パーソナリティ・リターンズ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふ〜、こうも暑い日は、野菜いっぱいのミネストローネをつまむに限る……。
冷たいものは、身体に負担がかかるというからねえ。適度な量ならいいけど、中毒性みたいなのがあって、ひとついれればふたつ。ふたついれればみっつと、ついつい手が伸びていってしまう。
揚げ物と似たようなもので、ほいほいと気を許せば、いつの間にか不健康まっしぐらになっていく。どうにか適度に抑えていくには、勇気が必要さ。
とはいえ、身体を冷やすものは何かとほしいもの。
食べ物以外に冷房だったり、水浴びだったり、怖い話だったり……。
そうだ、こーちゃんは今でも怖い話集めてるの?
はあ、怖い話に限らず伝説めいたものでもいい?
そうだなあ、いつもこーちゃんから聞いているし、たまにはこちらから話してもいいかな。友達から聞いた、冬のときの話なんだけどね。
友達によると、冬に家族でスキーに行くのは年中行事のようなものなんだそうだ。
家から数時間、高速道路に乗って車を飛ばしての行き帰り。泊りがけになるときもあるという入れ込み具合だ。
スキーそのものも疲れるだろうけれど、ドライバーには運転というみんなとは別のお仕事が待っている。
運転もなかなか疲れるものだ。目まぐるしく飛び込んでくる情報を瞬時に、的確に判断し続ける仕事を、脳はずっとやり続けている。疲れもかなりのものになるだろう。
俺、私はそんなことないやい、というプロなドライバーの人もいるだろうけど、ゲームを何時間プレイしても全然平気、という意見と大差ないように僕は思うなあ。
疲れが興奮でごまかされていて、自覚できていないだけ。身体はついていけてないから、そのうち「よもや」の事態を引き起こし、事故につながっていく。
のども渇きを覚えるより前から、水分補給しろというだろ? 休みもおんなじで、疲れを感じる前からこまめにとっておくべきものなんだよ。
特に運転手は、舟こぐような状況を避けるために、いろいろな手を打っているのよね。
友達の家では、ドライバーはお父さんだった。
助手席に座る人は、なるべくお父さんと話をする決まりがある。これもまたドライバーの眠気を誘わないための作戦であった。
眠るなど言語道断。怒られるものだから、助手席に座っている間は緊張の時間だったとか。
地元に戻るまでは、パーキングエリアがいくつかある。ちょうど父親をのぞいた家族と同じ人数分ある。
シートで揺られていると、眠気はいつの間にか寄ってくるもの。さっさとプレッシャーから解放されるべく、友達は助手席一番手を願い出る。
お役目さえ終われば、あとは後部座席のシートによりかかり、至福のうたた寝時間をむさぼるのみだ。最初のパーキングエリアでみんなが休むときも、友達は車の後部座席に移るや、早くもシートに背を預けて、目をつむった。
うとうとしながらも、一瞬で夢の中へ誘われるわけじゃない。意識が落ちるより前に、他のみんながドアを押し開ける音がして、エンジンがかかる。
寝ている人にあらためて声をかけることはしない。車はそのまま発進し、駐車場と思しき空間をカーブする。慣性がシートに背中を預ける友達の身体を揺する。
車のステレオから流れてくるのは、陽気なパーソナリティの声。生のラジオではなく、ぅっと昔の放送を録音した、コメディよりの番組だ。
両親のかつてのお気に入りだったらしいが、もう何年も前にラジオから遠ざかってしまっているらしかった。
そのにぎやかさも、いまや何メートルもの向こうから聞こえてくるかのよう。目覚ましよりも子守歌としての立ち位置のほうがお似合いだった。
遅れてやってきたスキーの疲れも手伝って、いよいよ睡魔に屈してしまったのだけど……。
「――おねむの時間ですか〜?」
その声に、はっと友達は目覚めた。
自分はいまシートからずれ落ち、なかば横へ倒れこむように寝入っている。
隣にいる弟も同じくだ。だいぶ体をこちらへ傾けて、それでいてこちらとぎりぎりぶつからない角度を保っている。
前を見る。ちょうど前方は渋滞で、いずれの車もブレーキランプを灯したまま、動く気配がなかった。
父は後ろから見ても、頭がこくんこくんうなずくように動き、対する母は直立不動を保っている。いずれも黙したまま声を発しない。
こちらから声をかけると、二人ともにわかにしゃんとしたような反応を見せた。危ないところだったのだろう。
パーソナリティは相変わらず、自分の過去にあった珍事件を面白おかしく語って、相方の笑いや突っ込みを引き出している。
あの「おねむの時間ですか〜」の声、聞き間違いじゃないなら、家族の誰のものでもない気がした。
あの場で一番近いといったら、いま流れるパーソナリティのもの。
しかし、先ほどから今まで、あくまで自分のトークに終始しているのが、ちょうどあのようなタイムリーなセリフが出てくるだろうか……。
疑問に思いつつ、一次は目覚めた車内一同だったけれど、渋滞による牛歩戦術はとどまることを知らず。いったん生のラジオへ切り替えたところ、この先数キロはこの調子らしかった。
録音した放送はまだ先があるとはいえ、ろくに体も動かせない車内じゃ、またも血液循環は滞る。
いったんは起きた弟も、再び撃沈。父親と母親はともに小声で話すも、言葉の端々に眠気が浮かび、友達自身も相づちを打ちながらもあくびをこらえきれずにいた。
かのパーソナリティーはというと、録音ゆえの強みを生かし、全力全開絶好調といった感を緩めない。複数の放送を連ねているのもあって、いつでもテンション高めで臨めるというわけだ。
思い出したように、のろり、のろりと進んでいく車。代わり映えのない景色は、またも眠りの園への入り口となり、友達もそのいざないに逆らえず、まぶたがうっとりうっとり、重くなっているのを自覚して……。
「――夢の世界から、失礼しまーす」
まただ、と友達は一気に覚醒する。
パーソナリティの声。けれども、目覚めて耳に飛び込むトークはあいも変わらず自分語り。どこに夢の世界へ行く要素があるのやら。しかも、こちらをおもんぱかるようなタイミングで。
先ほどよりだいぶ進んだ車から見える景色は、もう友達が見慣れたものに変わっている。下りるべきインターチェンジはもう間近だ。
相変わらず車は渋滞していたが、友達が目を覚ますなり、少しずつ前が発進していく。
たいしてこちらは、先ほどとほぼ変わらない状態。友達が片っ端からみんなに声をかけて、どうにか後ろへ迷惑をかけずに家までたどり着く。
この間、助手席の母親はずっと沈黙を保っていた。
助手席に座る者の役目を果たさない様子に、友達一家はここぞと詰め寄ったが、その口にする声を聞いて驚いた。
母親の声は、すでに途中で止めたラジオのパーソナリティと同じものに変わっていたんだ。
性別、声質、その他いろいろ共通点がなさすぎる。それをあたかも声帯模写の達人のごときクオリティで、発してみせたんだ。
そんな特技、一家は知らない。パーソナリティの声で告げる母親も、どうしてこうなったか分からないという。
母親の異状は2時間ほどで、唐突に治ったらしい。それは止めた放送の残り時間と合致していたのだとか。
あとで調べたところ、くだんのパーソナリティは今より一年近く前に、事故で亡くなられていたことが判明した。
ちょうど一家が通ってきた高速道路での、玉突き事故だったらしい。
夢の世界から失礼するといったパーソナリティ。それは母の夢から喉を借りて、自分たちを守ってくれたのかと、友達はときどき思い返すのだとか。