第8話 エイプ100シェイクダウン!
「えぇー、でも、えとー」
永遠に自転車を貸してくれと頼まれ有田は困惑していた。
偶然耳にしたギャル達に騙されている刹那の事も心配だし、かといって刹那とよく一緒に居るこの頼りなさそうな少年に自分の自転車を貸したところで果たして一体何が出来るのかもわからない。
「家に帰ればバイクがある、隣町まですぐに行ける! 俺が刹那を探し出す!」
痺れを切らした永遠が返答に困っている有田に捲し立てるように説明する。
「わ、私も安藤くん家まで乗せてってくれるなら……」
すぐに頷いた永遠が彼女が乗ってきた自転車のハンドルを握り、荷台に有田が横座りするや否やペダルを力強く踏み込んだ。
「わ、わわ。すぴーどいはんー」
猛スピードで自転車を漕ぐ永遠の後ろ、振り落とされないように彼の上着を握りしめしっかりと瞼を閉じる有田。
彼女の体感的にはほんの数分くらいで目的地に着き、永遠の急ブレーキで彼の背中に顔を埋めた。
「むぐっ」
「ありがと助かった!」
自宅に着いた永遠は自転車のハンドルを少女に渡すとすぐに庭先からミニバイクを引っ張り出した。父親から借りた年期の入ったヘルメットを被りキックペダルを踏み降ろすと出口が高い位置に向いているサイレンサーから重低音が鳴り響いた。ギアペダルを踏み込み一速に入れると握っていたクラッチレバーを離してロケットのように飛び出していった。クラスメイトの少女は自転車のハンドルを永遠から受け取ったままの姿勢で視界から消えゆく彼を見送った。
組み上げ間近で緊急出動となったエイプ。ヘッドライトこそ付いてはいるがまだ配線が繋がっていない。方向指示器は付いてすらいない。なので隣町までの道のりは手信号を出しながら走る。レース用と思しきハネ上がったマフラーが奏でる排気音は騒音規制ギリギリの音量。FRP製シングルシートにクリップオンのセパレートハンドル。永遠は激しい前傾姿勢で道路を睨み付け走り続けた。
隣町に到着するとすぐにスマホの地図アプリを立ち上げ近隣の喫茶店を表示させる。
「何だよこの数」
田舎とはいえ映画館やボーリング場などもあるやや開けた隣町。喫茶店だけでなく、ファミリーレストランなどの飲食可能なお店も含めるとその数はとても一〜二時間で探しきれるような数ではなかった。それでも永遠は一番近い場所から虱潰しにがむしゃらに刹那を探して回った。
一階にある店舗では窓に貼り付いて店内を見渡し、建物の中にある店では歩道にエイプを停めヘルメットを被ったまま階段を駆け上がり、待ち合わせだと嘘をついて受付を突破する。
そうして30分もの間に十数軒の喫茶店や飲食店を探し回ったが時間だけが悪戯に過ぎていく。刹那が学校から一番近いバス停からこの街のバス停へ降りたってから既に一時間以上は経過しているだろう。
怒りにまかせて飛び出してきた永遠はどうすることも出来ず途方にくれる。気持ちは焦り自分の無力さに嫌気がさす。クラスメイトの女生徒に連絡先を聞いておくべきだったと今更ながら後悔をした。だが既に顔も名前も思い出せない彼女もそれ以上何も知ってはいなかっただろう。おそらく彼女も今の永遠の様に、慌てて彼の元にやってきただけだ。
考えがそこに及ぶほどには冷静になった永遠は、彼女が言っていた事をもう一度ゆっくりと頭の中で反復した。
『なんかヤバい人みたいでー、その子たちの友達が飲み物に薬入れられたって言っててー……』
(もし本当に睡眠薬なんか飲ませたら、その後どうすんだ? タクシーに乗せる? 制服着た女子高生を怪しまれずに運べるか? 何処に運ぶ?)
今一度スマホの地図アプリを立ち上げ、今度はラブホテルを検索する。そうすると数軒のホテルが密集している場所があり、そこがこの町の所謂ホテル街と呼ばれる所だとすぐにわかった。地図を拡大し一番近い場所の飲食店を探す。
「あった! けど、コレってファーストフード?」さらに探すと他にも二軒の店が引っ掛かったが、一番ホテル街に近い場所にあるのはファーストフード店。心の中で「えーい、ままよっ」と叫び祈るような気持ちでエイプに跨り「間に合えっ!」と唱えてキックペダルを踏み降ろし走り出した。
——永遠到着の数十分前。
隣町のバス停に降りたった彼女はクラスメイトのギャルが指定した待ち合わせ場所、ファーストフード店を探した。
「ここ、か……」15分ほど歩くとすぐに目的の店は見つかった。入り口の前で一度立ち止まる。思わず肩掛け鞄のショルダーベルトを握る手に力が入る。右手をブレザーの中に入れホルスターに収まっているハイキャパ5.1Rのグリップを握りしめ「マギー見守ってて」と口の中で呟き店内に足を踏み入れた。
「アイスコーヒーとポテト。シロップ三つとミルク二つ付けて下さい」
「み、三つですか?」
「あ、甘党なんですっ!」
二階の窓辺の席に座り、通路側から見える様にガムシロ三つとミルク二つを置いてアイスコーヒーを一口含む。
「苦っ……」普段はコーラしか飲まない刹那が思わず漏らす。
緊張している彼女はスマホを取り出しオークション画面を開き決意を新たにする。すると、目の前に一人の中年男性が立ち止まった。
「君が刹那ちゃん?」
スマホ画面から目線だけ声のした方に向ける。そこにいるのは、年齢は四十代から五十代くらい。くたびれたスーツを着た、ごく普通の会社員風の男だった。脂ぎった顔の気持ち悪いデブオヤジを想像していた刹那は少しだけ緊張の糸が緩んだ。
「あ、は、はい」