序幕
ふと、目を覚ます。
立ち上がろうとすると、ひどい頭痛に襲われた。
なんでこんなところにいるんだろう。
そもそも、どうしてこうなったんだっけ。思い出せない。
あたりを見渡しても、なにもない。本当にただの洞窟だった。
ときどき水の跳ねる音が響き、薄暗さも混じってなんともいえない不気味な感覚にひたる。
此処がどこなのか。
『お前らには悪いと思っている。だが、あいつのせいでこちらも…』
何やら声が聞こえる。それはどこまでも遠いところから聞こえてくるような、それでいて自分自身に語りかけられているような不可思議な声。それが脳内で響いてるのだと気づくのにそうそう時間はかからなかった。
とはいえ、ところどころ電波が繋がらないように途切れていて、あまり集中できない。
聞きたいことは数え切れないくらいだ。だが、喉が異様に渇いてしまっていて、うまく声を出すことができなかった。質問も何もできないまま、その声は一方的に言葉を続ける。
『転生勇者を殺せ。何度も云うがそれがお前らの使命だ。』
脳内に突如として響いた声は、そこで終わった。その声だけは今までが嘘の様にはっきりと聞こえた。
わけがわからない。
その声はこの状況を説明してくれるどころか、さらなる混乱を招くだけだった。
とりあえず立ち上がろう。まだ少し目は霞むが、なんとか歩けそうにはなった。
この辺を見て回れば、なにか思い出すかもしれない。
帰り道を見つけられるかもしれない。とはいえ、帰る場所も分かっていないけれど。
私は兎にも角にも歩き出した。
足を踏み外さないように、一歩一歩気をつける。
どこを目指せばいいのかわからない。本当になにもない。
どうしてか疲労しきっていておぼつかない足ではそう遠くもいけない。とりあえず、水でもあれば…。
そうこうして数分探し回ってみると、遠い向こうに何かが光っていた。
鍾乳洞がなにかなのかと、近づいていくと果たしてそこは泉だった。
光が差し込んでいるのか、虹色に光っていてまるで聖水のような。
さっきほどまでの不気味な雰囲気とは打って変わって、まるで神様の世界の一角のようにきれいで穏やかに感じる。もしかしたらやっと探していた水を見つけた、という達成感に似た感情がそう錯覚させているだけかもしれないけれど。
周りに飾りのように並べられている石に足をかけ、泉へと近づく。
咲き乱れている名前のわからない花が美しい。
ひとすくい。手をお椀にしてひとすくいし、一気に口へと持っていく。
正直味なんてどうれもいいと思っていたけれど、喉がカラカラに乾いていたおかげかすごく美味しく感じられた。こう、なんともあらわしにくい心地よさが体に広がっていく。
もうひとすくい、飲もう。あと一口だけ。もう一寸だけ飲みたい。
そう思って手を伸ばした瞬間、私の体は安定を失った。つい不安定な場所にいたことを忘れてしまっていた。
頭から泉に落ちる。
とりあえずもがいてみても、体は沈むばかり。
もう、無理かもしれない。
目が覚めてそうそう死を覚悟した私になにかの声が聞こえる。
「誰か…落ちて…まさか…」
またあの不可思議な声だろうか。いや、その声はどんどん近づいてくる。
一瞬の後私は泉の外にいた。
状況が理解できなかったが腕に強い痛みを感じ、ああ私は引っ張り上げられたのだと理解する。
誰が、と思いふと上を見上げると、私の目には綺麗な人がうつった。
ところどころに淡い水色や桃色のメッシュが入っている、ふわりとした白髪の髪。透明なレースを何枚も重ねたような、裾の広がっているワンピース。そこから伸びる真っ白なうでと、同じ様に真っ白で触ればサラサラとしていそうな顔。何色とも言い難い吸い込まれるようなキレイな瞳。整った顔立ち。
どこからどうみても、まるで女神様みたいで、やっぱり此処は天の国だったのかもなんてそんなことを思い始めた。
「あの、大丈夫ですか…?」
その人はのぞきこむようにこちらをみて、ゆっくりとした口調でそう問う。
「あ、あのありがとうございます!えっと、大丈夫、です」
私は驚いて、とりあえずお礼を言う。するとその人は花が開くように笑って、そのあと神妙そうな顔をして尋ねてきた。
「ならよかったです…、えっと、あのお名前は?」
何を聞かれるのかと思いきや、普通のことでどうしてか拍子抜けする。
とんでもないものを要求されるのでは、とどこか心構えしていたからかもしれない。
綺麗な花には棘があるって昔誰かが言っていたような、そんなところ。
「名前ですか?名前はーー」
そこまでいいかけて、続きの言葉が出てこない事に気づいた。名前。確かにあったはずなのに、どうしてか思い出せない。
自分の名前も言えないなんて、変な人だと思われているだろうか。
けれどそのまま続かない言葉を、その人は不思議がるどころか妙に納得したようにうなずいていた。
「やっぱり・・・。」
続いた言葉は訳のわからないもので、私は戸惑いが隠せなかった。
その人は少し悩んだような様子のあと、もう一度こちらを振り返ってゆっくりとこう言った。
「あの、もしかしてあなたは記憶なかったりしますか?」
「え?あ、はい。此処に来るまでの記憶は曖昧です…」
そうすると彼女はため息を付いた。でもそれは呆れているというよりは、どうしようといった迷いのような感じに近しい。
「あの驚かないで聞いてほしいんですけど…」
「はい…えっと?」
「輪廻転生って信じますか?」