第12話 需要と供給
「あ、あの子! あのメガネ掛けて文庫本読んでる男子」
放課後、各教室を回って刹那からチラシを受け取ってくれた生徒に(主に永遠が)声をかけ、事情を説明して回収していく。帰ってしまった生徒もいるが、刹那が声を掛けた中で校内に残っていた生徒は全員素直にチラシを返却してくれた。
「それにしてもよく全員の顔覚えてたな」
「だから永遠よりも記憶力はいいんだって。それに……」言いかけて言葉に詰まる刹那。
「ん? それに何だよ?」
「みんな全然受け取ってくれなくってさ、特に上級生なんて一人も。一年も殆どの人に無視されたからさ。受け取ってくれたらやっぱ嬉しいじゃん」そう言って永遠から顔を逸らした彼女の耳は真っ赤に染まっていた。
「そういえば、居た? 例のおにゃーの子?」
「いや、それが居たような居ないような? 正直わかんねーんだよなぁ。背が低いくらいで特にこれと言った特徴もねーっていうか。今日休みも多いし」
永遠は刹那に言われ、ついでに女生徒も探していたが見当たらない。
「あの、江口さん」
「え? 私?」永遠との会話がほぼ終わった頃合いを見計らって如何にもおとなしそうな男子生徒が話しかけてきた。
「あ! 朝チラシ受け取ってくれてたよね?」顔を見た刹那が思わず気さくに話し掛けてしまい、男子生徒も、そして当の刹那も驚いた様子だ。
「ごめ、急に。そのチラシなんだけど、先生にこっぴどく怒られちゃって……」
「うん、同じ部活の友達から聞いて持ってきたんだ」
「あ、あり……がと」
「え、江口さんが探偵とか、ラノベの主人公みたいでカッコいいと思うから陰ながら応援してるから、……陰だけに」
そう言って差し出されたチラシを受け取った刹那はなんて返していいか分からず、ぎこちない笑顔で表情筋をピクピク痙攣ささせた。それでも立ち去っていく彼に小さく手を振るぐらいの気遣いは出来た。
「ホラほらホラー!」永遠の背中をバシバシと叩きながら嬉しさを噛み締める刹那。その様子を誰よりも嬉しいと感じている永遠だが、今回の一件でカースト上位の女生徒達に新たな燃料を投下してしまったのでは? といった不安も頭をよぎるのであった。
——翌日、体育の時間。
女子は体育館でバスケットボールとの事。
しかし何故か男子の授業予定もバスケットボールとなっていた。どうやら男子の担当教師が予定組みを間違えていたらしく、急遽学校の周囲をただただ周回するだけの持久走へ変更となった。
体育館で教員同士の話し合いが終わりその結果が発表されると、男子たちは悲嘆の声を上げ渋々と体育館を後にした。何となく振り返り刹那の方を見た永遠は彼女と目が合った。その瞬間彼女が口パクで「ばーか」と言い口元を手の平で隠したが、小刻みに震える肩で手の奥の口元も笑っているのが伝わった。
「なぁ永遠、刹那ちゃんが配ってたあのチラシってマジなの?」
何周走らなければいけないかも伝えられず、ただひたすらに走り続ける。ゴールはない、それが持久走。なのでどうしても仲の良いグループでだらだらと固まってしまう。永遠は波長の合うオタク気質のクラスメイト達と走っていた。
「あー、まぁ、うん。割とああいう子供っぽいの好きなんだよあいつ。映画とかにすぐ影響されちゃうし」
「あんな可愛いのに痛キャラって、萠じゃん」
「そーいうもんかねぇ」既に彼女に幼馴染以上の感情を抱いている永遠には同級生の感想がしっくりこなかった。
「けど、なんか依頼すると刹那ちゃんと話せるってこと?」
「いや、あいつ基本的に人見知りだからなかなか厳しいんじゃねーかな。その内慣れるだろーけど。つーかぶっちゃけ需要あるか?」
「刹那ちゃんのスリーサイズを知りたいとか?」
「好みのタイプを教えて欲しいとか!」
「一日デート権!」
持久走の辛さを忘れたい健康的な高校生男子の会話は延々と続いた。
その内容はほとんど便利屋や万事屋といった類のものばかりだったが、その内の一人が「ブロマイドが欲しい!」と言った時には、その場にいた全員が大きく頷いた。