弟の誤解〜安積廣智目線
病室に戻って夕焼け空を眺める。ちょっとした虚脱感に襲われていた。安積1号に慣れたら、退院で後は通院で本義手を決めたり、必要があればリハビリを受ける事になっている。退院まであと少し。
「兄さん、着替え持ってきた。」
今日は弟の正智の日らしい。
「いつも悪いな。」
正智は着替えを入れ替えるといそいそとベッドの側の椅子に座った。
「やっぱり兄さんが話せるようになって嬉しい。なんでもっと早く言語聴覚士呼んでくれなかったんだろうね。あいつの差し金だぜ。絶対。」
「あいつって?」
「城内ってやつ。面談の時も兄さんがその気になるまで見守りましょうとかいい人ヅラしてさ。サボってただけだろ。さっきなんか男にデレデレして職場に迎えに来させてデートかよ。」
正智の城内さんへ向ける悪意ある言葉にびっくりした。思わず手元にあった赤いお手玉を握った。
「ちょっと待って。どうしてお前そんな悪く言うんだ?」
「兄さんの高校の同級生だったんだろ?あいつ。自分が兄さんと関わりたいばかりにタラタラと下らない事ばかりやらせて時間稼ぎして。こっちに移ったのは作業療法が声にも効果あるかもしれないからだったのに、兄さんに色目つかって遊んでるだけじゃないか。別の男キープしときながらさ。」
俺は城内さんが同級生だとは家族に告げなかった。それは彼女がそういう素振りを一切見せなかったからだ。俺の回復を見守りながら、慎重に対応してくれていたんだと思う。
ふと歌のテストでピアノの伴奏をしていた彼女を思い出した。まるで、あれだ。出来の悪い歌だとしても丁寧に合わせて綺麗に弾いてくれていた。彼女は真摯に作業療法をしてくれていた。
「誤解だよ。」
正智は同じ高校の後輩だったから彼女を見かけて覚えていたのだろうか。どう捻じ曲げてしまったんだろうか。
「誤解なわけあるか!俺がもっと経験豊富な人にしてくれ、担当降りてくれって言っても無視しやがって。母さんが声の方をなんとかしてくれって言ってもゆっくり見守って下さい、キッカケを見つけましょうとか言って。お絵かきボードとか迷路とか今度はお手玉?何やらされてるの兄さん」
正智の作業を馬鹿にしている口振りと顔を見て彼女が泣いていた理由が分かったような気がした。仕事を否定されるような苦情を患者の家族からこんな風にぶつけられる事があるのだろう。
「お前、ちゃんと作業療法の説明聞いてた?」
まずはそこだ。
「それから、彼女が俺と関わりたいとか色目とか、違うぞ。どちらかと言うと逆だ。」
好きな子の話なんて兄弟でした事無かったな。もう話せるようになったんだし、ちゃんと家族に俺からいろいろ話そう。