第89話 告白
——昼休み、屋上。
先陣を切って扉を開けた刹那のスカートが吹き込んで来た風で捲れ上がる。
慌てて押さえようとした永遠が目測を誤り刹那のお尻を思い切り触ってしまう。
ゴッ。
刹那の手刀が永遠の頭頂部に振り下ろされた。
風が強いので屋上はやめにして、部室に移動して昼食を食べることにする刹那と永遠、寺西と那由多と彼方、一期と一重たち、そして有田莉愛。彼女は一連の盗撮事件後に学園探偵部に入部した。
学園探偵部の部活動教室には既にお昼を食べ終わってトランプをしている元ゲーム愛好会と元ラジオ研究会の四人がいた。
「おっつかれー!」と刹那を先頭にゾロゾロと教室に入る。
席に座る者もいれば、机に腰掛ける者、教壇に座る者も一名いたりする。
みんなでお弁当を広げ雑談をしながらのいつもの昼食タイム。
「でも良かったー。刹那ちゃんと永遠くん仲直り出来てー」ニコニコ顔で有田が言う。
急に話題を振られた永遠と刹那は真顔で目を合わせた後、少し恥ずかしくなって目を逸らす。
「まるで自分の事みたいに心配して、莉愛ちゃんって優しいね」元々ロリコンの気がある寺西はおっとりと話す幼い雰囲気の有田に惹かれ始めている様子だ。
「私にも関係大アリだからー。私ビアンなのー。刹那ちゃんー、私刹那ちゃんの事好きー。恋人になってー」
ブーッ、と驚いた那由多が始まる前に恋の終わった寺西の顔に米粒を飛ばす。
「(こ、ここで言う?)ゲホッゲホ」突然香ってきた恋の炎の匂いにむせる那由多。
「刹那ちゃんー?」完全にフリーズしている刹那の目の前で手を振りながら有田が声を掛ける。
「いや、え、トレビアン? 恋人? ちょい待ち、ごめん、いきなり付き合うとか無理、ごめん。と、とりあえずまずは友達からで……」
「いや、ソレ最後くっ付くフラグ立ててるぞ」永遠が突っ込む。
「えー、今は友達じゃないのー?」
「いや、今も友達だけど、じゃあ今以上の友達に」
「私上手だよー」と刹那に後ろから抱きつき耳を甘噛みする。
「って何が上手なのーっ⁉︎」堪らず顔を真っ赤にして叫ぶ刹那。さらにくっ付く有田。
二人を横目で見た後、一重の方を見て「いいなー」と聞こえるように呟く彼方。
——放課後の屋上。
珍しく神妙な面持ちの永遠に呼び出された刹那は彼が話を切り出すよりも先に自分から話し始めた。
「もういいわよ。怒るの疲れちゃった。ローリーが言ってたわよ、永遠の写真の中の私はいつも生き生きしていい顔で笑ってるって」
「……俺、お前が探偵ごっこやって、誰にも相手にされなくって悲しむ顔を見たくなくって」
「わかってるわよ。そりゃ最初は腹立ったけど。……そうだ! あんたいっそ私のファンクラブ作って会長やりなさいよ! そんでブロマイドの売り上げを学園探偵部の裏資金に……」
「はぁー? なんで俺が?」
「だってあんた私の事好きでしょ?」
「バッ、……カ何言って……だょ……」
条件反射で否定した永遠の言葉は最後はごにょごにょとフェードアウトして行く。
「何もにょもにょ言ってんのよ? 聞こえ無いわよ」
「うっせいわ! ちゃんと言うからちゃんと聞いてろっ!
刹那っ! 俺はお前、……刹那の事がずっと好きで、ずっと女の子として好きで。
ずっとずっと守ってやんなきゃって、思ってて。好きだ、刹那! 俺と付き合ってくれっ!」
ビュウと強い風が吹いて刹那の短い黒髪を掻き乱す。
「SFはあんま観ないんだけどね。まぁ王道だし、いっか。私の返事は『I know』かな? そんなんずっと前から知ってたわよ。いつ言うのかなって、十年以上?
私はね、永遠のこと幼馴染以上にも以下にも見れないから恋人は無理よっ」
「十年以上知ってたのに秒で降るとか鬼かっ!」
「バカねー、期待させても可哀想でしょ?」
「相変わらず上から目線だなー」
「それはそうと、さっきの話。ファンクラブの件、ちゃんと考えときなさいよ。私公認よ!」
「はいはい、わかったよ」
帰路に着こうと教室へと向かう二人が屋上ドア脇に立つ那由多の姿に気付いた。
「永遠くん、ちょっと話、いい?」
「え、あ、あぁ。悪い刹那。先教室戻っててくれ」
「はーい。早く来なさいよ、あんま遅いと先帰るわよ」と言いながら那由多の横を通り過ぎる刹那が軽く肘鉄を当てて小声で彼女をからかう。
「なに那由多ー? 愛の告白ぅ?」
「そうよっ!」こちらも小声でだがしっかりと返す。
「頑張ってねー、健闘を祈る!」と彼女の肩をポンポンっと叩き階段に消えていく。
「なんだよ那由多、あらたまって?」
「あのね、先言っとくけど、私性格悪いから」
「んなことねーだろ? 那由多が性格悪かったら刹那なんてどーすんだよ」と笑う永遠。
「違うの。知っててこのタイミングなの。だから性格悪いの私。
永遠くん、刹那に振られたでしょ?」
「え、聞こえてた? ヤッバ、俺ちょーカッコ悪いじゃん」手の平でペチリと目を覆う。
「ううん、今来たばっかだから。けどドア開けた時、笑いながらこっちに歩いてくる二人見てたら何となくわかっちゃった」
「え、なんで?」
「だって私一年間ずっと見てたから……永遠くんの事。
永遠くんは全然カッコ悪くなんてないよ。
ねえ、私じゃダメ? 私喜んで永遠くんの彼女になるよ? 刹那みたいに常識外れに可愛くは無いけど。でも永遠くんの彼女になれるんなら地味メイクもやめてもいいし……」掛けていた伊達眼鏡を外して、裸眼で永遠を見つめる。
「好きだよ、永遠くん。これからは……私を見て」
永遠の目をじっと見つめる那由多の肩にそっと手を置く永遠。
「ごめん那由多。いや、ありがとうかな。
那由多みたいに可愛くて魅力的で優しい女の子に好きになって貰えるなんて、俺のこっからの人生でもう無いかもだけど、でもごめん。
まだまだ刹那が危なっかしい内は側にいて守ってやりてーんだ」
そう言って足早に階段へと消えて行く永遠。
那由多は急いで降りて行く足音に彼の優しさを再認識した。
そして、足音が聞こえなくなるまで堪えていた涙を解放した。その場にへたり込んで声を上げて泣いた。
——放課後、校門付近。
学園近くの公園へと続く道を歩く永遠と刹那。
緑色のミニバイクが二人乗りで通り過ぎ、永遠たちに気付いて止まる。
「あれ、一重ちゃんと彼方ちゃん? つかKSRナンバー黄色じゃん?」
「うち先週誕生日やってん! おとんに誕生日プレゼントで前々から狙ろう取った80ccのエンジン買うてもろてん」
「あー、それで二人乗り……って、え?」
「せやさかい、エンジン載せ替えて登録し直して……」
「いやいや、そーじゃなくて! 一年以内はタンデムダメだろっ!」
「そーいや言うてへんかったっけ? うち高校一年浪人してんねんて。ほななー」
左手を上げてひらひらと振りながら走り去る一重とその背中にしっかりと抱きついている彼方。
その後ろ姿を見て、そういえば一期はいつも一重に敬語だったっけ、と思い出す永遠。
——夕方。寂れた運動公園の第二駐車場近くの河川敷。
河原に並んで座る永遠と刹那。
「あのね永遠。映画なんかだとさ、みんな今の私たちみたいにすーぐ喧嘩しちゃうじゃない? それも些細な事で。
私がアメリカ映画を好きなのはその後。ちゃんと謝ってちゃんとハグしたらもう少しもジメジメしてなくってカラッと晴れるの。私はそうありたいの」
「知ってるよ、そんなの」
「あ、でもハグは無しよ。握手会とかなら開いてあげよっか?」立ち上がってお尻についた砂を払う刹那。
「アイドルかよっ!」
「学園のね!」と振り返ってウインクする刹那。