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歌手を夢見た少女 ― 声にならない願いを込めて ―

作者: 藍瀬 七

夢を追いかけていたら、いつの間にか見失っていた。

歌うことが大好きだった中学生の女の子が、SNSから一歩踏み出す。

これは、“もう一度”夢に手を伸ばした少女の物語。

中学生の神田美沙かんだみさは、“歌手になる”という夢をずっと抱えていた。

その夢に近づくために、彼女は日々、少しずつ自分を磨き続けていた——。


見た目は普通の女子、美沙は、美容についての研究や制服を少しいじって可愛く見せたりといった工夫を凝らすことが趣味であった。


というのも、幼い頃から「歌手になりたい」という夢を持っていたため、デビューまでにできることは何か?と試行錯誤した末、SNSで歌声を配信したり、少しだけ映る自分の髪色を赤黒テイストにして目立たせたりしていた。


見た目と歌声で視聴を集めようという作戦に出たのだ。

たまに生配信をする際は顔出しNGにして、ギターを弾きながら歌声を聴いてもらうスタイルを貫いた。


意外にも反応は良く、ギターと歌声を好んでくれる人が多かったため、美沙はやる気を出して配信を続けていた。


高校生になった頃、ある日DMで、プロデューサーの三浦陽平みうらようへいという人物から連絡が入った。

「あなたの歌声をもっと世に広めないか」という提案だった。


最初は突然のDMに怪しさを感じながらも検索を進めると、意外と知られている音楽会社だとわかり、美沙は積極的に連絡を取り続けることにした。


さらに驚いたことに、美沙の視聴者のひとりが、その会社に所属していたことも判明。

その人物――本田邦彦ほんだくにひこは、三浦さんと連携して仕事をしており、現在も歌手として活躍している最中だった。


「よかったら一緒にコラボして、CMで歌声を出してみないか」

そう本田さんから提案をもらい、美沙はその話に乗った。


初めてのCMは、爽やかなジュースの広告だった。

高校生が笑顔でジュースを飲む映像に、私の歌声がふわりと重なる。

たった15秒。でも、その反響は想像以上だった。


たくさんの人が私の歌声を聴いてくれた。

それはとても嬉しくて、夢のようだった。


……でも、ふとした瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が空いた気がした。

再生数やコメントはあっても、私は“誰にも知られていない”気がした。

名前も、顔も、素の声も。全部がどこか遠くにあるようで、

「これが夢だったんだっけ……?」と、心のどこかで問いかけていた。


CM出演後、美沙の歌声は一気に話題となり、SNSのフォロワーも増えていった。

だがその中には、ある“匿名アカウント”からの批判的な声も混ざっていた。

「顔も出してないし、本当に自分で歌ってるの?」「また音楽会社がゴリ押ししてるだけでしょ」


最初は気にしないようにしていたが、ある日DMで知らされた。

そのアカウントの正体は、同じくSNSで活動する歌い手・ユリカ。

かつて同じオーディションで落選した過去を持つ彼女は、美沙に強いライバル心を抱いていた。


三浦さんからはこう言われた。

「気にするな。それより、君にはもっと大きな舞台がある。人気も数字も、今のうちに取っておかないと」

それは“正論”に思えた。でもどこか引っかかっていた。


歌う理由が、再生数やフォロワー、売上のためになってきている気がしたのだ。

「私……何のために歌ってるんだろう」


ラジオの収録後、マイクを見つめながら、美沙はつぶやいた。

「この曲、君の想いよりも世間にウケることを意識して作ろう」

三浦さんの何気ない一言が、胸に刺さった。


それからは学校に通いながらも、歌手活動を続ける二重生活に。

忙しさよりも心の充実感を感じており、日々が楽しかった。


けれど――次第に“楽しい”は、“応えなきゃ”に変わっていった。

期待に応えようとすればするほど、自分がどこにいるのかわからなくなっていった。

歌詞も、歌声も、誰かのために“作られたもの”になっていく気がした。

笑顔を作って歌っていても、本当の気持ちはいつも置き去りだった。


そんな頃、美沙に訪れたのは、大きな病だった。

朝、目を開けたのに体が動かない。

頭は起きているのに、腕も足も鉛のように重くて……。

診断名は明かされなかったが、「ストレス性の心身症かもしれない」と医師は言った。


学校も歌手活動も一旦休むこととなり、美沙にとって非常に悲しい出来事だった。


ベッドの上から天井を見つめながら、何度も自分に問いかけた。

「私は、何のために歌ってたんだっけ……」

拍手も、再生数も、何も届かない日々。ただ静かに、孤独だけが響いていた。


それでも微かに残っていたのは、“また歌いたい”という、小さな希望の種だった。

病室で流したのは、自分の歌ではなく、誰かの曲だった。

スマホから流れていたのは、誰かの歌。

「誰のためじゃない、君の声で歌え」

その一節が流れた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられて、涙が止まらなくなった。


私も……そんなふうに歌いたかったんだ。

誰かに認められるためじゃなくて、

自分の声で、自分の想いを、まっすぐ届けたくて、マイクを握っていたんだって――


本田さんも三浦さんも、病室に足を運んでくれた。

特に本田さんは、いつになく真剣な目で私を見つめ、こう言った。

「君の歌声は、まだ止まっちゃいけないって思ってる。……また一緒に、あのステージに立とう」

その言葉だけで、私はもう一度、夢を見てみたくなった。


そして、3年後――


美沙は学校に通えなくなった分、独学と通信教育を受けて、なんとか高校を卒業。

そして、ユリカのアカウントから「あなたの《リスタート》、心に響きました」とだけDMが届いた。

誰にも見えないところで、私は少し泣いた。


歌手活動も三浦さんと話を重ね、シングルで曲を出すところまで辿り着いた。

病室で何度も繰り返し書いた、あのノート。

私は、その中からいくつかの言葉を拾って歌詞にした。


「忘れないで、初めてマイクを握った日のこと」

「止まった時間は、きっと意味がある」

「涙の先で、私はまた、歌いたくなった」


それが、私の《リスタート》。

もう一度、私の声で、私自身に希望を届けたかった。

あの日、動けなかった私に聴かせたい曲だった。


そして、その世間の反応は――

大ヒット。

美沙は「MISA」という歌手名でデビューを果たした。

その歌声は日本にとどまらず、着実に世界へと浸透していく。

そんな予感が止まらない声であった。


本田さんとの再共演も、三浦さんとの次のプロジェクトも、すでに話が進んでいた。

でもその前に――私はもう一度、あの日の部屋に戻って、あのノートを抱きしめた。


あの頃の夢は終わったんじゃない。

きっと、ここからもう一度始まるんだ。



誰かのために歌うのではなく、まずは自分のために。

届くかわからない声でも、想いを乗せて歌うことに意味がある。

そんな美沙の声が、どこかの誰かの背中をそっと押せたら嬉しいです。

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