第7話 それもまたパパカツだよね
家から学園までが中途半端に遠い永遠と刹那の二人。
先日永遠の漕ぐ自転車に二人乗りしていたのを体育教師に見つかって叱られたばかりだ。ほとぼりが冷めるまではとバス通学をしていた。
そのバスの車内でも、バスから降りても。まるで親の敵でも見ているかのような面持ちでスマホに表示されたオークション画面を睨み続ける刹那。
「ぐぬぬーどーっしても欲しい」
「なー、昨日調べてみたけどよー、今もリボルバーって普通に売ってんよな? あと歩きスマホやめろって」
「違うんだってー。今売ってるのはカート式じゃなくってぇ……」
筒抜けのシリンダーは背中で泣けちゃうくらいの男の美学やロマンがあって、社外品の金属製カートリッジとスピードローダーも付いてお得だ、等々云々。刹那の話はお互いの教室に到着するまで続いた。
「兎に角っ! オークション終了までにお金っ、お金よっ! ……ってもこんな田舎じゃ即金になるバイトなんて無いのよね」
「……お前パパ活とかに走んなよ」
「パパカツ? 何ソレ?」
「いや知らないならいい」軽く手を振って廊下で別れ、お互いの教室へと消えていく。
廊下には刹那の方を見てひそひそ話をするギャル達や、彼女の後ろ姿をぼんやりと見送った後、永遠と同じ教室に入っていく大人しそうな女生徒約一名。一方、男子の中でもチャラ男といわれる部類の生徒たちは、カースト上位の女子グループにバレないようにこっそりと刹那(の主にはち切れんばかりの大きな胸)を盗み見し、シャツのすき間から垣間見えるブラを脳裏に焼き付けていた。
二人は別々のクラスだが教室が隣なので、クラスに友人がいない刹那は昼休みや休み時間になると永遠の教室に遊びに来る。その所為で永遠はクラスの男子全員と若干一名の女子からの刺さるような視線を浴びる日々。
しかし体育の授業は隣り合った二つのクラスが男女別に合同で行うため、その時間は仲の良い男子生徒たちから刹那について色々と質問責めにあう永遠だった。
一方刹那は持ち前の運動神経の良さを存分に披露し、上級女生徒達からさらに嫌われていく。そんな訳でいつも体育前後のお着替えタイムでも見事に孤立している彼女は、誰と話すわけでもなく教室の隅で一人黙々と着替えている。
しかし本日は更衣室内で珍しい事が起きた。普段は絶対に話しかけてこないタイプのギャルの一人が刹那に話しかけてきたのだ。
「朝廊下で聞こえたんだけどさー。江口さー、もしかして金に困ってんの? 良かったら即金になるバイト紹介したげよっか?」
「えっ?」慣れない状況にやや身構えた刹那だったが、即金という言葉に喰付いた。話し掛けてきたギャルの後ろではその友人達が下衆な笑みを浮かべた口元を手で隠しながら様子を伺っていた。
ギャルの口から、年上の男性と喫茶店で一時間くらいお茶に付き合うだけで一万円という条件を聞き、怪しいと感じた刹那だったがその瞳は¥マーク。お金に目が眩みつつ、初めてクラスメイトの女子に話し掛けられたという状況も影響し判断力が鈍り、そのバイトを受けることにした。
LINEアプリを使っていないという刹那はギャル達に驚かれたが、話を持ちかけてきたギャルがその年上男性にLINEで連絡をして、すぐに隣町の繁華街で待ち合わせの約束を取り付けた。
放課後、用事があるからと浮かれた様子で一人バス停へと走り去って行く刹那。
永遠は「……変なヤツ」と軽く独り言をいうと、今日はゆっくりバイク修理できるなとほくそ笑んで帰路についた。だがすっきりしない気分の永遠は重い足取りでとぼとぼ歩いていた。すると、後ろから彼を追い抜いた自転車が「キキーッ」と音を立てて止まった。
「……ぁ、はぁ。やっと見つけたー」自転車の女生徒が振り返り、肩で息をしながら永遠に向かって言い放つ。
「って、俺?」永遠は周囲を見渡しながら、念の為自分を指さして聞いてみたが、辺りに他の該当者はいない。
「あ、安藤くんー。江口さん、江口さんがー、悪い子たちに騙されてー」
「って、なんで俺の名前?」
「私同じクラスだよー。そんなことよりー、さっき廊下で聞いちゃってー」
基本的に刹那以外の女子に無関心な永遠は、同じクラスだと話す少女に見覚えが無かった。彼は幼い頃から超絶美人の刹那と過ごした所為で、刹那以外の女の子の顔覚えが非常に悪い。
自分の事を有田と名乗った彼女の話では、隣クラスのギャル達が悪ふざけでタチの悪いパパ活オヤジを刹那に斡旋したらしい。そのオヤジは、以前ギャルグループのメンバーの飲み物に睡眠薬を混入させてホテルに無理矢理連れ込もうとした前科があるという。
「んだよそれっ!」
「江口さん鬼カワで目立ってるからあの子たち気に入らないんだよー。んで朝、江口さんがお金欲しいって言ってたの聞いたみたいで……」
「つっても、やっていいことと悪いことぐらいわかんだろ普通?」
怒りで語尾が強くなった永遠の言葉に少女がびくりと肩を震わせた。
「ああいう子達っていいとか悪いかとかじゃなくてー、面白いかどうかしか考えてないんだよー」
「そいつらどこだって言ってた?」
怒りを露わにしてさらに少女に問い詰める永遠だったが、彼女も隣町の喫茶店で待ち合わせというぐらいしか聞けておらず、他に何も知らなかった。
暫し思考を巡らせていた永遠だったが、何か閃いた様子で言い放った。
「悪ぃ、その自転車貸してくんねーか?」