第5話 ストレイキャット?
ある日の放課後。学園からは少々離れた河川敷にある駐車場。
「ボァアー、ボァッボァッ」一見ノーマルマフラーの様に見えるが、消音器の中身を少しだけ抜いているエイプ100が低めの排気音を奏でている。定期的に「ジャー」とバンクセンサーが擦れる不協和音が。
その横ではガスガン特有の「バシュッ」という射撃音の後、ドラム缶の上に置かれた空き缶が「カンッ、カラカラカラッ」と音を立てて回転している。
学園探偵稼業を優先し、お互いにどこの部活動にも所属していない永遠と刹那。二人は探偵仕事の入っていない放課後は、周辺住民すら殆ど利用しない市民健康運動公園の第二駐車場にたむろしていることが多い。
永遠が刹那に内緒で彼女のブロマイド写真を販売しているおかげで、落とし物捜索や人捜しといったささやかな依頼が舞い込むことはあるが、そもそも平凡な学園生活の中で探偵に頼ろうなんて事件はそうそう起こらない。なので彼らは基本的に暇だ。探偵稼業の空き時間はこうしてお互いの技術向上に充てている。
人口もそう多くない田舎街。昔何かの政策で各自治体へ配られた使い道のない予算で無計画なまま着工された運動公園は完成予定日を幾度となく延ばしながらもなんとか落成式を迎えた。当然ながら公園の事はその頃には既に市民の関心の埒外にあった。結果、利用者は常に少なく体育館やテニスコートの傍にある第一駐車場も土日ですら満車になることはない。ここ第二駐車場に至っては閑古鳥も大合唱するレベルでガラガラ。
永遠たちが通う学園からはやや遠い立地だが、原付二種という高校生にとって全能感すらある移動手段を持つ二人にとってその距離も、学園の教師に出くわす確率が低くなるという点でプラス要素であった。
かくして第二駐車場は、永遠のバイク練習や刹那の射撃訓練の場として大いに活用されていた。
学校指定のジャージ上下に肘プロテクターとバンクセンサー付きの膝プロテクターを装着した永遠は、空き缶を中心にして定常円旋回を繰り返す。偶にもう一つ置かれている空き缶に方向転換して、2〜3回程八の字走行をしてから反対周りに切り替える。
一方刹那は3メートルと5メートルそして7メートルと離れた場所に、それぞれブロックや廃タイヤやドラム缶を駆使して台を作り、その上に倒した状態で置いてある空き缶の飲み口を狙ってハイキャパ5.1Rのトリガーを絞っている。
3メートル缶の飲み口から侵入したBB弾が缶の中で乱反射してパキカンと音を立てる。5メートル缶は狙いが外れ飲み口付近を勢いよく弾かれプリマドンナの様にクルクルと回っている。そして7メートル缶を狙って銃口から飛び出したBB弾は缶の数センチ上の空間を通り過ぎていった。
「……風、強いわね」
「なんか言ったかー?」
「べつに何もー!」
缶の向きを直して再度ハイキャパ5.1Rを構える刹那。
またしても3メートル缶の飲み口に見事命中させた後、5メートル缶に狙いを定めトリガーを絞り掛けたが、射線上に人影を見出し即座にトリガーから指を外し銃をホルスターに収めた。
「あの制服うちの生徒よね」
連続した射撃音が止んだ為、永遠も旋回練習を止めて刹那の方を見る。
彼もすぐに射線上に徨く生徒の存在に気が付いた。
「ねぇ、永遠。ちょっと見てきてよ」
「えー、お前が行けば……」と言いかけたが途中で言葉を飲み込んだ。よく見るとその人影は女生徒のようだったからだ。
バイクを置いてプロテクターやヘルメットを脱いで女生徒の方へ歩み寄っていく。向こうが永遠に気付いたタイミングで永遠が声を張る。
「なー、同じ学校だよな? こんな所で何してるんだ?」それはお互い様だが、こんなものは先に言ったモン勝ちなのだ。
女の子は辺りを見廻しながらゆっくりと永遠の方に歩み寄ってきて「ニャンコー」と一言。
「散歩中にいなくなっちゃって」
「あぁー」と言って永遠も辺りを見渡す。
「こっちは殆ど誰も来ないから、第一駐車場の方見てみたら? エンジン切ってすぐの車の下とか覗いてみたら?」
「あ、そっか! ありがとー安藤くーん」
そう言い残して小走りで駆けていく少女の後ろ姿を見送りつつも首を傾げる永遠。
「あれ? そーいやあの子……」
「去年永遠と同じクラスだったでしょ?」
「あー、そうだ! 有田だ」
刹那以外の女子には興味が無い永遠だったが、有田という少女の事を思い出してその表情が柔らかくなる。
「あんたいっつもそんなよね。だから彼女出来ないのよ」
「記憶力と彼女出来るかどうかは関係ねーだろ。あ、でも那由多は一発で覚えたぜ」
「げしっ!」刹那のトーキックが永遠のケツを捉える。
「痛ッ! 何だよっ!」
「鼻の下伸ばさない」
「伸ばしてねーし」
程なくして、第一駐車場から帰ってきた少女が三毛猫を抱えて二人の元に近づいてきた。
「いたよー。ほらストラトス、ご挨拶ー」と言って猫の前足を持ってフリフリしながら
「ありがとうにゃー」と飼い主が裏声を発し、猫と一緒にバイバイと手を振りながら去って行った。