悪役令嬢がイチイチ細かいことにツッコむから婚約破棄がなかなか進まない
「アンナ、ただ今をもって、君との婚約を破棄する!」
「――!!」
私の婚約者であり、我が国の第二王子でもあるサミュエル様が、夜会の最中唐突にそう宣言した。
「何故ですかサミュエル様!」
「フン、自分の胸に手を当ててよく考えてみろと言いたいところだが、君みたいな女にはハッキリ言ってやらないとわからないだろうからな。特別に教えてやる。僕が君との婚約を破棄する理由、それは――」
「い、いえ、そうではなくて!」
「……え?」
「私が聞きたいのは、何故夜会で婚約破棄をなさるのかということです」
「…………は?」
「だって王家の婚約破棄って、言わずもがな一大事ですよね? それをこんな公衆の面前でブチ撒けるのって、どう考えても非常識だとは思いませんか?」
「――! そ、それは……」
「しかもついさっきまで、みんなでワイワイ夜会を楽しんでたのにですよ? 何ならアップテンポのダンスまで踊ってましたよね? それなのに突然ドヤ顔で『君との婚約を破棄する!』とか言われても、挨拶に困るというか……」
「ド、ドヤ顔ではない!」
「いやいやいや完全にあれはドヤ顔でしたよ。そこを否定されると話が進まないので、そこは認めてください。あれはドヤ顔でした。何なら顎も若干しゃくれてました。――よろしいですね?」
「ぐ、うううぅ……!」
「ちょっと! 不敬ですよアンナ様!」
「おお、スザンネ……!」
男爵令嬢のスザンネが、サミュエル様にしなだれかかりながらこちらを睨んできた。
「そ、そうだ! 君がこんなか弱いスザンネを陰でイジメているから、僕は君との婚約を破棄することにしたんだ! 今すぐスザンネに謝罪したまえッ! 土下座だ土下座ッ!」
「イジメ? 私はそんなことをした覚えは、一切ないのですが?」
「フン! イジメている人間はみんなそう言うんだよ! だが現場を目撃したという人物が、何人も――」
「あの、その前に一つよろしいでしょうか?」
「――! な、何だ!?」
サミュエル様は怯えるような目をしながら身構えた。
だが今回の私のターゲットは、サミュエル様ではなくスザンネだ。
私はスザンネの目をジッと見つめながら、言った。
「スザンネさん、前から言おう言おうと思っていたのですが、その胸元のザックリ開いただらしのないドレスは、貴族令嬢としてどうなのでしょうか?」
「だ、だらしのない……!?」
「あなたも貴族の娘なら、常に貞淑であれと御両親から教わらなかったのですか? そのうえセンスの悪い、匂いがキツいだけの香水を振り撒いて」
「セ、センスの悪いですって!?」
「それではまるで、サミュエル様をたらし込もうとしているように見えてしまいますよ?」
「――!!!」
スザンネが大きく目を見開き、口元をワナワナさせた。
「言いがかりよッ!! 私は決して、サミュエル様をたらし込んでなんて……!」
「そ、そうだッ! 僕とスザンネの関係は、あくまで純愛だ!」
「ホウ? つまり二人は、恋愛関係にあると?」
「「――!!」」
「それはいささか問題ですねえ。現時点でのサミュエル様の婚約者は、あくまで私。だというのに、他の女性と恋愛関係になってしまったとすれば、それはもう立派な浮気行為です。国民の模範となるべき王族がそんなモラルに反することをしていたとなれば、一大スキャンダルですよ?」
「う、うるさいうるさいッ!! 僕は真実の愛に目覚めただけなんだッ!! モラルに反してなどいないッ!!」
「そ、そうですそうですッ!」
「ハッ、真実の愛?」
ちゃんちゃらおかしいわね。
「そうやって聞こえのいいワードを使えば押し切れるとでも思ってるんですか? どんな言い方をしようが、浮気は浮気です。あなた様は王族として許されない行いをしたのです。その自覚がおありなのですか?」
「う、うぐううぅ……!」
「そんな言い方はあんまりじゃありませんかッ!」
「――あなたの立場はもっと危ういですよスザンネさん?」
「…………え?」
「だってそうでしょう? 婚約者のいる王族をたぶらかしたとなれば、国家転覆罪に問われてもおかしくありません。良くて一生修道院暮らし。最悪死刑です」
「そ、そんなッ!!?」
スザンネは顔面蒼白になり、足をガクガクと震えさせた。
やれやれ、どうしてそんな簡単なことも、言われなきゃ気付けないのかしら?
呆れてものも言えないわ。
「フフフ、どうやらこれは、ヒーロー役の出番はないようだね」
「「「――!!」」」
その時だった。
一人の男性が優雅なオーラを纏いながら、私たちの前に現れた。
それは第一王子であり、王太子殿下でもあらせられるヴェッセル様だった。
高身長の甘いマスクに流れるようなサラサラのブロンドヘア。女性に対してのエスコートも完璧な上、趣味がぬいぐるみ集めというギャップ萌え要素もあり――!
全令嬢の憧れの的のヴェッセル様がいったい……!?
「――アンナ、実はずっと前から君のことを陰ながら慕っていたのだ」
「――!! ……ヴェッセル様」
「――どうか私の、生涯の妻になってはくれないだろうか」
ヴェッセル様は私の前で恭しく片膝をつき、右手を差し出された。
――嗚呼。
「はい。私なんかでよろしければ、喜んで」
私はヴェッセル様の右手に、自らの左手をそっと重ねた。
「ちょちょちょ、ちょっと待てよッッ!?!?」
「はい? まだ何かあるのですか、サミュエル様?」
「あるよッッ!!! 何で僕の時は散々グチグチ文句言ってきたクセに、兄上の時はそんなあっさりオーケーするんだよ!! 兄上だって君に横恋慕してたんだろ!? それじゃ僕と同罪じゃないか!!」
「そ、そうよそうよッ!!」
「いいえ、全然違います」
「「…………え?」」
「だってヴェッセル様は私が婚約破棄される今日この日まで、私に対する気持ちは自らの心の内に秘め続けていたのですもの」
「「――!!」」
「きっと私が婚約破棄されなければ、そのお気持ちは墓場まで持っていくつもりだったはずですわ」
「ああ、その通りだよアンナ。やはり君は私が見込んだ通りの、聡明な女性だ」
ヴェッセル様は蕩けるような笑顔を浮かべながら、私の肩を抱きます。
うふふ、そういうイチャイチャは、また後でですよ?
「と、いうわけだ。アンナは私が生涯を懸けて幸せにするから、心配はするなサミュエル」
「あ、兄上……」
「まあ、今この瞬間から、お前とは兄弟ではなくなったわけだが」
「なっ!? 何故ですか兄上ッ!!?」
「だってそうだろう? お前は国家が決めた政略結婚を、身勝手な理由で一方的に破棄したのだぞ? 言わずもがなこれは重罪。相応の処罰は覚悟するべきだろう。それをアンナが先ほど懇切丁寧に説明してくれてたじゃないか。お前でもわかるようにな」
「あ、ああ、あああああぁ……」
「もちろんスザンネ嬢も同罪だ」
「ヒッ……!!」
お二人は揃って仲良く、蛇に睨まれた蛙の如く震えている。
うふふ、お似合いのお二人ですこと。
「――連れていけ。沙汰は追って言い渡す」
「「――!!」」
屈強な兵士たちが、お二人を取り囲んだ。
「お、お待ちください兄上ッ!! どうかお慈悲をッ!! どうかあああああッッ!!!」
「いやあああああああああああッッ!!!」
断末魔のような叫びをあげながら、お二人は連行されていった。
うん、やはり人間、悪いことはできないものだわ。
「さてアンナ、よかったら私と踊ってもらえるかな?」
「はい、もちろん」
私はヴェッセル様から差し出された手を、そっと取ります。
そしてアップテンポのダンスを踊ったのでしたとさ。
めでたしめでたし