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創作お役立ち?

悪魔の召喚と心理学

作者: NOMAR

(* ̄∇ ̄)ノ 奇才ノマが極論を述べる。


「魔法円と魔方陣は違うんだよ!」


 いやまあ、本格的に西洋魔術やってる人から見ると、日本のファンタジーの魔方陣は違うからね。


「魔方陣は丸く無いんだ! 魔方陣とは正方形で升目が引かれて数字が書いてあるものなんだ。そして魔方円は丸型だけれど、自分の身を守るためのマジックサークルなんだよ!」


 パッと見て数独のように正方形の升目の中に数字が書いてあるものが、伝統的な魔方陣。カバラでは生命の樹に対応している。

 土星が3×3、月が9×9と対応する惑星で升目の数が変わる。7つの惑星に対応するマジックスクエアを魔方陣と呼ぶ。

 縦列、横列、その合計数がどの列でも同じになることが特徴。

 惑星の守護精霊の名前などをこの数字に対応させて、升目から升目に指でなぞり線を引くことを(シジル)を切ると言う。

 

「西洋魔術で悪魔を呼び出すところは三角形だ。円じゃ無い。悪魔を閉じ込める檻の形が三角形なんだよ。そして呼び出した悪魔から身を守る為に魔方円の中に入るんだ。それがなんで魔方陣の間違った使い方が日本に広まったんだ?」


 円形の魔方陣から悪魔を召喚するのは、水木しげるの悪魔くんから日本に広まったもの。魔方陣で異界の扉を開けて違う世界に繋がり、悪魔やら天使やら召喚するのは、日本で広まった和製ファンタジー。


 ちなみにこの『召喚』という言葉は、1980年代、国書刊行会の『世界魔法大全』の編集過程で、西洋魔術に詳しい朝松健らによって訳語にあてられたものという。


「それに悪魔を呼び出すのは、召喚じゃ無くて喚起と呼ぶんだ!」


 西洋魔術結社、黄金の夜明け(The Hermetic Order of the Golden Dawn)の系統の魔術体系では、召喚 (invocation) と喚起 (evocation) という、タイプの異なる二つの魔術儀式がある。

 この二つは召喚魔術と一括りにされることもあるが、本来は『儀式魔術』の中の別々の技法。


 一般に流布している、召喚魔術、召喚術、悪魔召喚などの言葉とそのイメージは、英語でいうところのconjurationやsummoningに相当する。

 まあ、専門分野での用語と一般で乱用される言葉に違いがあるのはよくあること。


「召喚は召喚した霊的存在を己に取り込む魔術で、喚起は呼び出したものを使役する為の魔術。一緒にしちゃダメなんだ!」


 コックリさんやウィジャボードが喚起であり、悪魔憑き、狐憑きといった憑依が本来の召喚ということになる。


 魔術師、アレイスター・クロウリーいわく。


『「喚起」が前方または外へ「呼び出す」ことであるのに対し、「召喚」は「呼び入れる」ことである。これが魔術のふたつの部門の本質的な差である。召喚においては大宇宙が意識に満ちあふれる。喚起においては、大宇宙となった魔術師が小宇宙を創造する。諸君は神を円環の中へ「召喚」し、霊を三角形の中へ「喚起」するのである』


 西洋魔術では悪魔の喚起の前に、天使を召喚し場を聖別して自身を守る、という手順になる。


「我が前方にラファエル、我が後方にガブリエル、我が右手にミカエル、我が左手にウリエル。アテー・マルクト・ヴェ・ゲブラー・ヴェ・ゲドラー・レ・オゥラム・エイメン!」


 天使の召喚とカバラ十字の祓い。汝が上に王国と、力と、栄光あり、永遠に、アーメン。

 この場合の王国や栄光という単語は生命の樹セフィロトに対応している。


 特殊な場合を除き、上位の超越的存在、神、天使などが召喚対象となり、比較的下位の存在、悪魔、精霊などが喚起対象となる。

 存在の上位、下位の基準は、黄金の夜明け団などによって確立したヘルメス的カバラに基づく階層宇宙論によって設定されている。

 この際、術者の心身を守るため魔法円を床に描く。魔方円とは防御用の為のものとなる。


 召喚では霊的存在に呼びかけ、その来臨を請う。喚起では霊的存在に命令して呼びつける。

 召喚では霊的存在は魔術師の内側に呼び入れられ、喚起では霊的存在は魔術師の外側に呼び出される。


 これがマンガ的なイラストやゲームやアニメといった映像表現で、妖しげな紋様のある円形の魔方陣の中を、こことは違う世界に結びつける門とする、という視覚的イメージで広まり定着した。

 今では魔方陣の中に、変な生き物がピョコンと現れるファンタジーが増える。


「変な生き物とか言うなあ!」


 さて、エクソシストなど祓魔式で悪魔を命令によって追い払うことができるのなら、呼び出して悪魔に命令することもできる、という発想は民衆の間に広まっていた、とする説がある。


 ゲーテのファウストに出てくる悪魔、メフィストフェレス。神と賭けをしてファウスト博士の魂を手に入れようと、悪魔の力でファウストに様々な誘惑をしかける。

 悪魔に魂と引き換えに願いを叶えてもらうというものだ。喚起した悪魔を神の名のもとに従えよう、というのが古典的西洋魔術となる。


 では、ここで悪魔と契約した近代の事例を紹介しよう。


「おぉ、偉大な正当魔術師か?」


 悪魔を召喚するのに成功した、と言われる魔術師は、アレイスター・クロウリー、メイザース、サンジェルマン、と言われている。

 しかし、魔術師でも無い人間が悪魔と契約した、というもの。

 これは悪魔と契約した一人のセールスマンの話。


 アメリカの精神科医のM・スコット・ペックの書いた書籍『平気でうそをつく人たち、虚偽と邪悪の心理学』(森英明訳、草思社文庫)で紹介されているのが、この悪魔と取引きした男。


 原本刊行は1983年。南部諸州の販路を拡大したセールスマンであるジョージは、セールスの成績を前任者の三倍にまで伸ばした勝ち組セールスマン。34歳で6万ドルを稼ぎ出した成功者。

 悪魔を呼び出して契約したのは、このセールスマンのジョージだ。


 ある日ジョージは、観光でモントリオールの大聖堂へと訪れた。普段は、教会への寄進などバカバカしいと考えているジョージ。

 だが、なぜか大聖堂の寄進箱を見たときから、急に胸騒ぎを感じはじめる。不安に思ったジョージは、『これは入場料のようなものだ』と考え直して、55セントを協会の寄進箱に投げ入れた。

 その瞬間、突然に『お前は55歳で死ぬ』という観念がジョージの頭の中に浮かび上がり、離れなくなってしまう。

 ここからジョージの身に異変が現れる。


 以来、ジョージは、セールスで車を走らせているときに、様々な強迫観念に襲われることになる。

『お前は、45歳で死ぬ』『お前はアプトン(道路標識で目にした地名)という男に殺される』『あの駅の建物はお前を巻き込んで崩れ落ちる』『この橋を渡るのもこれが最後だ』

 いくつもの死を予言する強迫観念が次々とジョージの心に浮かび上がる。


「うむ、まさしく、悪魔の仕業だろう」


 それがちょっと違う。

 高まる強迫衝動のために仕事も手につかなくなってしまったジョージは、精神科医のペックの元を訪ねる。

 診察とカウンセリングで次第に分かってきたのは、一見成功しているかに見えたジョージの私生活の実態が、見せかけだけの荒んだものだったことが解る。


 ジョージの夫婦間の性交渉は酒任せの暴力的なものであり、夫婦生活は嫌悪感に満ちていた。上の二人の子供からジョージは疎まれ、親子の繋がりを感じられるのは末の子クリストファーだけだった。

 そしてジョージが思い出したジョージの子供時代の記憶が、ジョージにとって有害でトラウマに満ちたものだった。


 ジョージの父親は、妹が可愛がっていた猫を殺してしまう程に錯乱した統合失調症者。

 母親は子供たちに厳しく接する、狂信的でヒステリックなペンテコステ派のプロテスタント。

 また、父親が入院してから一緒に住みはじめたという祖父母との生活も、日常的に祖父が祖母を殴りつけるという異常な家庭。


 ジョージの強迫観念の根源は幼少時のトラウマであり、過去の記憶から逃れようとする程にジョージの強迫観念は高まっていく。

 精神科医ペックはジョージに、過去の記憶と向き合うように治療を進めるが、一向に効果は上がらない。

 ジョージ自身が、


『私が望むのは、あの強迫観念を排除することであり、いまさらどうしようもない不愉快な過去を思い出すことではない』


 と、ペックの治療法を拒んだからだ。

 現在の苦境と過去のトラウマに向き合うことを避け続けたジョージ。その間、ジョージの強迫観念が日毎に強くなっていく。


 ところがある日、突然変化が起きる。

 それまでの重苦しさが嘘のように、診療室に現れたジョージは口笛を吹き陽気な姿。

 ペックが聞くと、強迫症状も四日間現れていないと言う。その理由が何かとペックが訪ねると、ジョージはこう応えた。


『悪魔と契約したんだ』


 ジョージが悪魔と契約した経緯をジョージはこう語る。


『要するに、ペック先生が助けてくれなかったからです。あの“考え”が私にとりついたとき、先生は何もして下さらなかった。それで、自分の衝動に負けないようにするためには、自分でなんとかしなければならないと思ったわけです。


 それで、こういう契約を悪魔と結んだんです。つまり、もし私が自分の衝動に負けてその場所にもどったら、私のその“考え”がほんとうになるように悪魔がとりはからう、という契約を結んだんです。わかりますか。


 たとえばこのあいだ、チャペル・ヒルのそばを走っているとき、こんな考えにとりつかれました。『今度この道を走るときは、おまえの車はあの堤防から落ちて、おまえは死ぬ』いつもでしたら、何時間もぐずぐず考えて、結局は、それが嘘だということを確かめるためにその堤防まで戻っていたはずです。そうでしょう? ところが、悪魔とその協定を結んでいるから、戻るわけにはいきません。その協定には、もし私があの場所に戻れば、本当に車ごと堤防から落ちて死ぬように、悪魔が仕向けることになっているからです』


 これがセールスマン、ジョージの悪魔との契約。


「……いや、これ、ただの思い込み」


 ジョージは悪魔と契約することにより、過去のトラウマという記憶を、悪魔との契約という嘘でフタをする。これによりジョージは強迫症状を押さえることができた。

 かと言ってジョージは合理的な一面もあり、悪魔の存在を信じている訳でも無い。都合の良いところだけを悪魔との契約と誤魔化し、自分の精神を安定させようとする。

 ジョージは、こう語る。


『この悪魔との契約はもうひとつあるんです。

 ほんとうは私は悪魔の存在なんてものは信じていません。ですから、私がその場所に戻ったとしても、悪魔が私を殺すなんて、本当のところは信じることができなかったんです。

 それで、保証が必要だったんです。私がその場所にもどらないようにするために、保証になるものが必要でした。

 それで、どうすればいいかって考えたんですが、思いついたのは、自分がこの世でいちばん愛しているのは息子のクリストファーだということです。

 それで、これを契約の中に入れて、もし私が衝動に負けてその場所に戻ったら、悪魔が息子を殺してもいいということにしたんです。私が死ぬだけでなく、息子も死ぬんです』


 ある意味でジョージは自分の息子を悪魔に贄と差し出すことで、自分の強迫観念から逃れる理由づけとした。


 合理的な男、社会的に成功したセールスマン、といった外的イメージによって、過去の記憶とトラウマにフタをしてきたジョージ。

 それがなぜかモントリオールの大聖堂に行ったときから、押さえ込むフタが緩んでしまった。これまで抑圧してきた過去の記憶とトラウマが甦り、強迫神経症の症状として現れた。


 ここからの解決方法は二つ。

 過去の記憶とトラウマに向き合い、受け入れるか。

 過去を思い出さないように、トラウマを無かったこととして目を逸らすか。


 ジョージが選んだのは、自分の過去から目を逸らすこと。その為には悪魔との契約という大きな嘘で、トラウマを封じるために、これまでよりも強力なフタを用意すること。

 その為には自分の愛する息子という大きな代償が必要となった。

 悪魔との契約というより大きな嘘によって、ジョージは外見を取り繕うことにした。

 ある意味で自分の正体を見失う為に、嘘の外面を被ることを選んだ、とも言える。

 自分でも信じていないと言う悪魔と契約した、エリートセールスマンのジョージ。


 彼の診療をしたペックの書いた書籍のタイトル

『平気でうそをつく人たち、虚偽と邪悪の心理学』


 精神科医ペックによれば、真に邪悪な人間とは、ある意味で、自分の狂気や衝動や攻撃性に正直な犯罪者とは違って、決して刑務所などには入らない。

 邪悪な人間とは、自分自身の完全性という自己像、道徳的清廉性という外見を守るためになら、何の罪悪感もなく、どんな嘘でもつくことができるという人間。

 自分自身を嘘に従順な自動的な人格とすることで、絶対に真実を認めようとしない。これが真に邪悪な人間だと言う。

 

「そんなものは真の悪魔の喚起の儀式魔術では無い! 西洋魔術なめるな!」


 しかし、現実を見れば、この平気で嘘をつく人たちが現代には増えたようにも見える。

 

 その後のジョージはどうなったか?

 精神科医ペックはジョージを説得した。


『このまま現実から目を背けていては、あなたは地獄以外に行くところはないと私は思っています。

 あなたは安易な道を見つけだすためなら、どんなことでもします。自分の魂を売るようなこと、ご自分の息子さんを犠牲にするようなことでもします』


 ジョージは最終的にはペックの助言を聞き入れ、悪魔との契約を破棄し治療を受けることに。

 治療の中で彼は自分がきわめて感じやすい人間だということを理解できるようになり、苦痛に対する弱さのなかに、自分の人間らしさがあるということを認識するようになっていったという。


「いい話のように纏めたが、悪魔の喚起の儀式魔術とは無縁の話じゃないか!」


 では悪魔の喚起に話を戻そうか。

 悪魔に憑かれた人は、同性愛に目覚める傾向があるという。十字軍の騎士たちが遠征中に仲間同士で欲望を満足させていたのは、悪魔に取り憑かれたからだ、という話がある。


 西洋魔術の中には、魔術とは潜在意識にアクセスし、意識を変容させることで現実世界を変えるものである。という論がある。

 

 悪魔の喚起とは、古くは精神治療の一貫だったのではないか? というもの。

 無意識下の欲望や衝動、これに悪魔という名称をつける。喚起の儀式魔術で呼び出した悪魔を、神の名前と神の力で命令し、言うことを聞かせて封じる。儀式めいた精神治療が悪魔の喚起の魔術だったのではないか? というもの。


「カバラ魔術は世界の深奥を解き明かそう、というものではあるが……」


 先程の十字軍も、もとから同性愛的な傾向があったものを、神の教えで抑圧していた。で、まあ、やっちゃった後に悪魔のせいにしたのではなかろうか。


 悪魔の喚起とは当人のどうにもならない無自覚な欲求や衝動を、悪魔として喚び起こし、改めて自覚する。それを宗教的な信念で神の名で命じて従える。悪魔的な衝動を意識下でコントロールしよう、という精神治療として悪魔の喚起の儀式魔術とは、実用性があったのかもしれない。

 経験的な儀式魔術めいた心理療法という面が、悪魔の喚起の魔術にあったのではなかろうか。


「いいや! 悪魔はいる! 私が喚起に成功させてみせる!」


 その辺りは個人の信念次第で。

 と、言っても悪魔とわざわざ名付けなくとも、悪魔的な何かと契約し、自我を見失しなっている人が現代には増えているような気がする。


 サイコパス、ナルシズム、マキャベリズム。

 邪悪な人格特性と呼ばれる精神的な傾向。

 一方で経済的成功を得て出世する人々には、これらの特性がより顕著に見られるという。

 現代で成功するには邪悪な、悪魔と契約したような性格の方が良いらしい。


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― 新着の感想 ―
[一言]  シャーマニズムにおける、精神病の治療において、最初にプロテクションという儀式をした後、恐怖克服の儀式が行われます。  これと似ていますね。
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