目が腫れているのが気になったから〜安積廣智目線
『』は安積くんがスマホに表示したセリフになります。端的なのはそのせいです。
最初は幻肢痛が酷くて自分の無くなった右手が可哀想で、義手なんかいらないと思っていた。ただ見た目的には必要かとそれぐらいの認識だった。
でも、城内さんに再会して作業療法を受けて考えが変わった。必要性を丁寧に教えてもらったのもあるし仮義手の調整や訓練の担当も彼女だというから仕事とは分かってるけど単純に嬉しかった。
辛い幻肢痛も義手を使いこなすにはメリットになると励ましてくれた。元気になりたいと思った。落ちてしまった筋肉も取り戻して、左手を利き手にして、義手がうまく扱えれば中学の体育教師は無理でも小学校の教員としてはやっていけるかもしれない。
仕事に復帰する目処が立てば今度こそあの無理矢理ただボタンを渡して逃げた幼稚な告白じゃなくてきちんと彼女に告白できるんじゃないかと希望も持った。今は、彼女は仕事だけど、あの頃よりはずっと距離が近い気がしていた。
声はちょっとどうしたら良いか分からなくなっていた。話したくない、放っておいて欲しい、そう願っただけで音も発せなくなるとは思わなかった。もちろん社会復帰には必要だ。医者からは器質的には問題が無くきっかけが必要だと説明されていた。頼めば来てくれるという言語聴覚士をお願いしてみる気になっていた。
仮義手を安積1号と名前をつけているのに微笑んでしまうと嬉しそうな顔をしてくれた彼女がメガネだし、その奥の目が腫れていた。そんな様子は初めて見たのでかなり気になった。夕方に階段でトレーニングをしていると彼女の退勤に出会える可能性がある事を知っていたからちょっと張ってみた。
私服に着替えて歩く彼女の後ろ姿を運良く見つけた。声を掛ければ振り向いてくれるかもしれない。でもでない。かなりの不便を感じた。まださほど上手くは走れないし。彼女が行ってしまう……。思わずポケットに入っていた小銭入れを投げた。
コントロールが上手くいかなくて壁にあたった。いや、彼女にあてる気はさらさらないけど、近くに落とせばと思ったのだ。コントロール。新たな課題だ。幸い、音に気づいて振り返った彼女が小銭入れを拾って俺の方に歩いてきてくれた。
「安積さんのお財布ですか?投げたりして、トレーニング?いやいや誰かに当たったらどうするんです?そもそもにお財布。今度ボールとかお手玉とか作業で使いますか?」
やっぱり目が腫れぼったい。かなり泣いたのかな。小銭入れを受け取るように手を出すと彼女が返そうと手を伸ばしてきたので手首をつかんで小銭入れを彼女に持たせたまま引っ張った。
「えっ?ちょっと待って安積さん?」
最近お気に入りの広めの階段踊り場スペースのベンチまで行くと彼女を座らせ、俺も座った。逃げる様子は無いからポケットからスマホを出すとメモを開いて打ち込んだ。
『目がはれてる。どした?』
「へっ、そんなに酷い?患者さんにまで心配かけるとか。」
うなずくとマジかーと言って首を垂れていた。ちょいちょいと肩をつつく。
『世話になってるから、おごる。そこから買って。俺は無糖コーヒー。』