2/Miracle or Coincidence?(1)
入学式が終わり、直ぐに部活見学の時間が訪れる。とは言っても三森は既に入部する部を決めており、該当する部まで急いで駆けた。
しかしたどり着いた場所はどう見ても空き教室の見た目。扉に手をかけても一向に扉が開く気が知れず、間違ったかと不安になり、入学式直後に渡された部紹介のプリントを取り出した。その紙の裏には学校の簡易地図が描かれており、目の前が目的地、軽音部であることに相違はなかった。それでも扉が開かないのもまた事実。扉の窓から中の様子を見ても当然楽器はない。
一体何が起きているのか頭を抱えて悩みこむ。プリントはつい先ほど配られたものゆえに、古いとは考えられない。休止ならば何かしら表示はしているだろう。では他の場所に集まり部活動をしていると考えるべきか。しかしそうなれば初めての校舎で、どこでやっているかなど検討などつくわけがない。まして校外に出て活動している可能性があるのならば猶更だ。とはいえ今のこの状況では部室以外で部活動を行っているとしか考えられず、とりあえず職員室へと向かおうとした。そこでなら何かしら情報を得れると考えたのだ。
だがその足はすぐに止まり、柔らかな壁に衝突してしまった。
「あらあら〜おませさんねぇ〜」
「ふ、風船が喋った……」
「風船じゃないわよ〜。人よ〜? なんなら先生よ〜?」
柔らかな壁に埋もれた顔を引き抜き、見上げればおっとりとした面立ちの人がにっこりとして笑っていた。
彼女は東原彩花。邪魔じゃないのかと思えるくらいにウェーブのかかったロングヘアと、大きな胸が特徴的。口調もゆったりと、性格もおっとりとしていることから一部生徒からはママ先生と呼ばれている。
「ここにいるってことは〜軽音部見に来たの〜? あ、私、東原っていうの〜。二年三組担任だよ〜。それで、君~もしかして~軽音部に入りたかった系~?」
「は、はい……?」
「そっかそっかあ……実は今、入部届け受けてなくてね〜」
「そんな……わ、私イロドリカルテットに憧れて、そのリーダーのエヌさんがここの軽音部出身って聞いて……だから絶対軽音部に入りたいんです!」
彼女の口から出たイロドリカルテットというのは、数年前、初めてライブを見てギターに、バンドに憧れるきっかけとなったバンドグループだ。
あれ以来、イロドリカルテットのことを調べ尽くし、リーダーがこの学校の軽音部出身と聞いて三森はこの学校に入学したのだ。
「うーん……そう言われても受けてないからねぇ……そうだなぁ、私の口から言っても良いけど〜先に二年三組の北織さんに声をかけてみて~? 北織さんは軽音部の部長だったからさ〜。多分本人から聞いた方が早いと思うよ〜。ただ今日は帰っちゃったと思うから明日聞いてみてね~」
軽音部に入部希望であることを伝えた直後、東原は眉が下がり悲哀に満ち、困り果てていた。どれだけなんと言われても入部届けを受けることはできないからだ。
実は、東原は軽音部の顧問だった。そのため現在の軽音部についても当然知っている。しかしそれでも真実は本人からと言いたげに、言葉をかけ申し訳なさそうに三森の背中を押した。
無論軽音部と東原の関係を知る由もなくただ不思議でしかなかった。なぜ入部届を受け取らないのか、部長だったという過去形の言葉をどうして使ったのか。とはいえ教員が嘘を、ましておっとりとした人が簡単に人を騙すとは思えず、三森は翌日北織の元へと足を運ぶことにした。
「すみません! 北織先輩いますか!?」
昼休みにすぐ二年のクラスに訪れた三森。騒がしい教室を静かにさせてしまうほど大声で呼んでしまったが、それが功を奏して、誰もが三森に視線が集中しているのに対したった一人だけ目を逸らすように俯いたロングヘアの人物を見つける。ほどなくして北織を知る人が数名、視線を逸らした人物へと向いており、その人が北織であることを物語っていた。
すぐに北織を見つけた三森は、嬉々とした表情を浮かべて北織と思わしき人物の前へと行き、第一声。
「軽音部に入部したいですっ!」
耳を劈くその言葉で、北織は目を大きくして顔を上げる。三森の期待が泳ぐ淡い空色の瞳が北織の長い前髪の間から覗く濁った目の視線と絡んだが、すぐに北織は顔を下げて目を逸らす。眉は下がっており、東原同様になにか申し訳なさを感じる顔色だ。
そんな北織は視線をあちらこちらと泳がせつつ、何とか言葉を紡ぐ。
「え、と……軽音部は……その。は、廃部した、けど……」
ようやく聞けた北織の声は小さいながらも鈴のように静かに響く澄んでいた。その声はどこか聞き覚えのあるものだったが、暗く、歯切れの悪い声から発せられた台詞に全てを持ってかれた。
「え!? 廃部!?」
「えぅ……お、大きな声……出さないで……」
「あ、ごめんなさい」
廃部。その言葉が示すのは、軽音部は学校の中から消え失せたということ。存在していたという事実は確かにあるが、部としての活動はもうない状態。ならば入部届けを受けられなかったことに納得がつく。
とはいえ、渡された部活動紹介のパンフレットには軽音部の記載があったことは謎。もしも三森のように入部希望者が出た場合誤解を招くのは目に見えている。
しかしその可能性は限りなくゼロに近い。何せ吹奏楽部も存在しているのだ。もし楽器に興味があるのなら大抵は吹奏楽部へと人は流れる。そして吹奏楽部では大変珍しくギターも置いている。よってギターに興味がある人ですら軽音部を選ばず吹奏楽部の道を進むのだ。
「その、なんで廃部なんか」
「ひ、人……いないし……その、思い出したく、ないから……ごめん。楽器やりたいならその、吹奏楽に」
「私は軽音部に入りたいんです! 吹奏楽も確かに楽器使ってますし良いですけど、私は将来バンドマン目指してるので! まぁ……何しても全く聞く耳を持たれないんですが」
例え廃部したと知っても揺るがない三森の気持ち。周囲から注目を浴びるように大きく夢を語ったかと思えば、頬をかきながら自らの演奏が下手であると遠回しに言っているようなセリフを吐く。
しかしその弱点を言ってしまったことが仇となることを、三森は知らなかった。
「……じ、じゃあ……私と対バンして……君が負けたら、諦めて……」
「え、対バンって共演ですよね?」
「む、昔は対決の意味もあった、から……」
対バン。今では対バンそのものが言葉として使われており、大抵は共演、競演という意味合いで使われることが多くなった。しかし昔は対バンといえばバンド同士の対決のことを指しており、客数を競い合う方法として知られていた。
誤用が広まりすっかり対決という概念が無くなった対バンではあるが、本質を知っているが故に北織はその提案をしてきたのだ。
当然元々の意味を知らずにいた三森は目を点にして呆気にとられている。だが直ぐにぼんやりとした思考を戻し話を続ける。
「そ、そうだったんだ……えと、もし勝ったら?」
「……その時は考える、から……廃部しちゃったから、そのまた一からには、な――」
「よし、乗ります! 勝てば実質の入部! ……えーと、それでどうやって対バンを」
バンド対決で勝てば部が復活し、入部できると知るや北織の言葉を遮るように、自信げに自身の胸を叩き対決の提案に乗る。
だが乗ったとして、どこでどうやって、曲は何かなどの合わせは当然知らず、すぐに小首を傾げていた。
そこに 北織がふとした疑問を投げつける。
「……えと、その前に、対バンしたことは」
「ないです!」
「や、やっぱり……い、言った手前断れないから説明する、けど……セトリ……は、ないと思うから、課題曲をアレンジして、審査員に、判断してもらう……ことになると、思う」
三森はバンド、ライブに憧れているものの、未だにソロであり人気など全くない無名バンドマン。それをもう二年も続けている。
ならばこそ、対バンは憧れへと近づく大切な一歩。だが対バンで審査員を唸らせるなど、知名度のない彼女にとってあまりにも不利な条件でしか無かった。
「圧倒的不利ッ! でも受けてたちますよ!」