data.10/ 初めての口外
「療法士さん、このあと少しだけ休憩を下さい」
許可をもらった私と凛はリハビリを終えると、車椅子で中庭の見えるラウンジへ向かうことにした。
私の車椅子と凛の車椅子が並ぶ。
ガラス張りの窓の向こうには小さな庭が広がっていた。
季節の草花が植えられていて、今は白いマーガレットが風に揺れている。
「ここ、落ち着くね」
凛がぽつりとつぶやいた。視線はずっと、揺れる花の方に向いている。
「うん。……今日は人も少ないし。ぼーっとするのに、ちょうどいい場所かな」
そう返すと、彼女は一度こちらを見てから視線を戻した。
「彩夏って、頭の中で凄くたくさん考えてるでしょ」
「どういうこと……?」
唐突なその言葉に、思わず聞き返す。
「静かに見えるけど、きっといろんなこと思ってるんだろうなって。……それに、無理してないように見せてるけど、ちょっとだけ無理してるのも」
胸の奥に、かすかな痛みが走る。私の奥を覗き込むようなその声が、なぜだか真っすぐに届いた。
「……なんで、分かるの?」
そう尋ねると、凛はほんの少し唇の端をゆがめて笑う。
「わたしもそうだから」
それは、誰かに向ける笑顔じゃなくて、自分をなだめるためのような笑いだった。
「平気なふりしてるけど、本当は全然平気じゃない。でも、黙ってる。……だから、似てるのかもって思っただけ」
私は言葉に詰まったまま、揺れるマーガレットを見つめた。
今なら、少しだけ話せる気がした――私の奥の、誰にも言ったことのない部分を。
「……私ね。小説、書いてるの」
静かに口にしたその言葉に、凛がゆっくりこちらを向く。
視線が合ったけど、私はすぐに窓の外へ目をそらした。
「中学生のときからずっと。誰にも見せたことないけど……その中だけは、自由になれるの。どこにも行けなくても、誰にも言えなくても……小説の中では、好きって言える」
沈黙がひとつ、花びらのように落ちた。
凛は何も言わず――その花びらをすぐ拾うように答えてくれた。
「彩夏の書いた話、いつか読んでみたい」
「……うん、いつか」
私は少しだけ笑って揺れる花を見る――どこか、心の奥がゆるんだような気がした。