5/Fellow Resonances(2)
「――まぁ、そういうことなら良いけど、それで次の曲は決まってるの? 知らない曲ならBPM数知りたいんだけど」
「……多分、イロカル……イロドリカルテットの曲だと思う」
ある程度の事情を把握し終わった晴夏は、次の課題曲は何かと尋ねてきた。テンポやリズムの練習をするのならば、その曲にあるBPM――Beats Per Minute。一分間に刻まれる拍数を表す言葉の略だ――を守る必要があり、それを知りたいのだという。
だが当然勝手に次を決められている以上、次が何の曲かは分からない。しかし、北織はイロカルリーダーの妹というステータスがあり、リーダーである姉を追っかけていた事実がある。それを知っているからこそ、次の曲の候補はイロドリカルテットの曲ではないかと推察できる。
そうしてイロカルの名を出した途端。晴夏の目が輝きをまして、興奮を示しながら自慢げに言った。
「イロカル!? ボクそのバンドのファンでさ、イロカルの曲は頭の中に入ってるから全部いけるよ!? あ、でもイロカルの曲、何個かあるから集中して練習はできないし、練習してない曲来たら終わりだと思うけど」
「それはまあその通りなんだよね……というか東原先生が勝手にやるって言ってるだけで、先輩から許可取ってないんだけど……」
その言葉に二人はジトっとした目とやるせない表情を東原へと向ける。事の重大さはさすがに理解している様子だが、まるで緊張感のないゆるりとした顔を向けられるだけだった。
「はぁ……そうなると練習しにくいじゃん。でもまぁそうだなぁ……とりあえず対決した時みたいにソロで弾いてみて」
「わかった」
背負っていたギターケースからギターを取り出して、一通りのセッティング後先程対決のために弾いた曲を掻き鳴らす。
あの時は確かに焦りを感じていたが、今は対決ではない。その気楽さが三森にゆとりを持たせ、出だしは好調で始まった。
ただ歌唱部分に限ってはどうにも上達はしていない。歌は音程があっていない上、歌詞を口に出せば弦を押さえることが疎かになり、次第にはリズムがズレ始める。
三森が放つ熱量も段々と水のように冷めている。彼女の中に籠る不安や焦りが表情に出ていなくとも音に乗ってしまっているのだ。
それでも最初よりは音が走らず、完走まで演奏を終わらせられた。
ギターの余韻がスタジオに響き静かな重い空気が満ちていく。
「なるほどね。確かに東原先生の言うとおり筋は良いと思う。でも……正直に言うと下手だね」
「そんなズバッとどストレートに……だから路上ライブも観客が来なかったんだ……」
「多分それは違う問題があると思うけど……聞いた感じだとBPMがどんどん早くなってるし、ギターの音程こそあってるのに歌のキーは暴走。でもって両方を同時にこなすことが出来ないときた。正直ギターボーカルとしては無理。勝てないと思う。というか路地ライブやってたんだ」
「言ってないもん知らなくて当たり前だよ……でもそうだよね……インストばかりやってたから歌持ってなると下手になるよね……」
全て的確な指摘。自分で弾くと大抵はテンポやキーはその場でわかりにくいもの。だが、自分の歌が下手だということ、そしてギター練習しては観客の集まらない路地ライブしてを繰り返せば嫌でも自分がギターに向いていないことは気づける。
だがそれは才能の話。努力次第では楽器を上手く操ることは当然可能だ。そのために音楽教室だってあるくらいなのだから。
しかし全て独学の三森。着実にスキルは上がっているとはいえ、歌が絡むとどうしても上手くは行かない。
このままでは間違いなくもう一度負けてしまう。そうなれば二度とチャンスは訪れないかもしれない。その現実が叩きつけられた気がして、自分の不甲斐なさに落ち込む三森。
その様子にやれやれと息を吐いては首を振る晴夏は。
「あのさ、一応言っておくけどギターボーカルは特殊だから出来なくて当然だよ。だから三森さんは普通。そもそも弦を押さえる、弦を弾く、歌を歌う。大まかに分けるとこうだから、同時に三つは間違いなく頭と体で処理をする必要があるんだからね。まぁそれをやってのける北織先輩はすごいけど、その曲を歌唱ありで叩きつけてきたってことは勝たせる気はそもそもなかったってことだと思うけどね」
「うぐ……いやまぁ、その、圧倒的不利なのは知ってたけど……でも軽音部のことやっぱり諦めきれなくて!」
実の所ギターボーカルというバンドの役は人によっては相当練習時間のいるもの。かかる人で十年かかった人もいるくらいだ。そう考えれば三森が歌を歌えないのは普通のことで、同じ曲で北織に勝つのは無理なのだ。
しかしならばこそ、他の方法ならば勝てる見込みがある。それを明かしたのは東原だった。
「う〜ん、そういうことなら〜インストがいいと思う〜それなら勝てると思うよ〜」
「確かに。インストなら三森さんにも勝機はある。歌がなければ十分上手いし。まぁ迫力ないけど」
「最後の余計では!?」
「は、事実を言ったまででしょ。それよりも三森さんの実力はわかったし。早速練習しよう」
三森の演奏を聞くのにステージからはけていた晴夏は、毒を放ちながらもドラムの座席まで戻ると一定のリズムでドラムを鳴らし始める。彼女のバチから奏でられるビートは多少の誤差はあれどほぼ狂いのないテンポ。それは三森のリズムを整えるのに充分な、いや完璧なものだった。
とはいえインストメンタルでも一発で修正は難しいものだった。というのも、緊張から来ていたはずの早弾きは無意識のうちに癖になっていたのだ。
元の曲を聴きながら、もしくはメトロノームのように一定のリズムを耳にしながらであればリズム感は戻るのだが、それらが無くなるや否やズレが生じてしまう。
その日は癖というのは本当に恐ろしいものだと改めて痛感する一日で終わった。
「今日はここまでにしよう。ずっと練習もありだけど体力と時間は減るだけだからね」
「ひぃ……はぁ……ありがとう……」
「……この数時間聞いてて思ったけど、なんでそこまで軽音部に拘るのか不思議。インストはまぁ上手い方だからSNSでもやってけるだろうに」
「私は……バンドをやりたいの。イロカルに憧れて、イロカルのリーダーが軽音部出身って、聞いて。そこならバンド組めるかなって……」
「なるほど……なら部を作り直せばいいんじゃないの? そうすれば先輩と対決しなくても軽音部に入れるし、ワンチャンバンド組めるでしょ」
三森の憧れ、夢について聞いてると一つの疑問が生まれ、晴夏は尋ねる。彼女が言う通り部を再設立してしまえば北織と対決しなくとも軽音部は復活、並びに活動できバンドメンバーも集まる可能性がある。
しかしそれは当然三森も考えたこと。ならばなぜその方向へと進まなかったのか。それは学校の都合を知る東原が知っていた。
「晴夏さん〜入学の時に説明受けなかった〜? 部活設立は二年生以降じゃないと出来ないんだよ〜。つまり一年生の三森さんはもちろん晴夏さんも部を設立するのは出来ないの〜。そして仮に作れたとしても〜部員が三人以上必要なの〜」
「え、じゃあ対決勝っても部を設立できないんじゃ」
「よく気づきました〜! 実はその通りで〜三森さんが北織さんに勝っても部を作れるかは分からない、というより作ることはできないの〜。あと一人いないからね〜」
「だから、勝ったら私がもう一人探す予定だった……でも、色々と北織先輩と軽音部の過去を聞いて、難しいなってことは感じてるんだけどね……」
勝っても負けてもどのみち軽音部は作れない。対決するだけ損な状況であることは三森も知っている。故に勝った時は色んな人に手当り次第に声を掛けて部員を増やす力技をしようと考えていた。最悪幽霊部員でもいいからという最終の呼び込み手段も検討していたほどだ。
それまでの覚悟と執着心があるのは、この数時間の必死さと演奏でよく伝わって来ていた。だからこそだろうか、晴夏は息を大きく吐き捨てて。
「ならボクもバンドメンバー……というか軽音部に入るよ。部には入ってないし、放課後に家帰って暇な時ここでドラム叩くだけだったから。……それに三森さんちょっとそそっかしいからね」
「渡邉さん……! ありがとう!」
まさかここで新入部員が一人増えるとは思ってもみなかったが、心優しい晴夏の言葉に涙を浮かばせて心からの感謝を述べる。それだけじゃ飽き足らず、溢れ出る気持ちが体を動かして三森は晴夏に抱きついていた。
突然のハグに顔を赤くする晴夏。三森には見えていないが湧き上がる羞恥心を隠すように口を尖らせて。
「……べ、別に。ドラマーとして、ギタリストを支えるのは当然だし。……でもそうと決まれば、三森さんは絶対対決で勝つこと。先輩はギターボーカルなんでしょ? 尚更バンドとしては欲しい人材だもの、何としても勝って。わかった?」
「うん! 渡邉さんがここまでしてくれたんだもん、絶対勝つよ!」
仲間も増え、練習相手も増え。インストならば勝算があると言われ。絶望的すぎる軽音部復活への道のりに光が刺した気がして、三森の中に渦巻き荷物として肩にのしかかっていた不安が軽くなった。途端に笑顔が増え元気も増した彼女は、そのテンションのまま晴夏と約束を交わした。




