命名
「輪廻転生って信じますか?」
まったくもって脈絡のない話に、少し戸惑う。
でも彼女は真剣な顔だ。私も真剣に答えるべきだ。
少しの間考える。輪廻転生。
「まあ・・・ありえなくもないんじゃないかな、って思ってます」
導き出された結論は、曖昧などちらともいえない答えだった。
とはいっても、こう以外に言いようがない。
私の返事を聞くと、彼女は張り詰めたような顔をくずし先程みたいなふわりとした笑顔に戻る。
そしてこう続けた。
「わかりますよ、私もはじめは信じれなかったですもん…。いや、今だってちょっと疑ってる部分はありますし…。」
「えっと、輪廻転生が私になにか関係あるんですか?」
私は尋ね返す。どうも話の先が見えてこない。
輪廻転生と私の記憶がないこと、なにか関係があるのだろうか。
「うーん、なんて説明したらいいんでしょうか…。多分長くなるんですけどいいですか…?」
私はコクリとうなずく。どうせ変える場所もないのだし、ここで何時間過ごそうが何回の夜を明かそうがあんまり関係ない。
「驚かないで聞いてほしいんですけど、私…というより、私達は転生者の存在を消す、組織みたいなものなんですよ」
彼女はゆっくりと語り始めた。
それと同時に足元に風が吹く。花が小さく揺れる。差し込む光も相まってなんだか本当に女神様みたいだ。
彼女の名前はカスミというらしい。けれど、それは仮の名前のようなものだ、とも言った。
彼女も気がつけば此処にいて、そして目が覚めて、転生者を殺せとあの不可思議な声に言われたそうだ。
まるで私と同じ。
ただ一つ違うのは、彼女の他にももう一人ほど横で眠っていたこと。
それから少したったある日、転生者と呼ばれる勇者に一方的に襲われ二人で死を覚悟したその時、その組織とかいう人達に助けてもらったのだとか。
「でね、その人達が言ってたんですけど、世の中には転生っていうものがあるらしくて。前世に恵まれなかった人たちが、今度は別の世界では幸せになれるように神様に愛されるらしいんです。特別な能力をもらえたり、仲間に恵まれたり。そういうのを無双っていうらしいんですけど…、でも、無双されるとこの世界の安定が崩れるとかみたいでして、だから私達がその安定を保つ仕事を任されているらしいです。私もそれからお手伝いしています」
彼女ーーカスミさんにもわからないところは多いらしい。時々首を傾げている。
でもそれはカスミさんにこの世界の仕組みを教えてくれた人も同様だったようで、つまるところあんまりこの世界のことについては知っている人がいないらしい。
知っているとすれば、あの脳内に響く不可思議な声の主ぐらいしか見当もつかないけれど、どうやって話せばいいのかさえもわからない。あの声はひどく一方的だ。
私はため息を付いた。どうすればいいのか、わからない。
でも、話を聞いた感じ私に求められているのは兎にも角にも転生勇者を消すことなんだろう。
誰かの手のひらで踊らされているようで、なんだか少し癪に障るけれどそれ以外にすることもない。
私は、カスミさんの方に向き直った。
「お願いします、カスミさん。私も組織のところ連れて行ってくれませんか。頑張りますから」
カスミさんは少し驚いたような顔をしたあと、笑顔でもちろんとそう頷いてくれた。
手を差し伸べられる。
私はその手を確かに取った。
何もわからない、別に転生者を消す目的もない。
けれど私は転生勇者を消すというのも悪くないと思ったのだ。
世界の安定を守る、だなんてなんだかダークヒーローみたいで、何かを守るなんてかっこいい。
正義の対が必ずしも悪だとは限らないのだし。そういう悪のようで少し心が踊っていた。
それに何より、知りたかった。私がどうして此処に来たのか。私が何者なのか。
天命をまっとうすれば、いつかそこにたどり着けるかもしれない。
「じゃあ、行きましょうか。こっちです。建物みたくなってるので少し行けばわかると思いますけど…」
私達は歩き始めた。洋服はまだ若干濡れているけれど、風に吹かれればこれも心地よい。
そういえば、どこから風が吹いているのだろうか。どこかに穴でもあるのか。
見渡しても特に目立ってはなかった。
「ねえ、あの、そのですね…」
突然話しかけられる。私はカスミさんの方に視線を合わせた。歩みが止まる。
「どうしました?カスミさん?」
「名前決めないですか?呼びづらいし、なにか仮でもいいので…。」
それはたしかにそうかも知れない。なにかいい名前…。こう考えるとなかなか思いつかないものだ。
「うーん、どんなのがいいんでしょ…?」
「じゃあ、ナズナとかどうですか?さっきの泉の近くに咲いてたので…。」
カスミさんが提案してくれる。ナズナ…うん、いい響きだ。
「ナズナ!いいですね!ありがとうございます」
そういうと、彼女は嬉しそうな顔をした。
「ナズナちゃん、よろしくおねがいします」
「こちらこそです」
ナズナ、…私の名前。なんだか感慨深かった。
あの泉に落ちなければこうやって話すこともなかったのかもしれない。
いや、そんなに大きな洞窟じゃないだろうし、出会うことはあったかもしれないだろうけど、きっとこうやって名前をつけてもらって仲良くなることはなかっただろうし。
この何もわからない場所で始めて出会えたのがカスミさんで良かったと心から思う。
私も少し嬉しくなった。笑みが溢れる。
私達はまた歩き始めた。
「此処ですよ、つきました。」