安積さん〜城内比呂目線
パワハラ、いじめについての記述があります。辛い方はご注意下さい。
安積さんは高校1年の時の同級生だ。色が白くて男子なのに美人と女子達は噂していた。憧れている女子は多かったと思う。秋の体育祭、クラス対抗バスケットボールの試合での活躍から人気は更に高まった。バスケをしている安積さんは確かに格好良かった。動きがなんというか、そう綺麗だった。
それからは下手に私なんかが話すと他の女子達に睨まれるから、席が近くなっても、出来れば話しかけないで欲しいと思っていた。
同じ頃、中学からの続きで吹奏楽部に入っていた私は先輩の嫌がらせにあい、腱鞘炎を病み過敏性腸症候群になり治ったはずの小児喘息が復活してしまっていた。
今でいうパワハラにあったわけだが、スクールカウンセラーの先生にこのままだと自殺してしまうと進言され、整形外科の先生に手が動かなくなる可能性を示唆された。胃カメラを入れるのも嫌だった。退部を決意した。
辞めたらスッキリするかと思ったら今度はクラスの吹奏楽部の女子から制裁を受けた。
『部活が大変だ。自分も辞めたい。辞められた人はいいな。迷惑も顧みず良い気なもんだ。今さら帰られても困るけど』
的な事を近くで徒党を組んでグタグタと話すのだ。私の名前を出している訳ではないが、何度となく胃腸にひびいてキツかった。そんなことが何日か続いた時だった。いつものように始まったそれがたまたま近くの男子と話をしていた安積さんに聞こえたのだろう。辞めたいと言った首謀の女子に向かって
「うっさいな!そんなに辞めたいなら、お前ら全員さっさと辞めちまえ!やってること最低だ!二度とここに来んな!」
と安積さんが大声で告げたのだ。思わず振り返ると白くて綺麗な安積さんの顔が冷たく光っていた。思わずぞっとしてしまったが、言われた子のほうが怖かったのだろう。口を抑えて廊下に走って逃げていき他の女子達も散り散りに去って行った。
それからピタリと嫌がらせは止まった。そして私の体調も腱鞘炎、過敏性腸症候群、喘息の順に治っていった。安積さんにお礼を言うのも変だけど、助けてくれたんだと勝手に思っている。怒らせると怖い人だとも。だから卒業式の日はびっくりした。まさかボタンを渡してくるとは。
安積さんのカルテと沢口師長のメモを読んでざっと頭の中で整理する。
突風によりひっくり返ったサッカーゴールに巻き込まれて右腕を破損し、頭部からも出血があり意識を失った。意識は2日ほど戻らなかったが、回復後は他に巻き込まれている人がいないか心配するなど特に人が変わった様子も見られず脳障害も疑われなかった。
頭の怪我のケア、切断部のケア、体幹ストレッチのリハビリなどを受けていた。幻肢痛が酷いタイプで睡眠不足を訴える。事故後10日後急に話さなくなる。うつ病無し。失語症なし。記憶の混濁があるため、脳障害または心因性失声症の疑い。
家族は声を取り戻す積極的治療を要望したが、本人が拒否。先の病院には理学療法士しかいない。表向きは、利き手を失ったのと、義手を希望している事から、作業療法を受けるために転院。実際は作業療法には精神領域のリハビリを担当する面もあるため、声の治療にも繋がるのではと期待されている。
見舞いは主に母。父と大学生の弟が時々。恋人らしき女性は話しが出来なくなったあたりから姿を見せず、別れたのでは、原因はそれかと看護師達の噂。
作業療法には「身体障害」「精神障害」「老年期障害」「発達障害」の4つの領域がある。作業とは日常生活行動のことで、その作業を通して生活全般のリハビリを行うのが作業療法士の仕事だ。
知っている人が担当なのは初めてだ。ため息をこぼしつつ、食欲がわかず食堂は諦め売店のサンドイッチをちびちび食べながら甘いカフェオレをすすった。
幻肢痛とは、簡単に説明すると、事故などで手足を失っても頭が手足があると感じていて、その幻の手足が痛むことを言います。