な美味さも、精霊が力を貸しているからだというなら納得がいく。……もし、その霊薬の独占販売権を我が領が握れば、王都での発言力すら変わるぞ!』
よし、食いついた。
実際には俺がただ植えただけだが、そんなことは言う必要がない。存在もしない精霊にすべて責任を押し付ければいい。
「グスタフ様。精霊様は大変気まぐれです。我々フォルデン家との絆があって初めて、その力は安定します。もし提携していただけるなら、その恩恵をハイゼル領にも分かち合いましょう」
「……ん、んんっ! よかろう。そこまで言うのであれば、前向きに検討してやらんこともない」
『検討してやらんこともない(即決したい! 今すぐ契約書にサインさせろ! あと野菜のおかわりをくれ!)』
グスタフの心の中は、すでに欲望でパンパンだった。
この世界には、病を治したり、植物を一晩で成長させたりする魔法なんて便利なものは存在しない。
まぁ、俺のスキルなら存在するけど。
だからこそ、目の前にある「異常なほど美味い野菜」という実物こそが、何よりも雄弁に精霊の存在を証明していた。
「グスタフ様。精霊様は大変気まぐれです。我々フォルデン家が日々誠実に接して初めて、その恩恵は安定します。もし提携していただけるなら、その一部をハイゼル領にも分かち合いましょう」
「……ん、んんっ! よかろう。そこまで言うのであれば、前向きに検討してやらんこともない」
『検討してやらんこともない(今すぐ契約書を持ってこい! サインするからその野菜を全部置いていけ!)』
グスタフは必死に顔の筋肉を固定させているが、【読心】を通せばその必死さは滑稽なほどだった。
だが、ここで「はい、そうですか」と引き下がる俺ではない。
「寛大なお言葉、感謝いたします。……つきましては、共同開発の第一歩として、ハイゼル領が誇る最高級の薬草の種と、そのサンプルをいくつかお分けいただけないでしょうか? 精霊様にそれをお見せし、ハイゼル領との相性を占う儀式を行いたいのです」
「……ほう、儀式か」
『うおおお、精霊様の占い! それで相性が良いと出れば、あの野菜がもっと届くのか!? いや、むしろ断って精霊の怒りを買うわけにはいかん!』
「よかろう。バルト、奥の保管庫から『銀嶺草』の種と、最高品質の乾燥標本を持ってこい。ルカ殿に、我が領の誠意を見せるのだ」
「はっ、直ちに!」
バルトが飛ぶように部屋を出ていき、数分後、厳重な小箱を抱えて戻ってきた。中には、ハイゼル領でも門外不出とされる貴重な薬草もある。
(よし、これで最高級の種が手に入った……! まぁ、種はなくてもいいんだけど、貰っておく方が自然だろう)
俺は満足げにその箱を受け取った。
無事に交渉を終え、フィオナさんへの薬草も買ったことで帰還することにした。
城を去る間際、バルトがこっそり俺の耳元で囁く。
「ルカ殿、閣下はああ見えて一度信じたものは手放さない御方です。……特に、あの野菜に関しては。近いうちに、正式な使節団を連れて私がまたそちらへ伺うことになるでしょう。その時は、例の『精霊の湯』……期待してますぞ」
彼は期待に満ちた目でそう言い残し、深々と頭を下げて去っていった。
(外交官を味方につける。……これが一番の勝利だったかもしれないな)
*リバイラル・アルデンハイムへ帰還後*
領地へ戻った俺の手元には、ハイゼル領秘蔵の薬草の種がある。
正直、俺の【農業】スキルがあれば、対象さえイメージできれば種なんて必要ない。だけど、よく考えれば種を使って植えたことは今までなかったな。
(よし、まずはこの『銀嶺草』を、手順通りに植えてみるか。精霊の儀式……なんて嘘も、これで少しは真実味が出るだろうしな)
俺は少しだけワクワクしながら、最高級の種を土に埋めた。
外交の緊張から解放され、久しぶりに土に触れた安心感で、急激に眠気が襲ってくる。
「ふぅ……。今日はもう、泥のように寝るとするか」
心地よい疲れを感じながら、俺は深い眠りへと落ちていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも「面白い」「続きを読んでみたい」と感じたら、下の☆から評価やブックマークで反応してもらえると励みになります。




