声を取り戻して〜安積廣智目線
普通に元同級生として取り留めのない会話ができて頬を膨らませてムッとした顔も見れて。彼女が知っていて2人で揃ってしまって懐かしくて。心がふっと軽くなって久しぶりに声を出して笑ってしまった。
それから直ぐに話せるようになったわけではない。話そうとして咳こんだりかすれたり。でもきっかけではあった。言語聴覚士の訓練も受けて少し話せるようになって、母が泣きながら喜んでいるのを見て自棄になって親不孝してたなと反省した。
発声の訓練が入るため城内さんの作業療法の時間が減ったのが残念だけど彼女も他の患者さんを抱えている事だし、進歩を褒めてほしくて許される範囲の字を書く自主トレをしたり、片手お手玉(財布投げつけ事件により彼女に追加された作業だ。しかもニコニコしながらわざと赤い花柄を渡してくるとか悪戯心を感じる。)をしたりしていた。作業もほどほどが大事であまりやりすぎると逆に怒られる。
あれから高校の同級生に戻ったあの時間が嬉しくて、彼女のSNSを追加してもっと話せるようになりたいと思いつつも患者である立場でそんな事をしていいのか分からなくてずっと躊躇していた。
夕方階段トレーニングを安積1号をつけてしてみた。身体のバランスはとりやすい。今日こそは彼女の退勤に出会えたら、SNSの事を切り出してみよう。とキョロキョロしながらトレーニングをしていて、受け付けのあるロビーの方で見かけたのは彼女が男性とにこやかにハイタッチしている姿だった。
正確にはハイタッチなのは彼女で男性の方は普通に手を出しているだけだ。背が高くてがっしりとした色黒な同い年くらいの健康的な。明らかに退勤する彼女を待っていて一緒にどこかへ行く感じだ。手はつないではいない。距離が、微妙に離れての2人連れだ。彼氏というわけではなさそうだった。
でも今、彼女の隣に健康体で、両手揃って立っているそいつが凄く羨ましかった。ハイタッチ右手だったな。俺の右手はもう、無い。