第6話 リボ・ラバー
――時は少しだけ遡る。
永遠、高校一年生。
学校からの帰り道にある公園。
じめじめとした梅雨が明ける頃、永遠は念願のオートバイ免許を取得出来た。低めの身長がハンデにはなったが、それでもトータル二ヶ月程度で教習所を卒業出来た。
高校入学と同時に始めていた両親からの御下がりバイクエイプ100の修理もあと少しで終わる。修理と言っても不動期間に発生した不具合は既に解消済みで、残るは市販車ベースに改造されたレース用車両を公道仕様に戻すのが主な作業。本当は早々に家に帰ってその作業の続きをしたいのだが、本日も我が儘幼馴染み刹那に主導権がある。
年頃の二人は人気のない公園でその青春の時間をシューティング練習に充てていた。
「ハイッ!」
刹那の号令で永遠が手に持っている空き缶を空中に放る。ハイキャパ5.1Rを構えた刹那が空き缶に狙いを定めて数回引き金を引くが、連射したBB弾は全て空を切っていく。
「まずは止まってる的で練習した方がいいんじゃねーの?」
「うるさーいっ! ほらもっかいやるわよっ!」
怒鳴られた永遠は反抗心と悪戯心の混ざり合った気持ちで拾い上げる動作のまま続けて缶を高々と放り投げる。しかし不意打ちならぬ不意投げにも関わらず、刹那は即座に反応して連射する、……がやはり一発もヒットしない。その反応速度には永遠も舌を巻いたが、結局一発も命中しなかったので、ふぅとため息を吐いた。
「なー、俺もそろそろ帰ってバイク修理してーんだけど?」
刹那はその場に無言でしゃがみ込み胡座をかく。その無愛想な態度が虫の居所が悪いときの彼女の返事だということは幼馴染みの永遠だけが知っている。
教室でもいつも無愛想な刹那はクラスの中で浮いている。特にカースト上位を占める陽キャ女子、所謂ギャルたちからはあからさまに嫌われていた。それは主に刹那の容姿に対するやっかみに起因するのだが、刹那のこの無愛想さもギャルからすると高飛車な態度と取られているようだ。
不貞腐れてスマホを眺め始めた刹那の横で、永遠も鞄からライディングのHowTo本を取り出して読み始めた。
刹那の射撃の腕前に厳しい評価をした永遠だったが、教習所で教官に随分とダメ出しを喰らった永遠はミニバイクとはいえ果たしてオートバイを乗りこなす事が出来るのだろうかと不安で一杯だった。
二人ともが押し黙ったまま静かに時間は過ぎていった。
だらだらとニュースサイトを眺めていた刹那が、はたと画面をスワイプする指を止める。
「……あなたへのオススメ?
これって、幻の旧カート式リボルバー? うそぉっ!」
「おわっ! ととっ」刹那が急に大声を上げて立ち上がった為、驚いた永遠が読んでいた本を落としそうになる。
「何だよ急にっ」
刹那は高校入学後に迎えた初めての誕生日に入学祝いも兼ねたプレゼントとして父親にハイキャパ5.1Rを買って貰った。
当初本人は回転式弾倉を備えたリボルバータイプのガスガンを欲しがったのだが、その時既にリアルなカートリッジ式のモデルは販売を終了しており、対象年齢からもガスではなくエアー式になることや、リボルバーの命中精度の悪さなどを踏まえた上で、行きつけの模型屋店主と父親のアドバイスにより、初のガスガンはオート拳銃タイプとなった。
もちろん現在の愛銃ハイキャパ5.1Rのことは名前を付けて寵愛するほどに気に入ってはいるのだが、依然としてリボルバーへの憧れは捨てきれていなかった。刹那は暇さえあればリボルバータイプのガスガンについて調べていたのだ。
彼女のリボルバーへの想いは深く、その発端は小学生の頃まで遡る。
幼少期、父親の趣味に付き合い幾度となく鑑賞したDVD映画。サンフランシスコを舞台に悪人を懲らしめるためには手段を選ばない刑事が使用していたのが44マグナム弾を使うリボルバーだった。計五作にも及ぶシリーズ映画の中で彼と彼のハンドガンの活躍は、彼女の根底に勧善懲悪思想とリボルバー=強いという概念を植え付けた。そして、常に残段数を把握して犯罪者と駆け引きをするそのスタイルから、カートリッジ式のリボルバーにこだわりも生まれた。
そんな彼女の検索履歴により、スナブノーズリボルバーが出品されているオークションがリンク広告として表示されたようだ。刹那はその写真の脇に置かれているカートリッジを見逃さなかった。
「見て見てっ、コレ!」
大事な教科書(?)を何とか落とさず空中でキャッチした永遠が向けられたスマホ画面を覗き込んだ。
「タナカ、コルトディティクティブスペシャル? カート仕様……って、高っ!」
オークションサイトが表示している提示価格はとても高校生になりたての彼らが払える金額では無かった。