第1話 スクールディティクティブ!
「おーい、安藤」
昼食後の休憩時間、ざわつく教室内の音量に負けそうな呼び声。
高校生活も一年生の中頃から同学年間での縄張り意識も薄れ、それぞれの教室への入室は遠慮なく行われている。ましてや声の主は二年生。それでも声の主はその見た目通りの内気な性格からか、教室の入り口から件の安藤永遠が座っている窓際まで届くように頑張って大きな声を発した。
まず呼ばれた本人である永遠が声のする方を向く。同時にクラスメイトにして彼の幼馴染、刹那もその声に反応していた。
永遠少年よりも入り口に近い場所に座っている彼女が静かに立ち上がる。昼食時にお互いの机をくっつけたままの状態でおしゃべりに興じていた陽キャ女子達が一瞬だけ話すのを止め、誰とも席をくっつけずに孤立していた刹那の方へ睨むような視線を送る。刹那は自分に向けられた嫌悪の眼差しに気付いているのかいないのか、脇目もふらずにつかつかと歩き始める。
昼休み、誰とも会話をせず俯いたまま手持ちぶさたで弾込めしていた予備弾倉を立ち上がり際にブレザーに隠されたショルダーホルスターへと収める。その際、側面に黄色いマーカーで『G』と書かれたマガジンから零れ落ちたBB弾が床に落ち、殆ど音を立てずに跳ねた。気付いた少女は互い稀なる反射神経で手を伸ばし、歩きながら空中でキャッチし「レア物だもんね」と小さく呟いた。
夏だというのに一年中羽織っているブレザーのポケットに両手を突っ込み肩で風を切りながら入り口に立っている、一言で表すなら正に〝陰キャ〟といった風体の男子生徒に歩み寄る。
一方永遠は男子生徒に歩み寄っていく彼女の背中をちらりと見て小さな溜息をついた後、読みかけの雑誌、モンキーやダックスといった小さなバイクの写真が所狭しと並んでいるそのページを開いたままにして机の中に押し込みゆっくりと立ち上がった。軽く頭を掻き刹那の後を早歩きで追いかけた。
男子生徒の腕を絡め取りつつ、彼を廊下に引っ張り出す刹那。
「あんまり見ない顔ね。永遠の友達って訳じゃなさそう。依頼でしょ? それなら永遠じゃなくってまず最初に所長のこの私を通してよね」と男子生徒の顔を睨みつけた。
間に合わなかったか、といった表情だがさほど責任を感じている様子のない永遠が刹那の後ろで片手でゴメンとゼスチャーをする。
「で?」と更に睨みを効かせつつ、その尖った鼻先を相手の頬に突き刺す勢いで顔を近付ける。
彼女なりに凄んでいるつもりだろうが、その仕草は彼女が好きなガンアクション映画に出てくる刑事の物真似に過ぎない。今日の刹那は彼女の妄想の中で、裸足でビルの中を駆け回るニューヨーク市警のタフガイかも知れないし、ロサンゼルス市警のベテラン刑事が定年間際にペアを組まされた型破りな相棒かも知れない。
日本人離れしたスッと通った鼻筋。透き通ったきめ細やかな白い肌。彫りが深く奥まった場所に位置している少したれ気味な瞳はやや青みがかった灰色。緩いウェーブのかかった黒髪が彼女の動きに合わせてふわりと踊る。
本人が自覚しているかどうかは不明だが彼女は間違いなく学校イチの美少女だ。それに加え、はち切れんばかりに膨らんだバスト、引き締まったウエストから繋がる健康的なヒップライン。これぞ正に恵体の持ち主。そんな女の子に鼻先5センチの距離で甘い香りのする息を吹きかけられて詰め寄られている依頼者の顔は赤面し、彼女に気付かれない様に控えめにやや腰を引いた。
「……いや、あの、さ。うちの近所の公園で夜中に出るらしくって、幽霊。で、なんでも屋のお前らに妖怪退治を頼みたくってさ」後退りしながら語られたざっくりとした依頼内容に刹那の表情がこわばった。だがその感情の変化に気付いたのは幼馴染の永遠だけの様子。どうやら彼女はオカルトが苦手のようだ。現に依頼者共々、幽霊と妖怪の区別すらついていない。オカルト全般が兎に角苦手で何も考えたくないのだ。
「なんでも屋じゃないっ! 〝スクールディティクティブ〟刹那っ! アーンド永遠っ!」
廊下を歩いていた生徒数人が刹那の叫び声に驚き立ち止まったが、おとなしそうな見た目の男子生徒はやや好気の眼差しで彼女をチラ見し、黄色い声を上げてイケメン風男子とスクールライフを満喫していたギャルは「チッ……うっせ」と舌打ちし、イケメン風ギャル男も同調するようにあからさまな悪意に満ちた表情を取り繕いながらも鼻の下を伸ばして刹那の胸を盗み見る。
それぞれの空気が流れた後、止まっていた時間が再生されて元通りの廊下に戻った。
刹那が所長で永遠が助手。刹那が言い出して始めた学園探偵仕事。高校二年生にもなって未だ厨二病気質。
永遠は刹那の幼稚さにウンザリしている、……が。二人共同じ病院で生まれ、家も隣同士、誕生日は二週間も離れていない。もう幼馴染というよりは腐れ縁と言った方がしっくりくる。それならいっそのこと刹那が起こす騒動を一緒に楽しむようにしようではないかと。
それに学園内で孤立気味な刹那がこれをきっかけに永遠以外にも友達が出来るかも知れない。そんな想いもあって彼女のお遊戯に協力している。
「とりあえず詳しい話聞かせてよ」
オカルトを恐れて役に立ちそうにない所長を後ろに下がらせて、いつも通りといった様子で助手の永遠が依頼内容を聞いた。