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data.7/ 初めての会話

 凛と初めて言葉を交わしたのは、確かその数日後のことだった。いつものように、通路の窓際で小説を読んでいるとき、ふいに影が差して振り向くと、彼女が後ろにいた。


「こんにちは。神園さんって、何読んでるの?」


 びっくりして、本当に言葉を失いそうになった。あの部屋で見た“物語の中の人”が、現実の声で話しかけてくるなんて――心臓の鼓動が速くなっていくのが自分でも分かる。


 私は慌てて本を閉じ、膝の上にそっと置いて冷静を装う。

(バレてない――バレてないよね?)


 タイトルは『君の手を、借りてでも』――()()()()の恋を描いた一冊だった。


「えっと……ただの小説。暇つぶし」


 変な汗がにじむ。目をそらすのは、いつもの癖。


「ふーん。暇つぶしにしては、真剣な顔してたよ」


 彼女はいたずらっぽく笑うと、私の隣に車椅子を寄せてきた。

 誰にでもそうするみたいに自然に距離を詰めてくるけど、心の扉を開くには、まだ早いと警戒している。


「神園さんって、なんか……器用そうだよね。人との距離感とか上手そう」


 そんなことない。ただ相手の反応が気にしすぎる性格だから、最初から深く関わらないようにしているだけだ。


「わたしはね、ちょっと不器用なの。距離感が分からず、つい突っ込みすぎちゃう。でも、あとで後悔するんだ。だから――近づきすぎて怖くなったら言ってね」


 彼女の言葉が、妙に胸に残った。まるで、何かを悟られたくないみたいな……そんな気配。


「……で、その勢いで言っちゃうけど……その膝にある本、わたしも……同じの持ってるよ」


 驚いて目を丸くしてるのが自分でもわかる。口に何か入っていたら噴き出していただろう。


「な、なに……この本って?」


 とぼけて返事はしたが、いきなり、頭の上にリンゴを乗せられて、射抜かれるのを待つ人のようにビクビクしている。


(うそ!? だって本にはカバーしてるし見えてないはず! 私……もしかしてカマをかけられてる?)


「『君の手を、借りてでも』だよね。そのスピン――いや、しおり紐が珍しい三つ編みだから、すぐ分かった」


 “ズドン”と頭上のリンゴを射抜かれる。

 本に目を落とすと、確かに三つ編みの紐がカバーの上で主張していた。


「主人公のミサンガと同じだなんて洒落てるよねー」


 ーー完全に読んでる人の会話だ。


「ってことは……柿椿さんも……その……BLとか読んだり……なんて」


「うん、だから声かけたの。あっ、ごめんなさい! 私また自分の気持ちばかり言って。今からリハビリなんだ! じゃあ、また話そうね神園さん」


 青天の霹靂(せいてんのへきれき)とは、このことだろう。私は呆然とした顔のまま手を振った。


 ――まさか……彼女も同じBL本を読んでいるなんて。


 誰にでも気さくで、冗談を交えながらよく笑うけど、時々、何かを押し殺しているような、そんな表情に親近感を感じたとき、急にフレーム全体に、ぱっと小さな輝きが光り、思わず手を振るのを止めた。

 今まで何度か見た光りとは、明らかに違った。もっとはっきりしていて、もっと強い。


 ーー私の気持ちに反応してる……?


 そんな馬鹿な、と打ち消しかけたけが、どこかで――あり得ない話じゃないかもしれないと、戸惑いを感じる。


 もし私の気持ちが、車椅子のライトに表れていたら恥ずかしい。

 とりあえず、光量を抑えるために色んな光りそうな場所に絆創膏を貼ることに決めた。


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