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萩原朔太郎「群衆の中を求めて歩く」の誤植、あるいは早すぎた男の悲劇について

作者: 萩原 學

しばらく前に、住んでいた公団アパート(UR)が取り壊しになるとのことで、同じ UR 団地内の別の棟に引っ越した。同じ団地内なら、引越し費用は向こう持ちになるという事だったので、選択の余地はない。

それはいいが、脳梗塞で入院して間もない時期だったから、動けるまで回復したものの、荷運びなど覚束無い。せっかく持ってきた書棚は、組み立てると壊れていた。そんなこんなで、もう数年経つのに本箱もそのままだったりするので、古本市で買ってきた筈の『青猫』復刻版が見つからない。まさか捨ててはいないと思うが、そう言えば引っ越し前に職場の同僚が片付けを手伝ってくれたのは良いが色々棄てられたものもあったか…

仕方ないので記憶を頼りに書く。『青猫』復刻版をお持ちの方は、該当ページを見せて頂けると幸甚。


『青猫』復刻版にあった詩「群衆の中を求めて歩く」は、次の通り。 


私はいつも都會をもとめる

都會のにぎやかな群集の中に居ることをもとめる。

群集は大きな感情をもつたひとつの浪のやうなものだ

どこへでも流れてゆくひとつのさかんな意志と愛慾との()()()()だ。

ああ ものがなしき春のたそがれどき

都會の入り混みたる建築と建築との日影をもとめ

大きな群集の中にもまれて行くのはどんなに樂しいことか

みよ この群集のながれてゆくありさまを

ひとつの浪はひとつの浪の上にかさなり

浪はかずかぎりなき日影をつくり 日影はゆるぎつつひろがりすすむ

人のひとりひとりにもつ愁ひと悲しみと みなそこの日影に消えてあとかたもない。

ああなんといふやすらかな心で 私はこの道をも歩いてゆくことか。

ああこの大いなる愛と無心のたのしき日影

たのしき浪の彼方につれられてゆく心もちは涙ぐましくなるやうだ。

うらがなしい春の日のたそがれどき

このひとびとの群は建築と建築との軒を泳いで

どこへどうして流れゆかうとするのか

私のかなしい憂愁をつつんでゐるひとつの大きな地上の日影

ただよふ無心の浪のながれ

ああどこまでもどこまでも この群集の浪の中をもまれて行きたい。


朔太郎がわざわざ傍点を附して強調した「ぐるうぶ」が、全集版では「ぐるうぷ」になっている。

おそらく誤植というより、三好達治の監修で変えられてしまった一語であるけれども、これは間違いで、「ぐるうぶ」が正しい。詩人が意図したのは浪 groove であって、集団 group なんぞに関心はないからである。


朔太郎という詩人の半分以上は、音楽で出来ている。当時にあっては海外から来た歌と踊りの「ネ申」のような存在で、詩人自らマンドリンを弾き楽団を創設し、家族友人にダンスを強要し、手取り足取りダンスを教え込まれた妻のほうが夢中になってダンス仲間と駆け落ちするに至ったのだから、ちょっとやそっとの怪我では済まない、業の深い人である。そんな詩人が発した「ぐるうぶ」に、しかし三好達治は乗らなかった。…いや、三好だけではあるまい。詩集『青猫』刊行は1923年。レッド・ガーランド『グルーヴィー』Groovy(1957)より34年前では、いくら何でも早すぎる。関東大震災が起きた大正12年の時点で、Groooviee ! などとヘコヘコ踊っているヴァカは、天下広しと雖も朔太郎以外に存在しなかったであろう。

こういう時代を先取りし過ぎた異人というのは、ずっと後になって偉人扱いされるけれども。その当時は歩く迷惑、動くシケイン以外の何者でもなく、爪弾きに遭うのも仕様がないと言えば仕様がない側面もある。だからといって何時までも誤解を放置して良い訳がなく、誤植は誤植としてさっぱり直すことを、ここに提案するものである。ジョジョのちょっとした誤植も修正されたそうだし。

いや、面白ければ別に良いかと思わないでもないが。

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