表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

パーソナリティ・リターンズ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふ〜、こうも暑い日は、野菜いっぱいのミネストローネをつまむに限る……。

 冷たいものは、身体に負担がかかるというからねえ。適度な量ならいいけど、中毒性みたいなのがあって、ひとついれればふたつ。ふたついれればみっつと、ついつい手が伸びていってしまう。

 揚げ物と似たようなもので、ほいほいと気を許せば、いつの間にか不健康まっしぐらになっていく。どうにか適度に抑えていくには、勇気が必要さ。

 とはいえ、身体を冷やすものは何かとほしいもの。

 食べ物以外に冷房だったり、水浴びだったり、怖い話だったり……。


 そうだ、こーちゃんは今でも怖い話集めてるの?

 はあ、怖い話に限らず伝説めいたものでもいい?

 そうだなあ、いつもこーちゃんから聞いているし、たまにはこちらから話してもいいかな。友達から聞いた、冬のときの話なんだけどね。



 友達によると、冬に家族でスキーに行くのは年中行事のようなものなんだそうだ。

 家から数時間、高速道路に乗って車を飛ばしての行き帰り。泊りがけになるときもあるという入れ込み具合だ。

 スキーそのものも疲れるだろうけれど、ドライバーには運転というみんなとは別のお仕事が待っている。

 運転もなかなか疲れるものだ。目まぐるしく飛び込んでくる情報を瞬時に、的確に判断し続ける仕事を、脳はずっとやり続けている。疲れもかなりのものになるだろう。


 俺、私はそんなことないやい、というプロなドライバーの人もいるだろうけど、ゲームを何時間プレイしても全然平気、という意見と大差ないように僕は思うなあ。

 疲れが興奮でごまかされていて、自覚できていないだけ。身体はついていけてないから、そのうち「よもや」の事態を引き起こし、事故につながっていく。

 のども渇きを覚えるより前から、水分補給しろというだろ? 休みもおんなじで、疲れを感じる前からこまめにとっておくべきものなんだよ。

 特に運転手は、舟こぐような状況を避けるために、いろいろな手を打っているのよね。



 友達の家では、ドライバーはお父さんだった。

 助手席に座る人は、なるべくお父さんと話をする決まりがある。これもまたドライバーの眠気を誘わないための作戦であった。

 眠るなど言語道断。怒られるものだから、助手席に座っている間は緊張の時間だったとか。

 地元に戻るまでは、パーキングエリアがいくつかある。ちょうど父親をのぞいた家族と同じ人数分ある。

 シートで揺られていると、眠気はいつの間にか寄ってくるもの。さっさとプレッシャーから解放されるべく、友達は助手席一番手を願い出る。

 お役目さえ終われば、あとは後部座席のシートによりかかり、至福のうたた寝時間をむさぼるのみだ。最初のパーキングエリアでみんなが休むときも、友達は車の後部座席に移るや、早くもシートに背を預けて、目をつむった。


 うとうとしながらも、一瞬で夢の中へ誘われるわけじゃない。意識が落ちるより前に、他のみんながドアを押し開ける音がして、エンジンがかかる。

 寝ている人にあらためて声をかけることはしない。車はそのまま発進し、駐車場と思しき空間をカーブする。慣性がシートに背中を預ける友達の身体を揺する。

 車のステレオから流れてくるのは、陽気なパーソナリティの声。生のラジオではなく、ぅっと昔の放送を録音した、コメディよりの番組だ。

 両親のかつてのお気に入りだったらしいが、もう何年も前にラジオから遠ざかってしまっているらしかった。

 そのにぎやかさも、いまや何メートルもの向こうから聞こえてくるかのよう。目覚ましよりも子守歌としての立ち位置のほうがお似合いだった。

 遅れてやってきたスキーの疲れも手伝って、いよいよ睡魔に屈してしまったのだけど……。



「――おねむの時間ですか〜?」


 その声に、はっと友達は目覚めた。

 自分はいまシートからずれ落ち、なかば横へ倒れこむように寝入っている。

 隣にいる弟も同じくだ。だいぶ体をこちらへ傾けて、それでいてこちらとぎりぎりぶつからない角度を保っている。

 前を見る。ちょうど前方は渋滞で、いずれの車もブレーキランプを灯したまま、動く気配がなかった。

 父は後ろから見ても、頭がこくんこくんうなずくように動き、対する母は直立不動を保っている。いずれも黙したまま声を発しない。

 こちらから声をかけると、二人ともにわかにしゃんとしたような反応を見せた。危ないところだったのだろう。

 パーソナリティは相変わらず、自分の過去にあった珍事件を面白おかしく語って、相方の笑いや突っ込みを引き出している。


 あの「おねむの時間ですか〜」の声、聞き間違いじゃないなら、家族の誰のものでもない気がした。

 あの場で一番近いといったら、いま流れるパーソナリティのもの。

 しかし、先ほどから今まで、あくまで自分のトークに終始しているのが、ちょうどあのようなタイムリーなセリフが出てくるだろうか……。

 疑問に思いつつ、一次は目覚めた車内一同だったけれど、渋滞による牛歩戦術はとどまることを知らず。いったん生のラジオへ切り替えたところ、この先数キロはこの調子らしかった。

 録音した放送はまだ先があるとはいえ、ろくに体も動かせない車内じゃ、またも血液循環は滞る。

 いったんは起きた弟も、再び撃沈。父親と母親はともに小声で話すも、言葉の端々に眠気が浮かび、友達自身も相づちを打ちながらもあくびをこらえきれずにいた。

 かのパーソナリティーはというと、録音ゆえの強みを生かし、全力全開絶好調といった感を緩めない。複数の放送を連ねているのもあって、いつでもテンション高めで臨めるというわけだ。

 思い出したように、のろり、のろりと進んでいく車。代わり映えのない景色は、またも眠りの園への入り口となり、友達もそのいざないに逆らえず、まぶたがうっとりうっとり、重くなっているのを自覚して……。



「――夢の世界から、失礼しまーす」


 まただ、と友達は一気に覚醒する。

 パーソナリティの声。けれども、目覚めて耳に飛び込むトークはあいも変わらず自分語り。どこに夢の世界へ行く要素があるのやら。しかも、こちらをおもんぱかるようなタイミングで。

 先ほどよりだいぶ進んだ車から見える景色は、もう友達が見慣れたものに変わっている。下りるべきインターチェンジはもう間近だ。

 相変わらず車は渋滞していたが、友達が目を覚ますなり、少しずつ前が発進していく。

 たいしてこちらは、先ほどとほぼ変わらない状態。友達が片っ端からみんなに声をかけて、どうにか後ろへ迷惑をかけずに家までたどり着く。


 この間、助手席の母親はずっと沈黙を保っていた。

 助手席に座る者の役目を果たさない様子に、友達一家はここぞと詰め寄ったが、その口にする声を聞いて驚いた。

 母親の声は、すでに途中で止めたラジオのパーソナリティと同じものに変わっていたんだ。

 性別、声質、その他いろいろ共通点がなさすぎる。それをあたかも声帯模写の達人のごときクオリティで、発してみせたんだ。

 そんな特技、一家は知らない。パーソナリティの声で告げる母親も、どうしてこうなったか分からないという。

 母親の異状は2時間ほどで、唐突に治ったらしい。それは止めた放送の残り時間と合致していたのだとか。



 あとで調べたところ、くだんのパーソナリティは今より一年近く前に、事故で亡くなられていたことが判明した。

 ちょうど一家が通ってきた高速道路での、玉突き事故だったらしい。

 夢の世界から失礼するといったパーソナリティ。それは母の夢から喉を借りて、自分たちを守ってくれたのかと、友達はときどき思い返すのだとか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] つぶらやさんの夏ホラー作品、キター!\(^o^)/ と思って身構えていたら、意外な展開でとても面白かったです! 運転しながら聞けるラジオは、ドライバーにとって強い味方なのかもしれませんね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ