第3話 幽霊の正体見たり!
学園探偵の二人の夜間公園パトロールは、何の収穫も無いまま四日目を迎えた。
遠目には夜の公園でデート中のヤンキーカップルに見えるであろう、本日の永遠と刹那。昨晩警邏中の警察官に見つかりその場を逃走した為、ひと目では高校生に見えないように変装をしてきた様子。その頓珍漢な出立ちは、家中のタンスをひっくり返してあり合わせで揃えたヤンキールック風コーディネート。
永遠は部屋着のジャージに父親が黒歴史と言ってタンスの奥底にしまっていた、背中に大きく虎の刺繍があしらわれている派手なブルーのスカジャン。髪型はリーゼントに失敗しポンパドールが上手く盛れずにオールバック。
刹那はこれまた母親の黒歴史。父との馴れ初め場所、ディスコで踊り狂っていた頃に着ていたという身体にピッタリとフィットするショッキングピンク色のタイトミニワンピース、所謂ボディコンと呼ばれる服にジージャンを羽織っていた。天然ウェーブが美しかった黒髪はコンビニで買ってきたヘアブリーチを使って明るめの茶髪しようと試みたが、そのままうっかり朝まで寝てしまって金髪に。昼間は学校で「次の月曜日までに戻して来い」と、学年主任の体育教師にこっ酷く叱られた。
永遠の左腕に自分の腕を絡ませてカップルを装う刹那。健康な男子高校生にとって思わぬ役得が期待できそうな場面だが永遠の左肘に柔らかい感触は無い。その代わりに彼の肘に当たっているのは、ジージャン下のショルダーホルスターに挿さっているハイキャパ5.1Rの予備マガジンの固い感触。
「何も出ねーな」
「出たら困るわよ」
「いや、出ねーと俺らただ働きだぞ。俺はおやじのポマード使ったからいいけど、おまえのブリーチ代分は赤字だぜ」
「あー、思い出した! 腹立つっ、鎌田の奴ー!」
「まーいきなり金髪で登校してきたら呼び出し喰らうのは当然だろ」
「あいつ私の髪触りながら胸元覗きこんでんのよ! バレてないと思ってんのかしらっ、気持ち悪っ!」
今回、怖くて依頼内容を碌に聞いていない刹那は成功条件などの詳細を把握していない。
永遠から伝えられた要点は、依頼者の姉が会社帰りにここの公園を通ると近道になるのに、幽霊を目撃して以降は怖くて行きも帰りも通れていないこと。自己申告になってしまうものの、幽霊を退治したら一応報酬は払ってもらえる契約。もし併せて証拠画像も撮れたなら報酬額は倍にアップしてくれるとのこと。
刹那が人助けという大義名分を掲げて始めた学園探偵稼業だが、趣味のエアソフトガンで散財気味な彼女の本音は、お金稼ぎの為の割の良いアルバイトになればと思っている。
一方永遠はカースト上位の女子達からいけ好かないという理由で嫌われている刹那に、依頼を通して少しでも友達と呼べる仲間が増えてくれればという気持ちで探偵業を手伝っている。……が、彼もまた両親から譲って貰った愛車の支払いとカスタム費用の足しになればと思っている部分が大きい。
ぐるりと全てのルートを練り歩きそろそろ一周が終わる頃、永遠は僅かに気を引き締めて前回警邏の警官と遭遇したポイントを見やった。そしてそこで信じられない光景を目の当たりにする。それはライトの光などではない、本物の人魂。公園に設置されているベンチの奥、元々は丸く刈り込まれていたであろう広葉樹が長らく手入れされずに伸び放題に茂っている辺り。その上空にゆらゆらと青緑の火の玉が現れ、星空に向けて消え入りそうになりながらゆっくりと上昇していく。
(ごくっ……)思わず唾を飲み込む。
額には冷や汗が流れ、つけ過ぎた大人用の整髪料の臭いが鼻腔に侵入してくる。
ちらりと刹那を見る。彼女はまだ気付いていない様子だ。オカルトが苦手な彼女が気付くとやっかいなことになる。
幽霊なんていて欲しくないという刹那のスタンスと比べると、永遠はそもそも幽霊なんていない、何かの見間違いだろうと高を括っていた。倍額報酬については端から諦めていたし、運が良ければ風や光の関係で偶然幽霊か何かに見えた現象を再現できればラッキーぐらいに考えていた。
刹那に気付かれないように右手でジャージのポケットからスマホをそっと取り出し無音カメラのアプリを立ち上げた。アプリの立ち上がる数秒の時間がもどかしい。今にも消え入りそうに揺らめき既に背丈よりも高い位置まで上昇しているソレに、当てずっぽうでレンズを向け連写モードで幾度か捨て撮りを繰り返した。
永遠の歩く速度が遅くなり「ちょっと早くっ」と言って刹那が左腕を引っ張ったその時、今度は新たに紅い人魂が現れた。今度は刹那もそれに気付き一瞬硬直したもののすぐに両腕を胸の前でクロスさせ、左腕で永遠を突き飛ばしつつ右手でハイキャパ5.1Rを抜き宙に踊る人魂に銃身を向けた。彼女の好みでノバックサイトに変更しているリアサイトとフロントサイトと火の玉を一直線に重ねた瞬間、トリガーを絞った。
初発は空を切ったが続けて放たれた二発目と三発目が見事に命中し、紅い火の塊は離散しながら闇に消えていった。
永遠は地面に寝転がりながらもその一部始終を連写した。
「あららホントにBB弾効いちゃったよ」寝転がったまま肘だけついて上半身を起こした永遠が驚く。
「今日のは只のBB弾じゃないからね」とドヤ顔でマガジンを抜いて放る。永遠が両手でキャッチして注視すると僅か6ミリのBB弾一発一発に何やら梵字の様な文字が描いてある。
「これ自分で書いたのか?」
「違うわよ。昔販売されてた『密教怨念弾』って言って、ちゃんとお祓いもされてるBB弾。お父さんのコレクションからこっそり拝借してきた」
「昭和って何でもアリだな……」
「刹那ァ! またッ!」叫ぶと同時にマガジンを刹那に投げ返す。
今度はかなり低い位置で揺らめく人魂が出てきた。最初に永遠が見たものと同じ青緑色。受け取ったマガジンを入れて今度は初弾でまだ低い位置を彷徨っている人魂に怨念弾をヒットさせた。人魂は空中分解し永遠はその様子もバッチリ画像に収めた。
人魂が消える瞬間に「キャッ」と茂みの奥から小さな声が聞こえた。
永遠と刹那が顔を見合わせる。
「やばっ」と口ずさんだ刹那が条件反射の様にすぐにエアソフトガンをショルダーホルスターに仕舞う。
起き上がった永遠が声のした方へと慎重に歩み寄っていく。ベンチに膝立ちになり奥をのぞき込む。すると茂みの中で足下に落ちてきた火の玉の残骸をパンパンとスニーカーで踏み消している少女と目が合った。片手にはライター。
「あれ? ……もしかして安藤くん?」