data.6/初めての出会い
――雨上がりの午後。
リハビリのため、病院の廊下を散歩するように車椅子を走らせていると、操作レバーの下あたりから、また光った気がして、思わず車椅子に目を向けた。
(フレームの下から? 何かが、反射してるの……?)
最初にその光に気づいたのは病室で、それから移動するたびに光る頻度が増えている気がする。
今日だけでも、トイレで一回、食事中に一回。そして今ので三回目だ。
そういえば、「AI搭載」って言ってたっけ。
もしかしたら、何かのセンサーが作動してるのかもしれない。通行人の接近を感知したとか、段差を検知したとか――まあ、そんなとこかな。
「別に光ってるだけなら、問題ないか……」
気を取り直して、操作スティックにそっと指を添える。
スムーズに移動できるようになったのが嬉しくて、そのまま一時停止もせず、開け放たれたドアを抜けた先で――私は初めて「凛」に出会った。
目が“奪われた”――というより、“|囚われた”という表現のほうが、しっくりくる。
雲の切れ間から差し込む陽の光が、大きな窓を通して、一人の少女を静かに照らしていた。
痛みさえも受け入れるように、黙々とリハビリに向き合う、その姿。凛とした横顔、揺るがない眼差し。
まるで物語の中から抜け出してきたヒロインのようで――私は息を飲んだ。
(やばっ! 小説の主人公みたい……)
言葉の前を、感情が走っていく。物語の中でしか味わったことのない種類の衝撃がした。
それは、本のページをめくった瞬間、心の奥に電流が走ったような感覚。
彼女の周囲だけ時間の流れが違うように見えて、陽の光に輪郭を縁どられて佇む姿は、どこかで読んだ詩のように、静かに――けれど深く胸に沁み込んでくるようだ。
私はただ、座ったまま見つめていたーー声も出せず、身じろぎもできず。
脳裏では何度も言葉を探したけど、一つも出てこない。
(ああーー、この人で何か書いてみたい)
突然、そんな言葉が浮かび、でもすぐにかき消された。
だって、それはもう「書きたい」なんていう距離じゃなく、私はすでに――彼女の物語のなかに、飲み込まれてしまっていたのだ。
その姿に見入っていた私のもとへ、療法士さんが体調を気にして近づいてくる気配を感じて、大丈夫ですよ――と、慌てて場所を移動したとき、また車椅子が光っているのに気がついた。