初恋のお姉さんの背中に飛び乗る話
ここは河川敷のそばにある歩道。
僕の隣をジャージを着た女性がランニングしながら通過していく。
その女性は、少し先にある交差点で一時停止し、車が通過するのを待つために足踏みしていた。
僕はその女性に追いつくと、後ろから女性に乗っかってみる。
「えっ!?」
「お久しぶりです。先輩」
「え、、」
「あなたは友永さんですよね。」
「えっ!なんで、知ってるの?」
先輩は混乱に混乱を重ねる。
旗から見たらヤバイやつだし、実際ヤバイやつなんだけど、
優しい先輩は僕をふるい落とさずただ硬直していた。
先輩が知らないのは無理ないだろう。
僕は数ある後輩のうちの、ほんの一人だったわけだし、実際ほとんど接点もなかった。
まして、6年ぶりなのだから、覚えていたら驚きだ。
でも僕は覚えている。
だってこの人が僕の初恋の人だったから。
「あの降りてくれませんか?」
先輩は肩に乗っかっている僕を降ろしたいみたい。
「嫌です。おんぶしながら走ってください」
「えええええ」
「それか思い出してくれたら降りても良いですよ。」
先輩は深いため息をつくと、そのままランニングを再開した。
先輩は女性にしてはそこそこ身長があるので、乗っかるにはちょうど良い体だったりする。
先輩の肌はスベスベしていて、どこか甘い香りがする。その香りを嗅いでいるだけで幸せになってくる。
ポニーテールにまとめられた先輩の髪が揺れて、僕の顔にあたると、
それもまた良い。
「先輩。足治ったみたいですね。」
「えっ......うん。」
僕が陸上部に入った年から、陸上部は一層厳しい風潮に変わったらしい。
その結果、先輩は練習についていけず、怪我をして部活を休みがちになっていた。
また、僕も厳しい陸上部にはついていけずに、半年を待たずに辞めてしまった。
だから、先輩が僕を見ていた回数は、きっと10回もいかないだろう。
だから、覚えているわけないだろう。
まあだからこそ、こんな強硬な手段を取ってみようと思えたりする。
部活の見学に来た時から、僕は先輩に惚れていた。
そして先輩の体に密着したいという邪な思考が、心の中を右往左往していた。
もちろんそんなことが在学中にできるわけもなくて、僕は先輩に一度も話しかけることがなかったけど。
でも、今日先輩の姿を見かけたとき。
僕は千載一遇のチャンスに賭けてみることにした。
先輩の背中に乗っておんぶされる。
この夢は、僕の小さいころからの憧れだった。
いつか好きな人ができたときは、おんぶしてもらおうと。
僕は男なのに、女性におんぶしてもらいたいと思ってしまう人間だった。
きっとこんな感情、世間的には理解されないだろう。
でも、僕はそんな感情をずっと抱えてきた。
そして、それが現実になった。
「先輩。僕先輩のこと好きだったんですよ」
「えっ!」
先輩が驚いたように振り向く。
ポニーテールも揺れて、さらに良い香りがする。
あの匂いを僕は一生忘れないだろう。
そんなことを考えていると、先輩はまた前を向いてしまった。
でも、首の部分が赤くなっているので照れているのかもしれない。
先輩可愛いな。それにいい匂いだ。
もうこのまま時が止まってしまえばいいのに・・・。
「ねえ!今なんて言ったの?」
「聞こえてたんじゃないですか。」
「もう一回言ってよ!」
先輩はまた僕の方に向くと、顔を横に向けながら言う。
僕は先輩の耳元で囁くように言った。
「先輩のこと好きだったんですよ。」
先輩は驚いて、バランスを崩して倒れそうになったがなんとか体制を立て直す。
そしてまた前を向いてしまった。
もう首だけでなく耳まで真っ赤だ。
そんな可愛い先輩をもっと困らせたくなってきたので、僕はさらに追い打ちをかけることにする。
「僕は今でも先輩のこと、好きですよ。」
先輩はもう首だけでなく全身を赤くして、僕を落としそうになってきたが、何とか立て直してランニングを続ける。
「先輩!大丈夫ですかー」
僕のからかいに耐えられなくなったのか、先輩はさらにスピードをあげて走り始めた。
あ、これはちょっとやばいかも・・・。
そんなことを考えていると、先輩が突然倒れた。そして僕をおんぶしたままその場に倒れこむ。
「先輩!」
僕が声をかけるも返事がない。よく見ると、先輩は息も絶え絶えだった。
「先輩!」
僕は慌てて先輩のもとに駆け寄った。
◇◇◇◇◇
「うう・・・」
目を覚ますと、そこには緑があった。
どうやら私はベンチの上で寝ていたみたいだ。
でも頭の方には柔らかい枕のようなものがある。
枕なんて持っていただろうか。
でも、これはとても心地が良いので、もう少しこのままでいようと思う。
私は目を瞑り、頭を柔らかく包んでいるものに対して頬ずりをした。
なんかサラサラしているし、すべすべだ。もしかして人の太ももとか?
そう思って私が目を開けるとそこには彼がいた。彼はなぜか私を見下ろしながら本を読んでいる。
私の枕は彼の太股だったみたいだ。
「あ!先輩目が覚めましたか?」
どうやら私は倒れたあと、彼に膝枕をされていたらしい。
「あの、ごめんね」
「いえ、いいんです。それより大丈夫ですか?いきなり倒れるんでびっくりしましたよ」
そういえばさっきまでランニングをしていた気がするのだけど・・・。どうして私はベンチで寝ているのだろう。
「先輩覚えてないんですか?」
彼は少し驚いたように言う。
そして私を起こしてから説明してくれた。
あの後私が倒れて、彼が近くの公園まで運んで、看病してくれたらしい。
私の体調が戻るまで、彼はずっとそばにいてくれたらしい。
「ありがとう」
私がお礼を言うと、彼はそっと微笑んだ。
その顔触れは、見覚えがないような、あるような、、本当にどこであったんだろう。
私がボケーッと彼の顔を眺めていると、彼はハッとして立ち上がった。
「じゃあそろそろ帰りますね。先輩も気を付けて帰ってください」
そう言って彼は走りだそうとするが、私は思わず彼の服の裾を摑んでしまう。
「待ってください!」
「どうしました?」
「あの、名前を教えてください!」
「・・・小枝ですよ。」
小枝、、確か、中学生の陸上部で聞いたような覚えがある。
2こ下の後輩。私は序盤しか部活に出てなかったけど、何度か見たことがある。
ああそうか、あの子だったのか。
「ああ、思い出したよ。中学校の部活で一緒だったね」
「でも君、こんなに積極的な性格だったんだね。」
「すみません。でもどうしても先輩と話したくて、、」
「うん、大丈夫だよ。それでどうしたの?」
彼はまた私の隣に座りなおして、少し照れたように言う。
「..また言わせる気ですか?」
「うん。言って欲しいな」
「先輩、好きです。僕と付き合ってください。」
私は彼を見つめ返して答える。
「いいよ」
「えっ、まじですか。」
「突然先輩の背中に乗っかってくるような男ですよ?もともと親しくもなかったのに。」
「うん。私も君のことずっと好きだったから。」
彼は私の言葉に顔を赤くした。そして私に抱き着いてくる。
「先輩!」
「ちょっと痛いよ」
私が笑いながら言うと、彼もまた笑う。
...私も君のことずっと好きだったなんて、嘘だけどね。
当時は全然意識してなかったわけだし。
でも、今は本当に君が好き。
だから、もう少しだけこのままでいさせてね。
「先輩、そろそろ帰りましょうか」
彼は私から体を離すと立ち上がる。
私の体も彼に倣って立ち上がろうとするが、足元がおぼつかないことに気づいた。どうやらまだ本調子じゃないみたいだ。
そんな私に気づいたのか、彼が手を差し出してくれるのでそれを掴むことにする。
そして私はベンチから立ち上がり歩き出そうとするのだが、少しよろめいてしまう。
そんな私を彼が支えてくれると、私はまた彼に体を近づける。
「ねえ、家まで送ってくれる?」
「えっ、でも大丈夫ですか?結構距離ありますよ」
「うん。大丈夫。今は君と一緒にいたいから・・・」
彼は照れたような表情をしたあと、優しく笑って言ってくれた。
「もちろんいいですよ」
私達は手を繫いで河川敷を歩き出すのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
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