23話 薬草作り
今日も俺のせいで、大工は門を作るのに忙しそうにしている。
本当に申し訳ない。
それを横目に、屋敷の隅に設けた「実験農場」で、俺は地面に這いつくばっていた。
昨日の夜に植えたばかりの薬草は、すでに芽を出している。
【農業】スキル。
一晩で成長を促すその力は、確かにチートだ。
だが、今の俺はその万能感に浸る余裕すらなかった。
「……やっぱり、違うな」
目の前にある薬草を指でなぞる。
フィオナさんから借りた「本物」は、もっと葉の脈が細かく、銀色の産毛のようなものが太陽の光を反射して輝いていた。
俺が作ったものは、ただの「緑色の草」に過ぎない。
原因はわかっている。
そう、俺のイメージの欠如だ。
前世で、俺は「野菜」を知っていた。
スーパーに並ぶトマト、サラダのキャベツ。
味も食感も、その正体を知っていたから、スキルはそれを補完して「完成品」を出してくれた。
だが、薬草は違う。
この世界における薬草は、単なる植物ではない。
「魔力」を土から吸い上げ、体内で変化させる精密機械のような存在なのだ。
食べると……苦いだけだ。ただのエグみ。
嗅いでも、雑草をむしった時と同じ匂いしかしない
俺は地面に座り込み、土の匂いを嗅いだ。
この街の土は、まだ死んでいる。
噴水ができ、水路が通ったとはいえ、長年枯れ果てていた土地に「魔力」なんて豊かな栄養があるはずもない。
「聴くと……静かだ。音なんて、するわけないよな」
自嘲気味に笑い、俺は目を閉じた。
風の音。遠くで響く大工たちの槌音。そして、すぐ隣でさらさらと流れる水路の音。
ふと、スキルの感覚を研ぎ澄ませてみる。
(……待てよ。静かすぎるのか?)
もし、薬草が魔力を吸い上げる生き物なら、水を吸い上げるように「流れ」があるはずだ。
その流れをイメージできないから、中身がスカスカの「質の悪い薬草」しか作れないんじゃないか?
理解度が足りない……。もっと、この草の生き方を知らないと
俺は、一株の薬草を丁寧に掘り起こした。
根の張り方、土の絡みつき方。
泥にまみれながら、俺は一日の上限である二回をすべて試作に注ぎ込んだ。
イメージが違うと種類も異なるようだ。
五歳の体には、薬草の微弱な毒性がじわじわと回る。頭がぼんやりし、胃がキリキリと痛む。
「ルカ、またそんな泥だらけになって!」
遠くでリーリャが叫んでいるのが聞こえたが、今の俺にはそれに応える余裕もなかった。
この街を守るための「壁」はできた。だが、その中身がスカスカなら、住民は守れない。
魚事件で思い知ったのだ。俺がどれだけ仕組みを作っても、誰かが病に倒れ、誰かが死んでしまえば、その瞬間に希望は崩れ去る。
「……まだだ。まだ、足りない」
夕暮れ時。
昨日よりも少しだけ「銀色の輝き」を帯びた薬草を抱え、俺はフィオナさんの店へと走った。
*
「フィオナさん、こんにちは! これ、今日の薬草です!」
勢いよく飛び込んだ店内で、フィオナさんはいつものように気だるげにポーションを瓶に詰めていた。
「ああ、ルカくんか。……え、その格好、どうしたの?どこの泥沼に飛び込んできたんだい」
「……それより、これ」
俺が差し出した薬草を見て、フィオナさんの動きが止まった。
彼女は細長い指で薬草を受け取り、眼鏡をずらしてじっくりと観察する。
「……昨日より、マシになってるわね。産毛が少し立ってる」
「本当!?よかった!」
「よかった……?
まぁ、マシになっただけで、相変わらず『一番薄い』のには変わりないわ。ほら、見て」
彼女は机の上に、いくつかの瓶を並べた。
左から右へ行くほど、色が濃くなっている。
俺が持ってきた薬草で作ったポーションは、まるで水に一滴だけ絵の具を落としたような、頼りない薄紅色の液体だった。
「効果はどれくらいですか?」
「そうねぇ……。軽い切り傷、あかぎれ、あるいは二日酔いの頭痛くらいなら治るわ。でも、戦場での重症や、猛毒には逆立ちしたって勝てないわよ」
俺は机に肩を落とした。
やっぱり、一筋縄ではいかない。イメージを強めたつもりでも、本物の薬草学者が一生をかけて学ぶ深淵には、たった数日の実験では届かないのだ。
「そっか……」
「……ルカくん、どこから仕入れているかわからないけど、薬草があるだけで助かってるんだよ」
フィオナさんはため息をつきながら、俺の頭にポンと手を置いた。
泥だらけの髪が汚れるのも気にせず、彼女は優しく笑う。
「さっきも言ったでしょ。この薄いポーションが、実はめちゃくちゃ助かってるの」
「え?」
「いい? 高い効果のポーションは、一本作るのに材料費も手間もかかる。でも、あんたが持ってくるこのやつは、ほぼタダみたいなもんでしょ?これを街の自警団や、重労働をしてる大工たちに配ってるのよ。みんな、『最近、疲れが取れやすくなった』って喜んでるわ」
彼女は棚の奥を指差した。
そこには、俺の薬草で作られた大量の瓶が並んでいた。
「本格的な治療には使えない。でも、病気になる前の『ちょっとした不調』を治すには、これで十分なのよ。おかげで、ハイゼル領から高い薬を買わずに済む分、他の重要な薬品をストックできるようになった
「……無駄じゃ、なかったんだ」
「無駄どころか、公衆衛生の鑑ね。あんた、五歳にしては働きすぎよ。領主様が過労で倒れたら、私のポーションじゃ治せないんだから」
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
質が低くても、自分の未熟さが招いた結果であっても、それがこの街の誰かの小さな幸せを支えている。
その事実だけで、泥にまみれた甲斐があったというものだ。
「ありがとう、フィオナさん。……これからも、もっといいやつ持ってくるね!」
「期待してるわよ。……あ、でも、その前に一回水で流しなさいよ」
「うわ、本当だ。……あ、そういえば!」
俺は店の外に誰もいないことを確認してから、フィオナさんに近づき、つま先立ちをして彼女の耳に口を寄せた。
「ゴニョゴニョ……」
フィオナさんの表情が、一瞬で真剣なものへと変わった。
彼女は眉をひそめ、顎に手を当てて考え込む。
「……なるほど。あんた、本当にとんでもないことを考えるわね。できるかどうかはわからないけど……」
彼女は力強く頷き、俺の目を見つめた。
「任せとけよ、ルカくん! 薬師の意地にかけて、あんたのその『野望』、手伝ってあげるわ」
「フィオナさん……!」
店を出ると、街はすっかり夜の帳に包まれていた。
噴水の水音が心地よく響き、新しく作った「木の壁」が月明かりに照らされて黒い影を落としている。
まだ俺の作るポーションは薄い。
俺の力も、この街の地盤も、まだまだ頼りない。
だけど、明日にはまた新しい芽が出る。
イメージを研ぎ澄ませ、土を耕し、この街の隅々まで「命」を行き渡らせる。
そのための準備は、着実に整いつつあった。
「……よし、明日も頑張ろう!」
俺は冷え始めた夜風を切り裂くように、力強く屋敷へと走り出した。
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